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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第43回   あたし、いいこと言っちゃった?
 そんな風に思っていたら、ふと難しい顔をして腕を組んでいるハインリヒが目に入った。
「どしたの、ハインリヒ?」
「ん? ああ、ミカ。ちょっと疑問に思ったんだが」
 その言葉に、みんなの視線がハインリヒに集まる。
 みんなの視線を受けた後、ハインリヒは口を開いた。
「確かにブロックマイアー家が目の上のたんこぶという、そんな家は多いでしょう。ですが、この狙われ方は少々、常軌を逸しては、いないでしょうか?」
 思わず、あたしは同意した。
「そうよね。あたし、詳しいことわかんないから偉そうなこと言えないけど、まるでブロックマイアー家を根絶やしにしようとしてるみたい」
 音はしなかったけど「ザワッ」って感じで、みんなの視線があたしに集まる。一瞬であたしの全血液が頭に集まった気がして、早口になって言った。
「あ、いやいや、そんな風に思っただけで、貴族とかの間では、命狙いまくるとか、そんなの日常茶飯事だろうから、珍しくないんだろうけど、なぁんかしつこいなあっていうか、粘着質っていうか……!」
「う……む」と、唸ってから、テオバルトさんが腕を組み、言った。
「王家に対して発言力を持つのは、現時点では当主であるサー・カルステンだ。その子であるサー・フーゴに、それだけの力があるとは思えない。仮に今、サー・カルステンが世を去ったとしてサー・フーゴが家督を継いでも、彼には実績はなく、あるのはただサー・カルステンの息子という立場だけ。確かに命を救ってくれた者の曾孫ではあるが、アルベルト二世王からすれば、ただの貴族の子弟、その程度の認識しかないだろう。
 ミカの言う通り、サー・フーゴを暗殺する必要まではないだろう。他の貴族たちからすれば、その程度の若造、気にする必要などない。むしろ、そのような若造より、他の貴族の当主や議員連中の方が、アルベルト二世王にとって馴染みがあるだろうし、そちらの言葉を重視するだろう」
 みんなが考え込んだとき、ドアがノックされて、ヴィンフリート(真)が入ってきた。
「経営学の講義が、終了しました」
 彼には、平常通りの生活をするようにと、ゴットフリートさんが言いつけた。あたし、街の中で倒れたし、街の中を巡回する警備の人とか呼ばれて大騒ぎになったから、たくさんの人が「領主の娘が倒れた場面」の目撃者になってる。そこへハインリヒとかテオバルトさんとか、フォルバッハ家の人が来たから、一部では「娘のお葬式があるだろう」なんていう噂が流れたんだって。
 でも、一向にお葬式の手配がない。ハインリヒは仕方ないとしても、弟のヴィンフリート(真)も一緒になって身を案じてなにもしない、っていうのは不自然。だから、ヴィンフリート(真)は通常通りの生活をすることになったんだって。

 ……ん? お葬式の手配……?

 あ。なんか、ちょっと閃いちゃった。
 それを言うタイミングを考えていると、ヴィンフリート(真)が言った。
「先ほどの講義の雑談で、ドナート先生が仰っていたのですが。昨日の夕刻、人間をその脚で掴んだ巨大なカラスが王都の方から飛んできて、ブロックマイアー領の方へ行った、と。ドナート先生も人づてに聞いた話なので、無責任な噂話だろう、と笑っていらっしゃいましたが。……姉上を狙っていた者どもと関係があるかはわかりませんが」
 ヴィンフリート(真)の報告を聞いて、ゴットフリートさんが少し考える仕草をして、んで、立ち上がって壁際の紐を引っ張った。
 少しして、ヘルミーナさんがやって来た。
「お呼びでしょうか、旦那様?」
「ディーターを呼んできてくれ」
 その言葉に、一礼してヘルミーナさんが部屋を出る。ヴィンフリート(真)はいかにも会議に参加したそうにしてたけど、ゴットフリートさんが一言。
「次はデーン語の講義ではないのか?」
「………………では、失礼します」
 名残惜しそうに一礼して、ヴィンフリート(真)も部屋を出た。
 ドアが閉まってからしばらくして、またノックされた。そして若い男性の声がした。
『ディーター、参りました』
「うむ。入りなさい」
『はい。失礼致します』
 そしてドアが開き、二十代半ばって感じの男性が入ってきた。執事さんっぽい恰好をしているけど、この人は初めて見るなあ。まあ、結構な数の人がここでお勤めしてるから、全員の顔と名前を覚えてるわけじゃないけど、執事さんとかは人数少ないから、一回や二回、顔を合わせてるはず。
 ホントに、誰、この人?
 ゴットフリートさんが「ディーター」っていう人に言った。
「ブロックマイアー公爵について、明日の昼までに調査して欲しい。噂話程度のものも、残さず、だ」
「かしこまりました」
 一礼したディーターさんを見て、テオバルトさんが言った。
「サー・ゴットフリート。もしや、彼は貴公の密偵か?」
「はい。優秀な密偵です」
 ゴットフリートさんの言葉の後に、ディーターさんが辛そうな表情になって言った。
「いえ、私は無能な密偵です。この領内に何人もの暗殺者の侵入を許したばかりか、パトリツィアの身元調査もおろそかにしてしまった」
「あれは、君のせいではない」
 と、ゴットフリートさんがディーターさんを気遣うように言った。
「暗殺者どもはそれなりに、侵入の技術を磨いている。そもそもアメリアのように『遠方から来た』と称する者の調査は不完全になって当たり前だし、クーフリンは王都から送られてきた犯罪者で、身元を調べるような案件ではない。パトリツィアことリタ・フォン・プリルヴィッツに至っては、キースリング侯の紹介状があったのだ。君の落ち度ではないよ」
 ディーターさんは、また深々と礼をする。
「さあ、調査にかかりなさい」
 もう一度、礼をしてディーターさんは部屋を出た。
 ゴットフリートさんが、あたしたちを見渡しながら言う。
「怪談じみた噂話とはいえ、またブロックマイアーの名前が出てきた。これはもう、調べないわけにはいかないだろう」
 みんなが頷いた。
 もちろん、あたしも。
 そして、ちょっと間が空いた。なので、あたしは挙手する。
「あのぅ。ちょっと思いついたことがあるんですけど……」
 みんなの視線が集まる。
 うぐ。学校で先生に当てられた時みたいに緊張するなあ。
 でも!
 あたしは勇気を奮って言った。
「今、あたしは生死の境をさまよってる、ってことになってるんですよね? だったら、とうとう死んじゃった、ってことにできませんか? そしたら、相手も油断するし、あたしもそれに紛れて行動出来るし」
 しばらく、沈黙。
 ううっ、さっき閃いたときは、名案だったと思ったのよ。ほら、よくあるでしょ、自信持って言ったことで、周りがしらけちゃうって事。

 今が、まさにそれ!

 ぐあぁぁぁぁぁ! 言わなきゃ良かったあ!
「え、えと、今のはなかったことに……」
 小っちゃい声で言葉を紡ぎ出したとき。
「それでいきましょう、ミカさん!」
 って、笑顔になってイルザが言った。
「へ? い、いいの?」
「はい! お嬢さまが亡くなったという触れを出せば、ウンディーネどもは油断して、おそらく報酬を受け取るべく、アジトなりに行くはず。つまり、ミカさんへの襲撃はなくなります。王妃ですが、おそらくこちらも安心して戦争の準備を始めようとするはず。
 こちらへの注意が逸れるその間、私たちは水面下で動き、諸侯に働きかける。誰も、戦争などは望みません。時折、異民族の襲撃があるほかは、今、この国は安定しているのですから」
 ハインリヒが頷く。
「なるほど。うまくいけば、議会を動かすことも出来るかも知れない。そうすれば開戦案を廃案に出来る」
 お? なんか、あたし、いいこと言っちゃった?


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