そんな風に思っていたら、ふと難しい顔をして腕を組んでいるハインリヒが目に入った。 「どしたの、ハインリヒ?」 「ん? ああ、ミカ。ちょっと疑問に思ったんだが」 その言葉に、みんなの視線がハインリヒに集まる。 みんなの視線を受けた後、ハインリヒは口を開いた。 「確かにブロックマイアー家が目の上のたんこぶという、そんな家は多いでしょう。ですが、この狙われ方は少々、常軌を逸しては、いないでしょうか?」 思わず、あたしは同意した。 「そうよね。あたし、詳しいことわかんないから偉そうなこと言えないけど、まるでブロックマイアー家を根絶やしにしようとしてるみたい」 音はしなかったけど「ザワッ」って感じで、みんなの視線があたしに集まる。一瞬であたしの全血液が頭に集まった気がして、早口になって言った。 「あ、いやいや、そんな風に思っただけで、貴族とかの間では、命狙いまくるとか、そんなの日常茶飯事だろうから、珍しくないんだろうけど、なぁんかしつこいなあっていうか、粘着質っていうか……!」 「う……む」と、唸ってから、テオバルトさんが腕を組み、言った。 「王家に対して発言力を持つのは、現時点では当主であるサー・カルステンだ。その子であるサー・フーゴに、それだけの力があるとは思えない。仮に今、サー・カルステンが世を去ったとしてサー・フーゴが家督を継いでも、彼には実績はなく、あるのはただサー・カルステンの息子という立場だけ。確かに命を救ってくれた者の曾孫ではあるが、アルベルト二世王からすれば、ただの貴族の子弟、その程度の認識しかないだろう。 ミカの言う通り、サー・フーゴを暗殺する必要まではないだろう。他の貴族たちからすれば、その程度の若造、気にする必要などない。むしろ、そのような若造より、他の貴族の当主や議員連中の方が、アルベルト二世王にとって馴染みがあるだろうし、そちらの言葉を重視するだろう」 みんなが考え込んだとき、ドアがノックされて、ヴィンフリート(真)が入ってきた。 「経営学の講義が、終了しました」 彼には、平常通りの生活をするようにと、ゴットフリートさんが言いつけた。あたし、街の中で倒れたし、街の中を巡回する警備の人とか呼ばれて大騒ぎになったから、たくさんの人が「領主の娘が倒れた場面」の目撃者になってる。そこへハインリヒとかテオバルトさんとか、フォルバッハ家の人が来たから、一部では「娘のお葬式があるだろう」なんていう噂が流れたんだって。 でも、一向にお葬式の手配がない。ハインリヒは仕方ないとしても、弟のヴィンフリート(真)も一緒になって身を案じてなにもしない、っていうのは不自然。だから、ヴィンフリート(真)は通常通りの生活をすることになったんだって。
……ん? お葬式の手配……?
あ。なんか、ちょっと閃いちゃった。 それを言うタイミングを考えていると、ヴィンフリート(真)が言った。 「先ほどの講義の雑談で、ドナート先生が仰っていたのですが。昨日の夕刻、人間をその脚で掴んだ巨大なカラスが王都の方から飛んできて、ブロックマイアー領の方へ行った、と。ドナート先生も人づてに聞いた話なので、無責任な噂話だろう、と笑っていらっしゃいましたが。……姉上を狙っていた者どもと関係があるかはわかりませんが」 ヴィンフリート(真)の報告を聞いて、ゴットフリートさんが少し考える仕草をして、んで、立ち上がって壁際の紐を引っ張った。 少しして、ヘルミーナさんがやって来た。 「お呼びでしょうか、旦那様?」 「ディーターを呼んできてくれ」 その言葉に、一礼してヘルミーナさんが部屋を出る。ヴィンフリート(真)はいかにも会議に参加したそうにしてたけど、ゴットフリートさんが一言。 「次はデーン語の講義ではないのか?」 「………………では、失礼します」 名残惜しそうに一礼して、ヴィンフリート(真)も部屋を出た。 ドアが閉まってからしばらくして、またノックされた。そして若い男性の声がした。 『ディーター、参りました』 「うむ。入りなさい」 『はい。失礼致します』 そしてドアが開き、二十代半ばって感じの男性が入ってきた。執事さんっぽい恰好をしているけど、この人は初めて見るなあ。まあ、結構な数の人がここでお勤めしてるから、全員の顔と名前を覚えてるわけじゃないけど、執事さんとかは人数少ないから、一回や二回、顔を合わせてるはず。 ホントに、誰、この人? ゴットフリートさんが「ディーター」っていう人に言った。 「ブロックマイアー公爵について、明日の昼までに調査して欲しい。噂話程度のものも、残さず、だ」 「かしこまりました」 一礼したディーターさんを見て、テオバルトさんが言った。 「サー・ゴットフリート。もしや、彼は貴公の密偵か?」 「はい。優秀な密偵です」 ゴットフリートさんの言葉の後に、ディーターさんが辛そうな表情になって言った。 「いえ、私は無能な密偵です。この領内に何人もの暗殺者の侵入を許したばかりか、パトリツィアの身元調査もおろそかにしてしまった」 「あれは、君のせいではない」 と、ゴットフリートさんがディーターさんを気遣うように言った。 「暗殺者どもはそれなりに、侵入の技術を磨いている。そもそもアメリアのように『遠方から来た』と称する者の調査は不完全になって当たり前だし、クーフリンは王都から送られてきた犯罪者で、身元を調べるような案件ではない。パトリツィアことリタ・フォン・プリルヴィッツに至っては、キースリング侯の紹介状があったのだ。君の落ち度ではないよ」 ディーターさんは、また深々と礼をする。 「さあ、調査にかかりなさい」 もう一度、礼をしてディーターさんは部屋を出た。 ゴットフリートさんが、あたしたちを見渡しながら言う。 「怪談じみた噂話とはいえ、またブロックマイアーの名前が出てきた。これはもう、調べないわけにはいかないだろう」 みんなが頷いた。 もちろん、あたしも。 そして、ちょっと間が空いた。なので、あたしは挙手する。 「あのぅ。ちょっと思いついたことがあるんですけど……」 みんなの視線が集まる。 うぐ。学校で先生に当てられた時みたいに緊張するなあ。 でも! あたしは勇気を奮って言った。 「今、あたしは生死の境をさまよってる、ってことになってるんですよね? だったら、とうとう死んじゃった、ってことにできませんか? そしたら、相手も油断するし、あたしもそれに紛れて行動出来るし」 しばらく、沈黙。 ううっ、さっき閃いたときは、名案だったと思ったのよ。ほら、よくあるでしょ、自信持って言ったことで、周りがしらけちゃうって事。
今が、まさにそれ!
ぐあぁぁぁぁぁ! 言わなきゃ良かったあ! 「え、えと、今のはなかったことに……」 小っちゃい声で言葉を紡ぎ出したとき。 「それでいきましょう、ミカさん!」 って、笑顔になってイルザが言った。 「へ? い、いいの?」 「はい! お嬢さまが亡くなったという触れを出せば、ウンディーネどもは油断して、おそらく報酬を受け取るべく、アジトなりに行くはず。つまり、ミカさんへの襲撃はなくなります。王妃ですが、おそらくこちらも安心して戦争の準備を始めようとするはず。 こちらへの注意が逸れるその間、私たちは水面下で動き、諸侯に働きかける。誰も、戦争などは望みません。時折、異民族の襲撃があるほかは、今、この国は安定しているのですから」 ハインリヒが頷く。 「なるほど。うまくいけば、議会を動かすことも出来るかも知れない。そうすれば開戦案を廃案に出来る」 お? なんか、あたし、いいこと言っちゃった?
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