サラマンダーとウンディーネはシーレンベック領に来ていた。ウンディーネの“脚”で、市壁を越え、市壁内都市の貧民街に潜り込んでいるのだ。そして、ある「ニュース」を待ったのだが。 通りで歩きながら、朝食であるパンと干し肉をかじりながら、サラマンダーは言った。 「全然ねえな、ここの娘がくたばりました、って触れが」 「そうね」 市場で買ってきたリンゴを「しゃく」とかじり、何度か咀嚼した後、飲み込んでウンディーネは応えた。 「やっぱり、あいつは替え玉だったってことかしら。それとも、毒が効かなかった?」 「冗談! 大人三人を殺せるほどの濃度で抽出したんだぜ? 針だって、ただ毒を普通に塗ってあるだけじゃなくて、先端から少しばかりを中空にして、そこにも仕込んでる。あれで死ななかったら、アストリットは化け物だ」 自慢の毒をけなされたようで、サラマンダーは少しだけむくれる。だが、それにはお構いなしに、ウンディーネは口元に笑みを浮かべて言った。 「そう。だったら、“あの”アストリットは化け物ってことね」 その笑みの意味を計りかねながら、それでも友愛のしるしと判断して、サラマンダーもシニカル(に見えるよう)な笑みを浮かべる。 「そうかもな。それか、やっぱりアイツは替え玉で既に死んでる。今頃、本物を表(おもて)に出すか、別の替え玉を表に出すか、議論の真っ最中だろうぜ?」 また一口、リンゴをかじってから咀嚼して飲み込み、立ち止まってウンディーネは言った。 「よしましょう、不毛な妄想談義は」 「だな。じゃあ、どうやって確かめる?」 ウンディーネは腕を組み、背中を、ある小屋の壁にもたせかける。「キシッ」と軋んだ音を、サラマンダーは聞き逃さない。 だが、それを無視し立ち止まってサラマンダーは言った。 「やっぱり本物は『大シーレンベック』の屋敷に匿われているとか? 忍び込んで調べるか?」 「あるいは。今あなたが言ったように、本物を出すか別の替え玉を出すか。その議論をしてるかどうか、確かめるのもいいわね」 少し考え、サラマンダーはちょっとだけ不満の意を乗せて、応える。 「俺たちは、どっちも面が割れてる。あの屋敷には忍び込めない。どうやって確かめるんだ?」 蠱惑的にも見える笑みを浮かべ、ウンディーネは言った。 「私たちの似顔絵、アチコチにバラまかれてたわよね? だったら、向こうから出てくるわよ、私たちが動けば」 「……違いねえや」 全く、その通りだ。あのとき死んだのが本物だろうが替え玉だろうが、自分たちは侯爵家の恨みを買った。となると、必ず相手が報復に動くだろうことは、疑いがない。そうすれば、もし本物がどこかにいるとしても、調べることが容易になるはず。 「じゃあ、それでいこうぜ」 サラマンダーがそう言ったとき。 「おう、姉ちゃん、俺んちの前で何話してんだあ?」 一人の中年男が声をかけてきた。 酒臭い。 朝から飲んでいるのか、ゆうべの酒が残っているのか。 いずれにせよ、酔っ払いだ。 中年男がジロッと、トロンとした目でサラマンダーを睨む。 「ンだよ、姉ちゃん、こーんなガキが好みなのかあ?」 そして見るからにイヤらしい笑いを浮かべて、ウンディーネを見る。 「姉ちゃん、こんなガキより、俺の方がアンタを悦ばせてやれるぜ? どうだ? ン?」 ウンディーネはサラマンダーを見てちょっとだけ肩をすくめ、笑みを浮かべて酔っ払いに言った。 「ええ、いいわよ。その代わり、いい夢、見させてね?」 酔っ払いがさらにとろけた笑いを浮かべて応える。 「おうよ、まかせとけぃ!」 「そう。じゃあ、中に入って待ってて?」 「おう。逃げんなよ?」 そう言って、酔っ払いは扉代わりのボロ布をまくり上げ、小屋の中に入った。 「行きましょ、サラマンダー」 そう言って、背を預けていた壁から離れる。その瞬間! 「おわああああああああ!!」 「パキッ!」と音を立てたかと思うと、屋根の重さに耐えきれず、ちょうどウンディーネの肩の高さ辺りで壁が割れ、柱が引っ張られて小屋が斜めになった。……だけでなく、そのまま小屋が崩れた。 「腐った板、使ってたんだな」 それを見て、サラマンダーは呟いた。 「感じで分かったわ。私が割れた壁板の代わりに、屋根を支えてたって」 悲鳴を上げた男は、目を回して伸びていた。
対策会議のために集まったのは、ゴットフリートさん、イルザ、シェラ、ハンナ、ガブリエラ、ハインリヒ、フェリクスさん、そしてテオバルトさん。 あたしは、“向こう”でヒルダさんに言われたことを、かいつまんで説明する。ゴットフリートさん、テオバルトさん、イルザ、フェリクスさんが少し、呻くような声を上げる。 まずゴットフリートさんが口を開いた。 「確かに、サー・フーゴは毒殺未遂のために今、寝たきりになっていると聞いたが。影武者の方がそうであったのか」 あたしは、隣に席に座ってもらったイルザに、疑問に思っていたことを聞いた。 「ねえ、あたし、なにがなんだか、さっぱりなんだ。どういうことなの?」 「そうですね。一から説明すると長くなるので、かいつまんで。ブロックマイアー公爵家の先々代の当主は、現王……といってもレオポルトではなく、アルベルト二世王の方ですが……、現王が王子だった頃、遠方に狩りに出かけ異民族たちに襲われたところを、お救いしたことがあるそうなのです。それが縁で、ブロックマイアーの家はアルベルト二世王が即位なさって以降、王家に対して大きな発言力を持つとか。 もちろん、それを面白く思わない家も多くて。先々代当主は病死なさいましたが、毒殺されたといわれていますし、先代当主も何度も暗殺されかかり、失踪。これも実はどこかで殺害されているのだ、といわれています」 「……うわあ、マジ、怖いわぁ、それ」 ホント、シャレになんない。 うなずいて、イルザは怖い話を再開した。 「現当主のサー・カルステンも、何度か暗殺未遂に遭っているとか」 あたしがげんなりしていると、テオバルトさんが言った。 「サー・フーゴも先日、ボールシャイト大公家で開かれた舞踏パーティーに行った折りに、ワインを飲んで吐血し倒れたと聞いた。複数の者が同じトレイに置かれていたワイングラスを取ったのに、倒れたのはサー・フーゴだけ。だから、貴族の子女を無差別に狙った不埒者の仕業ということだが、果たしてそうだろうか?」 訝しげな表情になって、ゴットフリートさんが聞いた。 「卿(けい)は、サー・フーゴだけを狙ったのだ、と? しかし、複数の者が同じトレイに置かれたグラスを取ったと聞いたが?」 頷いて、テオバルトさんが応える。 「その複数の者がグルならば、サー・フーゴに毒杯を取らせることは可能だ」 「あ、そうか」と、あたしは気がついた。 「毒が入ってないグラスを取っていって、最後に毒入りを残して、それを取らせるようにすれば!」 テオバルトさんが頷く。 すると、何かを考えていたらしいイルザが口を開いた。 「その一件の責任を取って、フォン・ボールシャイトの家はフォン・ブロックマイアー家の負債を一部、肩代わりしたとか。ですが、フォン・ボールシャイトの台所事情も、それほどの余裕はないという噂を聞いています。まさか、複数の貴族が手を組み、フォン・ボールシャイトの家を舞台にする代償に、資金を融通してもらっている、ということでしょうか?」
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前も思ったけど。 マジ、怖いわあ〜、暗黒世界ぃ〜(泣)!
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