「なんで、ここ来た、パート2!」 あたしはVサインを作り、これで2を表しながら、青空をバックにした山に向けて突き出した! その直後、なんだか息を呑むような気配が背後でしたんで、あたしはなんとも思わず振り向く。 ヒルダさんとアストリットが、半ば凍り付いて突っ立っていた。 うが! なんか、バツが悪い。 「え、えと、あのね? なんで、またここに来た、って思ったのね? で、また同じこと、続けて思ったから、パート2、って……」 うん、二人とも、理解してないっぽい。 あたしは取り繕うようにして……ていうか取り繕って「コホン」なんて咳払いをすると、ヒルダさんに聞いた。 「ねえ、ヒルダさん。ここって、死んじゃったとき、ループする前に来るっていう世界よね? ここにあたしがいるってことは、あたし、死んじゃったの?」 「いいえ。今回は、あたしがあなたを呼んだわ。というより、これからは毎晩、あなたが眠りについたらここに呼んで、対策を練ろうと思うの、緊急事態だから」 真剣な表情のヒルダさんに、やっぱり真剣な表情のアストリット。なんか、イヤな感じ。 「ね、ねえ、何、緊急事態って?」 ヒルダさんが眉根にしわを寄せて言った。 「アンゲリカが『ユミルの眼』をあなたから奪ったことは、知ってるわよね? 彼女はそれを使って『ユミルの心臓』の位置と、その封印を解くポイントを見つけた。そして封印を解いたわ。でも、『ユミルの心臓』は、封印によって弱っていた。だからアンゲリカは、今日……いえ、現世ではもう日付が変わっているから、昨日だけど。……夕方に、彼女は『ユミルの心臓』に、血を捧げたの、異民族、五十人以上を虐殺して!」
一瞬、あたしの息が止まる。 どう反応していいか分からないでいるあたしにはおかまいなく、ヒルダさんは話を続ける。 「もっとも、その程度では『ユミルの心臓』が活性化して、真価を発揮することは出来ない。アンゲリカが転生してきたとき、おそらく心臓以外のパーツはアンゲリカの魂と一体になって現世に現れたけど、心臓は別。創世の巨人であるユミルは、まさに世界を自在に改造出来る力。あたしの推測だけど、『ユミルの心臓』は、『この世界を維持しようとする力』が封印するんだと思うの。ダァトには、そんな感じの情報があったし。 ということは、アンゲリカは今後も同じようなことをすると思うの」 あたしの背筋を、冷たい汗が伝って降りる。 「! そういえば!」と、あたしの脳裏に稲妻の如く、ある記憶が甦る。 ヒルダさんが「どうしたの?」と首を傾げた。 「いつだったか、ハインリヒのところの執事さん……えっと、フェリクスさんだったかな? その人が持ってきた資料を元に、ゴットフリートさんたちとかが言ってたんだけど」 「お父様が?」 そう言ったアストリットに頷いて、あたしは言った。 「軍事費がこの一、二年で急激に増えてるって! どこかと戦争するとしか思えないほどの増え方だって、そんな感じのこと、言ってた!」 腕を組んで呻き、少ししてからヒルダさんが言った。 「なるほど。いつ『ユミルの心臓』を手にしてもいいように、下準備は怠ってなかったわけね……」 その言葉に、不安げな表情でアストリットがヒルダさんに問う。 「どういう……ことですか……?」 「『ユミルの心臓』に大量の血を捧げるためには、生け贄か、あるいは戦乱か。『ユミルの心臓』の封印場所は、王都、それも王宮の敷地内。そんなところを戦場にするわけはない。だからといって、しょっちゅう、誰かを処刑するわけにもいかない。そんなことをすれば、いずれ“外”に漏れて不信感が生まれ、王家打倒なんて動きが生まれかねない」 あたしは頷く。 「確かにそうよね。じゃあ、どうするの?」 ヒルダさんはまぶたを閉じ、少し呼吸を整える。まるで重大な何かを口にするかのように。 そして目を開いて言った。 「真価を発揮出来なくとも、『ユミルの心臓』は目覚めた。そして、その制御は『ユミルの脳髄』で出来る。『ユミルの心臓』はあくまで霊的存在。だから、『ユミルの脳髄』が思う場所に動かすことが出来る。 戦争が……殺し合いが行われている、まさにその場所へと移動させることが出来るの!」 ヒルダさんの声は静かだったけど、この空間すべてを震わせるほどの力を持ってたように感じた。 風が“ごう”と強く吹く。
しばらくは誰も口を開けなかった。 その沈黙を破ったのは、ヒルダさんだ。 「ねえ、ミカ。あなた、向こうに帰ったら、対策会議を開くのでしょう?」 「うん。そうだけど?」 「それじゃあ、その席で提言して欲しいの」 「提言? 何を?」 一呼吸おいて、ヒルダさんが言った。 「ブロックマイアー公爵領、そこにある別邸に住んでいるフーゴ・フォン・ブロックマイアーと、連絡を取って欲しい、と。そしてそこに保護されている者たちと、連携を取りたい、と!」 「フーゴ・フォン・ブロックマイアーっていう人に連絡を取ればいいのね?」 なんか、すんなり名前を覚えることが出来た。緊急事態で、頭がフル回転してるのかも? 「ええ。でも、そのままではダメ」 そのままではダメ? どういうこと? あたしはアストリットを見た。アストリットも分からないらしく、首を傾げる。そしてアストリットがヒルダさんに聞いた。 「ヒルダさん、サー・フーゴは二ヶ月ほど前、……ループしているから、時間の感覚があやふやになってしまってますけれど、確かそのぐらい前に食事に毒を混入され、毒殺されそうになったと聞きました。その時の後遺症で、今は寝たきりとなり、話すこともままならないといいます。そんな彼に連絡を取るというのは、どういうことでしょうか?」 ああ、そうか、そういう意味で首を傾げたのか。アストリットはあたしよりも貴族の事情に詳しいもんね。 ヒルダさんがアストリットを見て答える。 「彼は無事よ。毒殺されかかったのは影武者の方。だから、そのままでは彼と連絡を取ることは出来ない。だから、彼の世話係を担当している執事のコンラート・シャイデマンに接触するように提案して? あとはそちらで考えて欲しいの。あたしがここで具体的な方法を言ってしまうと、現世では周辺事情が変わってしまう可能性の方が高いから」 あたしは何度か深呼吸をしてから、確かな意志をこめて頷いた。
アンゲリカの野望は必ず止める! 戦争なんて起こさせないわ!
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