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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第40回   ブロックマイアー
 ドミノマスクの男……フーゴ・フォン・ブロックマイアーと名乗った男が言う。
「君は、この国の人間かな? 風貌からすると、エリン島の人のようだけど。もし、エリン島の人なら、僕の言葉は……」
「問題ない。スラングまではわからんが、日常会話なら出来る程度には、この国の言葉は知っている」
 影の国では、様々な「技」を学んだ。それは戦いだけではなく、日常的なものにも及んでいた。
 そのうちの一つが、「他言語の速成習得」だ。
 戦いの中にあっては、異民族あるいは極端な方言化が進んだ言葉を話す者たちと、剣を交えることも起こり得る。そのときに、相手方の言葉が分からないばかりに罠にはまったり、致命的な危機にさらされることは十分にあり得る。
 そこで捕虜に訊く、または、こちらから相手方に潜入して言葉と状況から類推するなどして、言語を速やかに習得する。
 もちろん間違えることもあるが、戦いの場において必要な言葉については、間違えたことはなかった。
 起き上がろうとすると、わずかに体がきしむ感覚がある。それを察してか、モニカというメイドがクーフリンの背中に手を回し、起こしてくれた。そして腰の辺りに枕を置き、支えにする。手慣れていた。
 フーゴが言った。
「この邸宅の庭に、人間がバタバタと堕ちてきた時には、仰天したよ。使徒ペトロスの祈りで墜落したシモンじゃないかと思ったさ」
 どう答えていいか分からない。一応、この国の宗教についても調べたが概略であり、使徒ペトロスの詳しいところまでは知らない。
 なので黙っていると、フーゴはバツが悪そうに苦笑いを浮かべて、頬を右の人差し指で掻く。
「ジョークのつもり、だったんだけどね、すまない」
 ふと、フーゴの背後にいるモニカを見ると。

 表情が動き、苦虫を噛みつぶしたようになっていた。かすかに「チッ」という舌打ちも聞こえたように思った。

「じゃあ、改めて。君の名前を聞こうか」
 フーゴの語りかけに、クーフリンは考える。
 名乗ってよいものか。
 逡巡していると、フーゴはため息をついて言った。
「困ったね。名前がないと呼びようがない。それじゃあ、シモンに因んでシモン二号とでも……」
「フーゴ様はジョークのセンスがないので、黙っていて下さいますか?」
 モニカが初めて口を開いた。
「あ、う、うん……。ごめん」
 妙に萎縮した感じで、フーゴが頷く。
 ちょっと驚いた。今見ただけで判断は出来ないが、この領地では主従が逆転しているのだろうか?
 視線に気づいたのか、モニカがクーフリンを見て一礼して言った。
「失礼いたしました」
 また苦笑を浮かべ、フーゴがクーフリンを見る。
「本当に失礼したね。僕が小さい頃の教育係だったんだよ、彼女は。だから今でも頭が上がらなくてね」
 一口に「貴族」といっても、それぞれで事情は違うのか、と、クーフリンは妙な感慨を覚える。
「それじゃあ、改めて名前を聞きたいんだけど?」
 本当の名前を言うわけにはいかない。今、自分には遠隔で聞く耳も、話す口もない。しかし、女王にはそれがある。だから、何かで自分の名前を聞きつけられる怖れがある。
 ならば別の名を名乗っておこう。
 そう、小さい頃の名前、とある屋敷で凶暴なオオイヌを殺して「クーフリン」と呼ばれる前の名前を名乗っておこう。
「セタンタだ」
「そうか」とフーゴが笑顔で頷く。
 一応の挨拶はすんだ、と判断していいだろう。そう思って、クーフリンは言った。
「助けてくれたこと、感謝する。……一緒に女が一人、少女が一人、幼い子どもがいたはずだが?」
 モニカが頷く。
「はい。お三人とも、こちらで救護いたしております」
「そうか。……それで、無事、なのか?」
 また頷いて、モニカが言った。
「少女および幼いお子さんはご無事です。ただ、もう一人の女の方は右腕に骨折、体中に傷、体力の消耗も激しく、高熱も発しておられます」
 あの二人の子どもは無事だったようだが、モリガンは危険な状態らしい。
 だが無事に保護された。
 それを知った途端、体中に痛みが走る。特に左肩と、両の大腿部。まるで忘れていた痛みを思い出したように。
 痛みをこらえながら、クーフリンは聞いた。聞きたいことはたくさんあったが、まずは。
「俺は、どのくらい眠っていた?」
 それに答えたのはフーゴだ。
「九、十時間といったところかな?」
 驚いた。クーフリンの感覚としては、もっと意識を失っていたように思ったのだ。
 フーゴが部屋の中を見渡す。
「ここは、ブロックマイアー家の別邸でね、今は僕のものになってる。セタンタ、君は運がいいよ、もし本宅の庭に落ちていたら、今頃、どうなっていたか」
 確かにそうだろう。もしブロックマイアー家の本宅、その庭に落ちていたら、下手をしたら今頃は牢に繋がれていたかも知れな……。
 その時、唐突に思い出した。
「……ブロックマイアー? もしかして、ここはブロックマイアー公爵領なのか?」
 フーゴが頷く。
 少しの時間をおいて、クーフリンは大きく息を吐いた。

 幸か不幸か。

 ブロックマイアー家は、大公家や旧選帝侯の子孫よりも、王家に対して強い発言力を持つ、と情報収集時に聞いたことがある。
 うまく利用出来れば王家の……王妃グレートヒェンの動きを探り、先んじて動くことが出来るが、下手を打てば逆にこちらのことが知られる。

 フーゴとの会話や、ここでの立ち回り方には、用心してしすぎることはないだろう。


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