腕が脱力し、ダラリと下がる。 口から大きく、息を吹き出し、首が折れて下を向く。 ヘルモーズは右肩を押さえる。手は銃を取り落としていた。 血があふれ出して止まらない肩を押さえながら、王妃の隣に立つ、フードとマントを被った少女をヘルモーズの目は捉えた。 おかしい? さっきまではあのような少女はいなかった。どこかに警護の者が隠れ潜んでいるだろうと予想して、駆け寄った。だから警護の者が行動するより、こちらの方が速かったはずなのだ。 あの椅子の傍に潜んでいたのか? だが、椅子の周囲には隠れるようなものはなかった。 少女の手には、短銃が握られている。あの銃が、自分の肩を撃ち抜いたのか。 そう思いながら、ヘルモーズは少女を睨む。少女は無表情で、感情のこもらぬ声で答えた。 「私の名前はノーム」 「な、なに……? そん、な……。ノームは死んだ、と聞いたが?」 痛みにこらえながら、己(おの)が知識と少女の言葉を照合し、その食い違いに少しばかり驚く。 少女は頷いた。 「私は『ノーム』の名前を継いだもの」 「……そ、そうか……」 グレートヒェンが言った。 「王家は代々、警護とは別に暗殺者集団をいくつか育成しておってのう。貴公も、そのぐらいは想像出来たであろう、王家が長く君臨するためには、敵を抹殺していかねばならぬことぐらい? 前のノームが殺された後、この者を新たな『ノーム』として取り立てた。暗殺者の中でも、四大精霊の名を冠する者は、特別じゃ」 特別な暗殺者。それを影の警護にした、ということか。 「どこにいた……?」 一応、尋ねてみる。 「天井」 「天井……?」 言われてヘルモーズは天井を見る。そこにある造作(ぞうさく)は白を基調に花園をしつらえた絵。 そして少女を見る。被っているフードやマントは白をベースに、ところどころ緑や赤に塗ってある。 なるほど、先入観で見れば、あのような雑な色塗りでも、天井の絵に紛れることが出来るということか。確かに、感覚的に銃撃は高所から行われたのは間違いない。 少女は銃口を向けたままだ。今、銃を拾っても、そのアクションの間に額を撃ち抜かれるだろう。 だが、まあいい。 ヘルモーズは言った。 「……今度は、うまくやるよ」 「貴公に、『今度』など、ない」 思わず、心の中でグレートヒェンのことを笑う。そして言った。 「そう、かもな、死んじまうわけだから。だが……俺には、まだ時間が……」 グレートヒェンが小さく笑い声を立て、言った。 「民間に流出し訛伝(かでん)した『イグドラシルの秘法』などに、なんの力もないわ!」 驚愕が顔に出た。 なぜ、「イグドラシルの秘法」のことを!? いや、創世の巨人ユミルについて知っているなら「イグドラシルの秘法」を知っていてもおかしくない。だが、なぜそれが「誤り」だと断言出来るのか!?
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