クーフリンが目を覚ましたとき、一瞬ではあったが、時間の感覚が狂っていた。かつて「影の国」で修行していた、あの日々の中にいるように思っていたのだ。
剣を振るう手が、そろそろ握力をなくしてきている。だが、怪物の数は減っていない。いや、減らしているのは確かだが、そもそも最初に現れた数が多すぎるのだ。 “クソッ、仲間とともにようやく「影の国」にやって来て、ただ一人、厄介な「中央に来たら跳ね飛ばされる橋」の試練を超えたと思ったのに” 止まらぬ汗、怪物との戦いで体中に負った傷、そして刃こぼれを始めた剣。このコンディションで果たして目前にした「影の城」へ、行けるのか? いや、「行けるのか」ではない、「必ず行く」のだ! そのために自分は修行し、さらなる強さを求めたのではないのか!? 狼や熊、ヒトが崩れたような奇怪なモノ、様々な怪物が吠える。 それに負けじと、クーフリンは剣を構え吠えた。そして、駆け出し剣を振るう。熊型怪物の首を跳ね飛ばし、ヒト型怪物の胴を横一文字に断つ。剣を返しながらそのまま向かってくるイノシシ型怪物の腹を裂く。 次なる怪物の胸に剣を突き込んだ時、抵抗にあい、剣を抜くのが数瞬、遅れた。二足歩行の狼型怪物が横から飛び込んできて、クーフリンの左肩に噛みつく。力を込め、盛り上げた筋肉で食い込んだ牙を跳ね返す。怪物も、その反動で後方へ跳ね飛ぶ。渾身の力と咆哮で剣を振り上げ、狼を縦一文字に断つ。肩を見ると、うっすらと血がにじむ程度であった。 もはや「鉄の板」と化した剣で、それでもクーフリンは怪物の首を刎ね、その体を両断する。剣が折れると、クーフリンはその拳で、その脚で怪物たちを屠っていった。 怪物と闘い続けて消耗はしているが、不思議なことにその戦力は衰えない。否、それどころか戦意は高揚し体には力がみなぎり、振るう拳が怪物を打つ衝撃に喜びさえ感じ始めていた。 拳の一撃はメイス、手刀は剣そのもの、蹴りはバトルアクスと変わらぬほどの威力。戦うたびに威力は増し、一蹴りで怪物が吹き飛ぶ。 不思議と疲労も消耗も吹き飛び、そのかわりに昂揚感と戦意、戦うことへの喜びが高まっていく。 気がつくと、クーフリンは高笑いを上げながら怪物を屠っていた。 それはおそらく、端から見れば異様な光景。ヒトの形をした怪物が、動物やヒトの形をした怪物を殺し回っている、同士討ち、いや共食い。 そんなことを冷静に考えている自分がいることに、クーフリンは気がついていたが、どうでもよかった。今はただ、この戦いの中に身を置く心地よさを、いつまでも味わっていたい。 体の内側からみなぎりあふれる思いは、まるで本当の自分を取り戻したかのような覚醒感を、クーフリンに与えていた。
ふと我に返ると、生きた怪物の群れは一匹残らず、いなくなっている。かわりに赤、青、橙色、様々な色の体液にまみれた肉片や骨のカケラが転がり、うずたかく積もっていた。 影の国。 影とはいいながら、まったく普通の景色と変わらない。だが、ここまで来るのは容易ではなかった。ここは島だが、まず見つけることが出来なかった。まるで何かの影に隠されているかのようだ。優秀なドルイド僧が数人、数日がかりで、ようやくこの島と、たどり着くための潮の流れを見つけることが出来たのだ。だからこそ、「影の国」なのだろう。 正気に返ったかのように、あるいは夢から覚めたかのようにクーフリンは大きく息を吐き、体をほぐす。 気がつくと、日は、かなり傾いていた。日が南中する前にここに来たから、橋の試練と怪物との戦いは、かなりの時間を食ったようだ。 辺りを見回し、丘の上に居城のあるのが見えた。 「あれが“影の城”か」 呟いたとき。 一つの気配を感じた。 その気配は突然に出現したようだ。 クーフリンは気配の発生した方……丘へと上がる道の入り口を見る。 そこには、黒い服、黒いスカート、黒いブーツ、黒いマント、黒い柄の剣。おまけに目の周りを覆う黒いドミノマスクを着けた、妙に白い肌の、長い黒髪の女が立っていた。 「ようこそ、戦士よ。汝(うぬ)は試練を乗り越え、本物の『戦士』という生き物になった。……儂(わし)の修行に、ついてこられるか?」 張りがあり、凜とした声。一瞬で分かった。口元に笑みを浮かべた、この女が、影の城の主、影の国の女王。
スカアハだ、と。
スカアハからは、自然界に満ちるマナにも似た強力なエネルギーが滲みだし、何十フィートも離れているのにも拘わらず、クーフリンを包んでいる。だが、それは不快なモノでも威圧を感じるモノでもない。かといって、暖かいモノでもない。 それはどこまでもニュートラルで、それが故に、この女王の実態を測らせないモノであった。
そしてこの影の国で、クーフリンは修行を重ね、アルスター随一の戦士と評されるに至る。
「やあ、気がついたようだね」 クーフリンがあの頃の夢を見たのは、カーテンが閉められて部屋の中に照明が灯してあり、影の如き“夜気(やき)”に満ちていたことと、この声の主が色は違えど目の周りを覆うドミノマスクを着けているからかも知れない。 声の主が口元に笑みを浮かべた。 「僕の名前は、フーゴ・フォン・ブロックマイアー。君を看護して、意識を取り戻したことを伝えに来たこのメイドはモニカ。僕が言っていることが、理解出来るかな?」 メイド服を着た短髪の娘が、無表情に一礼する。 やや高めの声であったが、どうやら男のようだ。 クーフリンは頷いた。 この二人からは敵意が感じられなかった。
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