夕方。 みんなから聞いた話だと、あたしは昨日の朝方に意識を失って、ずっと仮死状態になってたそうだ。かすかな体温があったり、呼吸があることに気づいたイルザのおかげで、あたしは「死んだ」ことにならず、葬儀の準備をしたりとか、あちこちに報せたりなんてことにならなかったっていう。 あたしは泣きながらイルザに抱きついた。 「うええぇん、イルザ、ありがどうぅ〜、おかげで、あだじ、土の下(しだ)に埋められずにすんで、生き返っでごられだわ〜」 「え、ええ、そ、そうですね、ミカさん……。あの、鼻水……じゃない、涙が流れておいでです、お顔を拭いて下さい」 なんだか困ったような笑みを浮かべて、言った。 「う、うん……」 イルザから離れ、ハンナから渡されたハンカチで涙を拭き、思い切り鼻をかむ。……そうそう、ハンナにもアストリットの「中身」が、あたし・小松崎未佳だってことを話した。「ユミルの眼」が奪われてしまった以上、ことは緊急を要する。 もちろん、今日明日で、すぐに国の危機だとか世界の危機なんて事態になるわけではないけど、ことここに至っては一時間単位でスケジュールが刻まれていくことを、考えた方がいい。ならば、この時点で深く関わっている者には、事情を話しておいた方がいいだろう。……って、ハインリヒが言ったんだ。 聞いたときには、「どうかな、それ?」って思ったの。あたしやハインリヒといった「イグドラシルの秘法」に関係した人は、周回の記憶を持ち越せるし、早い段階で事情を聞かされていたイルザなんかは、ヴィンフリート(真)の影武者だから、「イグドラシルの秘法」とは無縁でも、「魂寄せの秘法」のことを聞かされている。だから、時が巻き戻っても、事情は理解出来る。 でもハンナとかガブリエラとかは「イグドラシルの秘法」とは無縁だし、そもそもアストリットの“中”に「魂寄せの秘法」で別人の意識が宿ったなんてことはトップシークレット、たとえお屋敷に奉公している人たちにも教えられるわけない。教えても混乱するだけ。 それでも、教えるべきだと、ハインリヒは言った。
「確かに、自分が仕えている領主、その令嬢が外見はそのままに中身は別物になっている、そういったことは容易に理解出来ることではない。だが、これから、我々を“敵”と認識したラグナロクが、何らかの“攻勢”を仕掛けてくるだろうことは十分に予測出来る。その中でアストリットの意識が別人のものだと知れたら、大きな混乱が生じるだろう。もしかしたら忠誠心が揺らぐかも知れない。何より結束が必要なんだ」 「ええっと。確かにそうかも知れないけど……」 あたしとしては、ちょっと抵抗があるのよね。その理由は色々だけど。でも一番の理由は。 「でもさ、ハインリヒ。ガブリエラとか、ハンナとか、あたしのことを“アストリット”だって思ってるから護ってくれてるのよね、今。で、何か仕掛けられてるときに“そのこと”を知ったら、気持ちが揺らいじゃうって。それって、今の段階でも、そうじゃないかな? 知らせることに遅いも早いもないと思うんだ」 ほんの少し笑みを浮かべると、ハインリヒは言った。 「そこはみんなの『割り切り方』さ。姿形はアストリット・フォン・シーレンベックなんだし、ここ最近は、ミカ・コマツザキとして接してきた。何らかの危機的状況に陥ったその時に、戸惑いながら協力されるぐらいなら、むしろいない方がいい」 「うーん……」 あたしは周りのみんなを見る。 応接室にいるのは、あたし・ハインリヒ・イルザ・シェラ・ゴットフリートさん・マクダレーナさん・トラウトマンさん。そしてみんなが、それぞれに頷く。 イルザが微笑んで言った。 「私たちは、ミカさんを信頼しているんです。言葉にこそしていませんが、あなたと一緒にこの国を、世界を護ろうって、誓い合った仲間なんですよ」 その言葉に、みんなが笑顔で頷く。
……………………。
あたしにはこの国や世界を護るっていう、使命が与えられちゃった。でも、それとは別に、“世界”そのものを護らなければならないっていう、重大な使命もある。 もちろん、もう一つのことは口が裂けても言えないけど。
うん! もう一つの使命については、現実のこの世界を護ってから、のことだわ! あたしはみんなに向いて言った、笑顔を浮かべて。 「そうね。一つの目的に向かって、一つになれる。あたしたちは、ワンチームなんだ!」 みんなが頷いた。
というわけで、ハンナとガブリエラにもアストリットの意識が小松崎未佳だっていうのを、簡単な経緯とともに教えた。説明は主にあたしで、時々、ゴットフリートさんが補足してくれた。 さすがに戸惑いは隠せないようだったけど。 しばらくして、ガブリエラが左膝を床に突いて言った。 「問題ありません。私の忠誠は、シーレンベック家に捧げたもの。それに、私がお護りするのが、『お嬢さま』であることに、かわりません。これからも私はあなた様をお護りいたします、ミカ様」 その言葉に、嬉しさで胸が一杯になったあたしは、ガブリエラの右手を両手で包むように取った。 「ありがとう、ガブリエラ! これからもよろしくね!」 あたしと顔を合わせたガブリエラは、照れたのか頬を紅くしてうつむき気味になって、頷いた。 ちょっとしてハンナも、胸を張って答えた。 「わたくしは、お給金をはずんでいただけるなら、アストリットお嬢さまだろうとミカ様だろうと、関係ございませんわ」 「……ああ、うん。そうね、あなたは、そうかもね……。これからもよろしくお願いするわ。ていうか、ゴットフリートさんの前で、そんなの、ぶっちゃけんなや」 ゴットフリートさんは苦笑いを浮かべていた。
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