屋敷に帰ってくると、ちょうど父レイモン六世も帰ってきたところだった。今日は、近隣諸侯が教区教会の司教のところに集まって、何やら会議をする、ということだった。 「父上、お帰りなさいませ。随分と遅かったのですね」 「ああ、ちょっとな。……ん? おまえ、その腫れた顔、どうした? それに口の端から血が出ているが? まさか、殴り合いのケンカでもしたのではあるまいな?」 「まさか、わたくしがそのような野蛮なことをするとでも? これは、その……。そう! 落馬してしまったのですよ!」 苦しい言い訳に、レイモン六世が首を傾げたが、一応は納得したようだ。執事に外套と荷物を渡しながら、レイモン六世はため息をついた。 「いかがなさいましたか?」 そう問うと、レイモン六世は苦い顔をして言った。 「クルセイド軍が発動されることになった」 「……!? 何ですって!? クルセイド軍が!? なぜ!?」 驚愕の言葉に、一瞬だがロジェの息が止まる。どうにか聞いた言葉に、レイモン六世が答えた。 二人は歩きながら会話を進める。 「異端審問が開催されてな、この地域のカテリ派について、一掃することになったそうだ」 カテリ派は、教皇庁の主軸であるカソリカではない、異端の教えだ。 「父上、それは口実で、この辺りの統治権を奪うことが目的では?」 「そんなことはわかっている!! 先日、当地にやって来た、教皇庁からの使者が何者かに殺害されたが、異端審問とクルセイドの発動の流れは、それを理由としたものだ! こうなると、使者の殺害も仕組まれたものだったかもしれん」 「では、父上、どうなさるおつもりなのですか? 抵抗いたしますか?」 このままいくと、この辺りの領地は中央の直轄領となり、トゥールーズ伯も、一貴族に過ぎなくなる。 立ち止まり、レイモン六世は言った。諦観の籠められた表情で。 「我がトゥールーズはクルセイド軍に参加する。たとえ中央から統治を任される一貴族になろうとも、我らが異端ではないことを示すには、それが最善だ」 これまでは、カテリ派といった異端も、レイモン六世は問題にしなかった。だが、その掌を返すとなると、今後はそのような異端を敵に回すことになる。今はよくても、長い目で見ると……。 そういったことを言うと、頷きながらも、レイモン六世は言った。 「お前の言うことにも一理ある。だが、現時点で教皇庁を敵に回すのは得策ではない」 確かにそうかも知れないだろう。 そのように思った瞬間、ロジェの脳裏に閃いたものがあった。 「では父上、領地の外れにあるリョーン村を中心とした一帯は、わたくしにお任せいただけますか?」 「かまわんが。自分から言うとは、何かあるのか?」 「はい。あの辺りには、ヴァルダンの一派がおります」 「ヴァルダン? ああ、そういえば、ピエール・ヴァルダンも三十年ほど前に破門されて、異端扱いされていたな。あの“清らかな貧しき徒”が、いるのか?」 「はい。ですが、あの者どもは、ただ単に異端というだけではございません。人の心を惑わせる、忌むべき魔女なのです!」 自分でも口元に浮かんだ笑みは、歪んでいると思った。 一瞬、眉根にしわを寄せたレイモン六世だったが。 「わかった。お前に任せよう」 「御意。では、先遣隊として数日中には“こと”を起こします」 「ああ、わかった。……とにかく、今日は疲れた。教皇庁の使者やら、諸侯の思惑やら。いろいろと腹を探り合って、こちらの言い分を通すのにもこれまで以上の駆け引きがたいへんでな」 そう言って、再び歩き出す。 それを見送り、ロジェは心の中で呟いた。
僕を虚仮(こけ)にした代償がどれほどのものか、思い知るがいい。お前たち二人のせいで、村が一つなくなるのだ。
この呟きは、そのまま悪魔のささやきであったことに、ロジェは気づけない。
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