毎週土曜日の夜、メリュジーヌは村から東に七五〇エル(約三〇〇メートル)行った、林の中にある湖で沐浴するのが日課となっていた。 満月の光が空から淡く、神秘的な光を投げかける中、メリュジーヌは腰まで浸かった湖の水をすくい上げては胸に流し、またその水を肩から掛ける。 しばらくして沐浴を終えると、メリュジーヌは大いなる父と御子に感謝の祈りを捧げ、湖から上がる。 木の枝にかけた身を拭く長い布を取ったとき。 何かの気配を感じ、メリュジーヌはとっさに振り返った。 「誰!?」 そこにいたのは、ロジェ。 「サー・ロジェ……。どうして、ここに……?」 月の光で明るいとはいえ、やはり日中ほどではない。その中で見るロジェの姿は、さながら始祖の処女(おとめ)に禁断の果実を取るようそそのかす、サタンの化身たるヘビそのままだった。 本能的恐怖を覚え、メリュジーヌは布に手をやる。だが、布を掴むより早くロジェが躍りかかり、メリュジーヌの両手首を掴んで、大の字に地面に押し倒した! 驚きと背を打った痛さで声も出ない。 ロジェが顔を間近にして言う。 「君の行動など、村の誰もが知っている。だから、ちょっと聞けば、土曜日の夜にここに沐浴に来ることを、知ることが出来た。……ああ、もっと早く知っていたならなあ。君のその生まれたままの姿を、どんな芸術家も生み出し得ないその肢体(からだ)を、こうして僕のものに出来たのに」 そして、さらに顔を近づけてきた。 必死に顔を背けて悪魔の接吻は避けたが、今度はロジェの舌がメリュジーヌの首筋を這う。おぞましさに、小さく息を引くような悲鳴が漏れる。だが、おかまいなしにロジェはメリュジーヌの肌を蹂躙する。逃れようにも、ロジェの腕はしっかりとメリュジーヌを押さえつけ、体が覆い被さってきている。まるで地に磔(はりつけ)にされたかのようだ。 やがて、ロジェの舌が白い膨らみにさしかかってきた。世の終わりが来るとしたなら、おそらく今のような心持ちになるだろう、そんな風にどこか冷静に己の心理に気づいたとき、メリュジーヌはようやく悲鳴を上げることが出来た。 その直後であった。 地を走る足音がして、急に体にのしかかる不快な重さが消えたのだ。それと同時に、カエルの声にも似た悲鳴もした。 足音の主も悲鳴の主もわかる。起き上がったメリュジーヌが見たものは、仰向けに倒れたロジェに馬乗りになり、その顔に何度も拳(こぶし)を叩き込むライモンダン。 枝にかけた布でひとまず体を覆うと、メリュジーヌはライモンダンに駆け寄った。 「もう、もういいわ、ライモンダン! それ以上殴ったら、死んじゃう!」 怒りにまかせて拳を振るっているライモンダンの背中に抱きつき、ロジェから引き剥がすようにするが、その力にあらがえない。 しかし、わずかながらでも理性が残っていたようで、ライモンダンは荒い息をつきながらロジェから離れた。 「愛しいメリュジーヌを、一人でこんなところに来させると思っていたのか、ロジェ!?」 そう、ライモンダンとともに来て、彼はこの近くでメリュジーヌの沐浴が終わるのを待っていたのだ。 ライモンダンの言葉をどう聞いたか。やがて、のろのろと起き上がったロジェは、二人を睨んだ。 「……このままですむと思うなよ……。貴様ら二人とも、僕にこんなことをしたことを、死ぬほど後悔させてやる……!」 そう言い残し、ヨロヨロとロジェは去って行った。 ライモンダンがメリュジーヌを抱き寄せる。 「……すまない、すまないメリュジーヌ。頭に血が上って、俺にもどうにもできなかった」 「いいのよ、ライモンダン。……ねえ、二人で村を出ましょう。領主の息子にあんなことをしてしまった以上、もうここには住めないわ」 驚いたように、ライモンダンが声を上げる。 「悪いのは俺だけだ! 君まで村を出る必要は」 「ううん。私だけ残っても、あの男の慰み者にされるだけだわ」 ライモンダンがいっそう強くメリュジーヌを抱く。 ピエール・ヴァルダンがそうしたように、自分は遍歴の巡回説教者になろう。 メリュジーヌは、そう決意を固めた。
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