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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第31回   ライモンダン
 言いかけたところで、ドアが開き二十二、三歳ぐらいの一人の青年が入ってきた。体格が良く、格闘家をイメージさせる。
「メリュジーヌ」と、青年が少女を呼ぶ。
「なあに、ライモンダン?」と、少女……メリュジーヌが応える。
 建物の中に入り、青年……ライモンダンがメリュジーヌに言った。
「ロジェが来た」
 瞬間、危機感と嫌悪感がメリュジーヌを支配する。だが、心を奮い立たせ、子ども達を見て言った。
「みんな、聖典は、しまいなさい」
 子ども達が言葉に従って聖典をしまうのを確認すると、メリュジーヌは建物から出る。街へと向かう道を、馬に乗った一人の貴族の若者が現れた。服装から見て、狩りに出るのだろう。
 トロットで馬を進め、教会の前の石畳に馬を駐めると、若者が馬から下りる。
「やあ、おはよう、メリュジーヌ」
「おはようございます、サー・ロジェ。今日は随分とお早いことですね」
 少しばかり、嫌みを匂わせる物言いで返す。だが、この男はそんなことには気づかぬようだ。笑顔で歩み寄ってくる。
 率直に言って、メリュジーヌはこの男が嫌いだった。顔つきはまるでヘビのよう、それどころかその性質も粘着質だった。
 そして、この男はメリュジーヌに恋着しているのが、表情や態度、言葉から知れた。
 ロジェはチラとライモンダンを見てから、メリュジーヌに向く。
「今日はクーロンビエの森に、狩猟に行く。僕に狩猟の神のご加護があるように、祈りを捧げてもらえないか? 出来たら、詩篇を読んで欲しい」
 と言って、いやらしい笑みを口に貼り付け、ロジェはメリュジーヌの髪を右手で撫でる。
 その手を力一杯はねのけたかったが、相手は領主トゥールーズ伯の御曹司なのだ。下手な真似は出来ない。
 なので、身をよじらせて“それ”から逃れ、メリュジーヌは言った。
「出来ません。私は愚民、聖職者ではないのです」
 すると、ロジェはチラと平屋を見る。木製の窓を上に上げてこちらを見ていた子ども達が、一斉に窓を閉じる。木枠と木の壁が「コトン」と音を立てた。
 それを見てまたニヤリとすると、ロジェがささやくでもないが小声で言った。
「僕が何にも知らないとでも思っているのか? あのボロ小屋で君が何をしているか、教皇庁に報告すれば、君たちは……」
 メリュジーヌはそれには応えない。

 この国……いや、この世界において神の言葉が記された聖典の説教をしていいのは、聖職者だけ。それ以外の者が説教をするのは禁じられていた。だが、それに異を唱えた者がいた。名をピエール・ヴァルダン。元は富裕な商人であったが富のむなしさに気づき、それをなげうって清貧の徒となり、牧師のいない町や村を巡る巡回説教者となった。やがて、ヴァルダンに共鳴する者が増え、一つのコミューンを築くまでになった。
 だが、それは教皇庁の敵視するところだった。聖職者でない者が説教をして回ることは、教会の権威を失墜させることに繋がるからだ。そのため、ヴァルダンは破門され、異端視された(ほかにもヴァルダンが異端視されたのは、金銭欲や物欲にまみれ堕落した教会に対し、清貧を貫く姿勢を見せたからだともいわれているが)。
 以来、ヴァルダンたちの活動は地下に潜ったのだ。

 ロジェがさらに顔を近づけてきたとき、ライモンダンが割って入った。
「サー・ロジェ、狩猟というのであれば、こんなところでお時間を潰されるのは、いかがか、と」
「……フン、また貴様か。貴様が騎士であったなら、この場で決闘を申し込み、僕の剣で突き殺しているところだ」
 ロジェはライモンダンとメリュジーヌの関係を知っているようだ。まあ、この村の者が全員、知っているぐらいだから、頻繁にこの村にやってくるロジェが気づかぬはずはない。
 今の言葉から察するに、ロジェもさすがに無辜の民を殺すような、異常な心理の持ち主ではないらしい。
 もう一度、「フン」と鼻から息を漏らし、ロジェは去って行った。
 ライモンダンがメリュジーヌの肩を抱く。
 その暖かさが、メリュジーヌの心身をむしばんでいた不快なモノを、溶かしていった。


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