ある国の南部に、アルビィという名の都市があった。この都市を治めていたのはトゥールーズ伯レイモン六世。領民たちには懐の深い善政を敷いていたものの、やや権威に弱いところがあるというのが、風説であった。 そしてアルビィの外れに、小さな村「リョーン」があった。
その朝、少女はいつものように教会の中で、聖なるシンボルの前にひざまづき、祈りを捧げていた。少女の年齢は今年で十七歳だったが、もう少し大人びて見える。
“天の大いなる父よ、父が使わした御子よ、そして聖なる命よ、今日もこの御恵みに感謝いたします”
一通りの祈りを終えた後、充実した心で少女は立ち上がる。そして教会を出て、近くに建てられた建物に向かう。その建物は標準的な民家の倍ほどの広さを持った平屋。丸太を組んで作り上げた、簡素な建物だ。 少女が扉を開くと、中に七人の子ども達。少女が入って行くと、それに気づいた子どもの一人が弾けるような笑顔で声を上げた。 「せんせー、おはよー!」 少女も笑顔でそれに応える。 「おはよう、ジョフロワ!」 すると、次々に子ども達も挨拶を始める。そして、少女は点呼を始めた。 「おはよう、みんな。……ミシェル、アニエス、エクトル、サビーナ、ジョフロワ、ベルナール、アポリーヌ、ルシアン。……ルシアン?」 ルシアンは、十歳の男の子で、とても元気だ。ここへもよく来る。もしかしたら、体を壊したのだろうか? 各々(おのおの)の席についた一同を見渡すと、どうも様子がおかしい。皆は気まずそうに顔を見合わせている。 やがて、最年長で十三歳の女の子・ミシェルがおずおずと口を開いた。 「昨日の夕方、ルシアンの家に教区の人が来て、話をしてて、それでルシアン、カソリカの教義に改宗するって……。表向きは入信だけど」 その言葉が、かすかな衝撃を少女の胸に打ち込む。皆を見渡すと、皆、落ち着きがない。 ルシアンと同じく、十歳の男子・エクトルが言った。 「先生、教会の方が間違ってるんだよな? 教会は堕落してるんだよな? おれたちの方が、神の御心に適(かな)ってるんだよな? ……おれたち、異端なんかじゃないよな?」 エクトルの表情は、やや不安げだ。そのあとに最年少の女の子、五歳のアポリーヌが言う。 「せんせー、“いたん”は、ころされちゃうの?」 瞳には不安を通り越して、恐怖の色が浮かんでいた。おそらく親から聞かされているのだろう。 無理にでも笑顔を作らねば、と思いつつ、少女は答えた。 「大丈夫よ、アポリーヌ、殺されたりなんかしないわ。そもそも同じ、天の大いなる父と御子を信ずる者、それに教義にもあるでしょ、“隣人を愛しなさい”って」 うまく笑顔を浮かべて、子ども達の不安を取り除けただろうか、いや、自分自身の不安を打ち消せただろうか。 そんな風に思いながらも、少女は言った。 「さあ、みんな、聖典を開いて」 やや暗い雰囲気の中で、子ども達も袋やカバンから聖典を出す。 それを確認し、少女は聖典を開いた。 「それじゃ、『ルークの福音』の続きを……」
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