アイヒェンドルフ公ヘルモーズは二十八歳でありながら、領地を治めていた。父ローラントが病(やまい)で急逝したからである。彼の政務能力は優れたものであり、その名は王都でも評判だった。いずれは王女フロレンツィアを娶(めと)るのではないかといわれているほどだ。 そして今、彼は王城にいた。昨日の夕刻にやって来た王城の使者からの伝令によると、昨日の昼に、不埒者が王を弑逆(しいぎゃく)し、王位を簒奪(さんだつ)したという。そればかりか、王妃もそれに荷担(かたん)していた。あまつさえ、その簒奪者を処断しようとした近衛騎士数名を殺害した。 もちろん、直接的には、このような文言(もんごん)ではない。あくまで「意訳」だ。だが、伝令の者は口止めをされていなかったようで、それとなく先のような話を匂わせた。 その殺害に際し、悪魔が関わっていたという話も聞かれたが、アイヒェンドルフ領の大部分のものは、さすがに信じてはいない。何かの喩えだと、ヘルモーズの老秘書官ローベルトは言っていたが、ヘルモーズはそれが真実であると知っていた。 朝、急いで王城へ赴き、王妃グレートヒェンとの面会を求める。自分の名を出すと、グレートヒェンは、会うと答えたという。それにある種の確信を持ちながら、衛兵に案内され、グレートヒェンの私室に通された。 王妃は窓際にある椅子に腰掛け、外の景色を眺めていた。 部屋に入り、ヘルモーズは時候の挨拶を終えた後、言った。 「陛下、お人払いを願います」 ニヤリとして、グレートヒェンは言う。 「ほう? 余人に聞かれては、まずいことかえ?」 ヘルモーズは答えない。それが何よりの答と悟ったか、グレートヒェンはヘルモーズと二人きりになる。 「さて、サー・ヘルモーズ、お望みの二人きりじゃ。いかなる用向きであるのか?」 やはり蠱惑的ともいえる笑みを浮かべ、グレートヒェンは問う。 重大な決意を抱きながらも、ここへ来て、行動がやや鈍る。 何をしに来たのだ!と、心の中で己を叱咤し、ヘルモーズは言った。 「長々と話をするのは、いかがなものかと思います。そちらの方が、『この事態』について、お詳しいようですからな」 「貴公が何を言っているのか、妾には、まるでわからぬが? あるいは、昨日(さくじつ)の王の宣言であるか? ならば、そちらも見たであろう、教皇による金印勅書を? 今頃は、すべての領主が知った頃であろうなあ?」 どこまでも、空(そら)とぼけるつもりらしい。それならそれでもいいだろう。実力行使あるのみだ。 「王妃グレートヒェン、いや魔女ラグナロク! これまではお前に、ここまで近づくことは出来なかったし、二人きりになることも出来なかった! だが、野望が完遂(かんすい)できる直前ならば、お前は必ず油断すると踏んだのだ! 魔女め、地獄へ堕ちろ!」 椅子に腰掛けるグレートヒェンに駆け寄りながら、上着に隠し持っていた短銃を抜き、引き金を引く。 銃声が轟いた。
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