「ねえ、サラマンダー。あなたの左腕に、魔法の力が宿ってるのよね?」 ウンディーネの問いに答えながら、サラマンダーは別の棚に置いてあるグラスを二つ、取る。 「ああ。なんで両腕じゃなく、左腕なのか、例のひょろ長いノッポに聞いたけど、教えてくれなかった」 少し考えて、ウンディーネは言った。 「私に考えがあるの、アストリットを殺す『手』について」 その瞳には、自信にも似た光が宿っている。 「アストリットを殺す、『手』?」 テーブルの上にグラスを置く。ワインのコルクを左手で抜くと、二つのグラスにワインを注(つ)いでいく。酢に似た匂いが鼻をついた。さすがに銅貨十五枚程度では、この程度だろうか? どうせ賭け闘技でかなりの金が稼げるのだから、銀貨の一枚でも出して、もう少し上等なワインでも買えばよかった。 そう思いながら、ウンディーネを見る。 ウンディーネがこちらを見て言った。 「普通に地上を行ったのでは、ノルデンのようなことになりかねないわ。だから、建物の屋根伝いに行くのよ」 「屋根?」 「ええ。ヤツが屋敷を出たらヤツを監視する。私たちは、お互い、距離を置いて屋根伝いに移動するの」 「? なんでそういうことをするんだ? それに、二人で屋根に上がるというのは……。どっちかが地上から襲えばいいじゃないか」 ちょっとだけ呆れたように息を吐き、ウンディーネは言う。 「あなた、見てないかも知れないけど、アストリットの替え玉、あの女の身体能力は、はっきり言って異常だわ。断言してもいいけど、あれは何度か死線をくぐってる戦士の“それ”よ」 水路通りでの戦いのことだろう。途中からしか見ていないが、確かにあの身のこなしは、貴族の子女がたしなむ武術の域を超えていた。 「だから、ヤツの行動範囲外、それも想定を外す屋根からがいいの」 「確かにな。で、上空からダガーでも投げるのか? しかし、それじゃ入り組んだ道なんかに入られたりすると、こっちの視界からも外れるぞ?」 「だから、お互いに距離をとるの。で、確実に狙える方が、ヤツを仕留める」 「なるほどなあ」 「こちらには、魔力の脚、そちらには左腕。だからそれを使って、……そうね、何か金属の玉でもやりとりをしましょう? それなら、かなりの距離をとっても大丈夫だし。自分の視界から外れたら、相手にそれを渡すの」
およその流れが見えた。つまり、お互い屋根伝いに移動して、地上にいるアストリットを狙う。ただ、確実に仕留めるためには、距離、障害物及び近くを歩いている人間、相手の動きなど、いろいろと複雑な条件がある。だから、自分が狙えなくなったと思ったら、金属の玉を相手に渡す。それと同時に、こちらも位置取りを変える。 それを繰り返すことで、確実にアストリットを暗殺する、そういうことだろう。
「ねえ、サラマンダー、そっちが使ってる毒矢、二、三本、もらえる? その方が確実にヤツを消せると思うから」 「わかった」 そして、ワインを注いだグラスをウンディーネに渡す。 それを受け取ったウンディーネが、口元に薄く笑みを浮かべて言った。 「前祝い、ってことね?」 「ああ」と、サラマンダーも薄い笑みを浮かべる。 どちらからともなくグラスを近づけ、その縁を軽く打ち合わせて乾杯をする。そしてワインを口にした。
「ぶっ!?」
強烈にむせた。それはウンディーネも同じ。 お互い、顔を見合わせる。 バツが悪くなって、サラマンダーは言った。 「悪い。バッタもん、掴まされた」 「……酢で乾杯、なんて、生まれて初めてだわ……」 げんなりしてウンディーネがボヤいた。
やがて、二人は打ち合わせ通りの行動を取り、そして。
何度目かの鉄球のやりとりの後、ウンディーネがアストリットを仕留めたようだ。 その後、二人とも面が割れていることもあって、いったん、シーレンベック領から離れた。 翌日には戻って、領内の様子を確認する。アストリットの死亡の触れが出ているかどうか。出ていれば、死んだのは本物のアストリット、出ていなければ殺したのは替え玉。替え玉なら、改めて本物の居所を探るだけだ。
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