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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第29回   作戦
「ねえ、サラマンダー。あなたの左腕に、魔法の力が宿ってるのよね?」
 ウンディーネの問いに答えながら、サラマンダーは別の棚に置いてあるグラスを二つ、取る。
「ああ。なんで両腕じゃなく、左腕なのか、例のひょろ長いノッポに聞いたけど、教えてくれなかった」
 少し考えて、ウンディーネは言った。
「私に考えがあるの、アストリットを殺す『手』について」
 その瞳には、自信にも似た光が宿っている。
「アストリットを殺す、『手』?」
 テーブルの上にグラスを置く。ワインのコルクを左手で抜くと、二つのグラスにワインを注(つ)いでいく。酢に似た匂いが鼻をついた。さすがに銅貨十五枚程度では、この程度だろうか? どうせ賭け闘技でかなりの金が稼げるのだから、銀貨の一枚でも出して、もう少し上等なワインでも買えばよかった。
 そう思いながら、ウンディーネを見る。
 ウンディーネがこちらを見て言った。
「普通に地上を行ったのでは、ノルデンのようなことになりかねないわ。だから、建物の屋根伝いに行くのよ」
「屋根?」
「ええ。ヤツが屋敷を出たらヤツを監視する。私たちは、お互い、距離を置いて屋根伝いに移動するの」
「? なんでそういうことをするんだ? それに、二人で屋根に上がるというのは……。どっちかが地上から襲えばいいじゃないか」
 ちょっとだけ呆れたように息を吐き、ウンディーネは言う。
「あなた、見てないかも知れないけど、アストリットの替え玉、あの女の身体能力は、はっきり言って異常だわ。断言してもいいけど、あれは何度か死線をくぐってる戦士の“それ”よ」
 水路通りでの戦いのことだろう。途中からしか見ていないが、確かにあの身のこなしは、貴族の子女がたしなむ武術の域を超えていた。
「だから、ヤツの行動範囲外、それも想定を外す屋根からがいいの」
「確かにな。で、上空からダガーでも投げるのか? しかし、それじゃ入り組んだ道なんかに入られたりすると、こっちの視界からも外れるぞ?」
「だから、お互いに距離をとるの。で、確実に狙える方が、ヤツを仕留める」
「なるほどなあ」
「こちらには、魔力の脚、そちらには左腕。だからそれを使って、……そうね、何か金属の玉でもやりとりをしましょう? それなら、かなりの距離をとっても大丈夫だし。自分の視界から外れたら、相手にそれを渡すの」

 およその流れが見えた。つまり、お互い屋根伝いに移動して、地上にいるアストリットを狙う。ただ、確実に仕留めるためには、距離、障害物及び近くを歩いている人間、相手の動きなど、いろいろと複雑な条件がある。だから、自分が狙えなくなったと思ったら、金属の玉を相手に渡す。それと同時に、こちらも位置取りを変える。
 それを繰り返すことで、確実にアストリットを暗殺する、そういうことだろう。

「ねえ、サラマンダー、そっちが使ってる毒矢、二、三本、もらえる? その方が確実にヤツを消せると思うから」
「わかった」
 そして、ワインを注いだグラスをウンディーネに渡す。
 それを受け取ったウンディーネが、口元に薄く笑みを浮かべて言った。
「前祝い、ってことね?」
「ああ」と、サラマンダーも薄い笑みを浮かべる。
 どちらからともなくグラスを近づけ、その縁を軽く打ち合わせて乾杯をする。そしてワインを口にした。

「ぶっ!?」

 強烈にむせた。それはウンディーネも同じ。
 お互い、顔を見合わせる。
 バツが悪くなって、サラマンダーは言った。
「悪い。バッタもん、掴まされた」
「……酢で乾杯、なんて、生まれて初めてだわ……」
 げんなりしてウンディーネがボヤいた。

 やがて、二人は打ち合わせ通りの行動を取り、そして。

 何度目かの鉄球のやりとりの後、ウンディーネがアストリットを仕留めたようだ。
 その後、二人とも面が割れていることもあって、いったん、シーレンベック領から離れた。
 翌日には戻って、領内の様子を確認する。アストリットの死亡の触れが出ているかどうか。出ていれば、死んだのは本物のアストリット、出ていなければ殺したのは替え玉。替え玉なら、改めて本物の居所を探るだけだ。


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