「モリガン!? 無事だったのか!? いや、お前、そんな体で!?」 着地……というよりほとんど墜落した大鴉は、見る間に人間の若い女性に変わる。女性は灰色のマントを羽織り、灰色の長い髪をしている。 彼女は魔女から授かったマントで、大鴉に変身することが出来る。エリン島からクーフリンたちが逃れたとき、彼女はカラスに変身して先導した。嵐に巻き込まれたときにも。だが、その際に彼女は暴風にまかれ、海面に叩きつけられて深傷(ふかで)を負った。 こちらに流れ着いたとき、彼女に意識はあったが、とても起き上がれる状態ではなかったのだ。 苦しげな息の元、モリガンは言った。 「看病をしてくれていたナンナという女の子から……、みんなで王都へ行く、ということを聞かされた。……私は、そのまま寝ていたのだが……、どうにも……胸騒ぎがしてな……。すぐに起き上がれなくて、……な、なんとか起き上がって、ここへ来てみたら……。何が起きているか、すぐにわかったさ。それに、お前の危ういところが見えて……」 そう言って、モリガンは肩で息をしながら、片膝をつく。その肩を抱くようにして「無理をするな」と言ったが、モリガンは強い意志を瞳に宿して首を横に振った。 「この場は、引くぞ、クーフリン……」 「バカな! そんなことが出来るか!!」 途端、モリガンが左手でクーフリンの胸ぐらを掴み、己の顔に勢いよく引き寄せて言った。 「このままでは、お前も死ぬぞ? ……生きていればこそ、死んでいった者たちの復讐が、なせるというもの……!」 その言葉、すぐにクーフリンに理解出来たものの感情の方が納得出来ない。だが、幾度も視線をくぐってきて確かな判断力を持っているクーフリンは、血を吐くような思いで決断した。 「わかった。……無理を言うようだが、あの娘たち、一緒に連れて行けるか?」 「……問題ない。そのぐらいの魔力は使える」 言うや否や、モリガンは大鴉になる。それにあわせてクーフリンは槍を消した。 一声鳴いて、モリガンが足でクーフリンを掴み、空高く舞い上がる。そして急降下した。クーフリンは、涙で顔をぐしゃぐしゃにして抱き合っている少女と幼子を右腕ですくい上げ、動くようになった左腕とで抱きかかえるように……絶対に救うのだという強い思いをもって、抱きかかえた。 モリガンが急角度で上昇し、あっという間に王城から離れた。
それを見送るレオポルトが言った。 「エリン島では、魔法が発達しているのだな」 ともに見送るアンゲリカが応える。 「いいえ、逆ですわ、お父様」 「? 逆、とは?」 レオポルトがこちらを見る気配がしたので、アンゲリカもレオポルトを見た。 「大陸では物理的技術が発展し、魔法は衰退して忘れられていきました。ですが、かの島では、連綿と魔法が伝えられていったのです。私が手にした魔導書には、あのような変身の術は記載されていませんでしたが、大陸には未発見の魔導書が数多くあるはず。それらには、私も知らない魔法が記されているでしょう。『ユミルの脳髄』があれば、未知の魔法も使いこなせます。その力があれば、私たちの願いの実現も、なお一層、確実なものになりますわ」 その言葉に、レオポルトは満足げに頷いた。
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