言うや否や、レオポルトが下げていた剣を、左腕で逆袈裟斬りに振り上げる。目に見えぬ刃が襲い来る。感じられる刃は先のモノよりも長いようだ。事実、レオポルトが立っている台に裂け目が走り、地面を抉(えぐ)るように線が走る。 クーフリンは本能にも近い感覚に従って、横跳びに跳び、地に転がって起き上がる。 間一髪、避けることが出来たが、すでにレオポルトは次なる体勢に入っていた。顔の右横に剣を据え、その切っ先をこちらに向けている。 突きが来る! かわそうとしたときには、既にレオポルトは突きを放っていた。先刻までの戦いで舞い上がっていた土くれが、高速の渦を巻いてこちらに向かってくるのが見えた。 お陰で心臓への命中は避けられたものの、左肩を抉るようにして螺旋の一撃が去って行く。 “骨まではやられていないが……” 左腕に強烈な痛みとともに、痺れが走る。一時的なものだろうが、この場ではその「一時的」が命取りだ。 ガエ・ボルグを右腕一本で持つ。 戦場では、負傷などで片腕一本で戦うこともあったし、それでも十分しのげていた。 だが、相手が「ユミルの力」を使えるとなると、事情は変わる。己に付与された「ユミルの耳」で、相手の動きを、その音を探る。少しでも相手の“先回り”が出来れば。 そう思ったが。 「おお、そうであった。クーフリンよ、お前に貸し与えていた『ユミル』の力の一部、返してもらうぞ?」 王妃が妖しい笑みを浮かべる。その口元が動いている。呪文の詠唱だろう。そう思う間に、一瞬、耳を塞がれるような感覚、口の中が痺れるような感覚が起きたかと思うと、先ほどまで大きく聞こえていた、夕刻の街、その喧噪が聞こえなくなった。 クーフリンを見る王妃が、やはり妖しい笑みを浮かべて言う。 「お前が『ユミル』の力を使おうとすれば、妾にもそれが伝わる。もっとも、それを使ったところで、お前など、お父様の敵ではないがのう?」 王妃の言葉から察するに、クーフリンが持っていた「ユミルの力」は取り返されたのだろう。事実、意識を合わせても遠くの音が……否、どうやって「意識を合わせていた」のか、それすら思い出せない。 直後、レオポルトが剣を横薙ぎにした。かわす間もなく、その一閃がクーフリンの両の大腿に鮮紅の裂け目が走る。 「グッ……!」 呻いて、クーフリンは両膝を折り、両膝立ちになった。 どうにか立ち上がろうとして、ガエ・ボルグを支えにするが、うまくいかない。 それでも立ち上がればならぬ……! その想いが、クーフリンを突き動かしている。 なんとかよろけながらも立ち上がり、ガエ・ボルグを構える。だが、立っているのがやっと、それもフラフラと姿勢が定まらない。 台から下りたレオポルトが、不敵な笑みでこちらに近づいてくる。 イチかバチか、差し違えてでも死んでいった者たちに、報いよう。それが、この地に住まうことと引き換えだったとはいえ、このような非道を行う輩どもに助力した己の不明、その罪の償い方。 そう思ったとき、上空から唸る風とともに、クーフリンの傍に人間ほどもある大鴉(オオガラス)が舞い降り、クーフリンを足で掴んで、そこから数十エル離れた場所まで連れ去った!
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