エリン島での争乱で、クーフリンは、ともにスカアハのもとで修行した友・フェルディアという男と、敵同士になってしまった。だが彼は「修行の友であり義兄弟の契りを結んだフェルディアを殺さない」というゲッシュを、神に誓っていたのだ。そして戦いの中、はからずもフェルディアと一騎打ちすることとなり、彼を殺した。 そのゲッシュ破りと引き換えに、クーフリンは師スカアハより伝授された、ガエ・ボルグによる魔法技……穂先が無数の弾丸に分かれて相手を襲う……が使えなくなってしまったのだ。 弾かれたガエ・ボルグを“念”で呼び戻し、今一度、構え、投げつける。それと同時に駆け出した。 レオポルトが、また剣で槍を弾く。それをクーフリンは呼び戻した。 「ガエ・ボルグ!」 上空で弧を描いて戻ってきた槍を掴んだクーフリンは、駆けたことで間合いを詰め、レオポルトの懐に入っていた。 ここなら相手が剣を抜くよりも早く、槍を撃ち込める! そう思って突き出したガエ・ボルグだったが、それはレオポルトの剣に阻まれた。 バックステップを踏み、十数エルほど離れてクーフリンは槍を構える。 “想像以上に速いな、剣を抜く所作は……!” そう思い、クーフリンはジリジリとレオポルトの周囲を、弧を描くように摺り足で移動する。レオポルトは逆手から順手に剣を持ち替えていた。 「アルスターの番犬よ、お前の耳と口に『ユミルの力』が宿っているように、私のこの左腕にも、『ユミルの力』が宿っているのだ」 ニヤリとして、レオポルトは言った。 その言葉に、戦慄を覚えたクーフリンだったが、それを抑え、「そうか」とだけ言った。 果たして動揺を抑えられただろうか? 目は? 口は? ガエ・ボルグを持つ手は? ごくわずかな動きで、相手に心理が読まれるということを、クーフリンは、読む側読まれる側の両方で何度も経験していた。 ニヤリとしたまま、レオポルトは言う。 「私が早業で剣を抜き、それをわざわざ鞘に戻す、ということをしたのは、その方が相手に恐怖を与えられるという演出だ。何もしていないのに、何かが斬れれば、人は悪魔の仕業とでも思うからな。だが、お前にはそのような無粋な真似は不要だったようだな」 「それは俺を褒めていると捉えていいのか?」 「そうだ。そして、ただ抜いただけでは、剣の間合いの中にいるものしか斬ることは出来ない」 この男は、一体、何を言いだしたのか? 無言を以て先を促すと、レオポルトが真剣な表情になった。 「だが『ユミルの力』を使えば、離れたものも斬ることが出来る。……このようになッ!」 そう言って、また目にも止まらぬ速さで剣を振るう。 「うッ!?」 目には見えない刃(やいば)が迫るのを感じた。その刃の速さは風を超えしもの。とっさにガエ・ボルグの穂先を盾にしたが、防ぎきることは出来ず、二つに割れたと感じられる目に見えぬ刃は、クーフリンの上着を裂き、皮を裂いて、鮮血をほとばしらせた!
クーフリンは、さらにバックステップで背後へ跳び、間合いをとる。 「フン」と、レオポルトは鼻で嗤う。 これが、「ユミルの左腕」の力か。 クーフリンは再び怖れの念を抱く。 左肩から右の上腕部にかけて出来た裂創から血が流れる。手が血に濡れて槍を取り落とさないためにも、クーフリンは服を裂き、上腕部の傷に素早く巻き付ける。 相手に対して恐怖を感じるなど、まるでガエ・ボルグを授かる前の修業時代のようだ。 レオポルトの力は、こちらが思う以上のものだ。魔法技による攻撃が出来ない以上、ガエ・ボルグと「契約」をしたときに引き出した、槍自身に込められていた“力”だけで戦わねばならないが、それは先刻までで通用しないことが分かった。 レオポルトが剣の切っ先を右斜め下に下げて言った。 「なんだ、来ないのか? ならば、こちらから、ゆくぞ!」
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