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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第26回   決斗!・U
 エリン島での争乱で、クーフリンは、ともにスカアハのもとで修行した友・フェルディアという男と、敵同士になってしまった。だが彼は「修行の友であり義兄弟の契りを結んだフェルディアを殺さない」というゲッシュを、神に誓っていたのだ。そして戦いの中、はからずもフェルディアと一騎打ちすることとなり、彼を殺した。
 そのゲッシュ破りと引き換えに、クーフリンは師スカアハより伝授された、ガエ・ボルグによる魔法技……穂先が無数の弾丸に分かれて相手を襲う……が使えなくなってしまったのだ。
 弾かれたガエ・ボルグを“念”で呼び戻し、今一度、構え、投げつける。それと同時に駆け出した。
 レオポルトが、また剣で槍を弾く。それをクーフリンは呼び戻した。
「ガエ・ボルグ!」
 上空で弧を描いて戻ってきた槍を掴んだクーフリンは、駆けたことで間合いを詰め、レオポルトの懐に入っていた。
 ここなら相手が剣を抜くよりも早く、槍を撃ち込める!
 そう思って突き出したガエ・ボルグだったが、それはレオポルトの剣に阻まれた。
 バックステップを踏み、十数エルほど離れてクーフリンは槍を構える。
“想像以上に速いな、剣を抜く所作は……!”
 そう思い、クーフリンはジリジリとレオポルトの周囲を、弧を描くように摺り足で移動する。レオポルトは逆手から順手に剣を持ち替えていた。
「アルスターの番犬よ、お前の耳と口に『ユミルの力』が宿っているように、私のこの左腕にも、『ユミルの力』が宿っているのだ」
 ニヤリとして、レオポルトは言った。
 その言葉に、戦慄を覚えたクーフリンだったが、それを抑え、「そうか」とだけ言った。
 果たして動揺を抑えられただろうか? 目は? 口は? ガエ・ボルグを持つ手は? ごくわずかな動きで、相手に心理が読まれるということを、クーフリンは、読む側読まれる側の両方で何度も経験していた。
 ニヤリとしたまま、レオポルトは言う。
「私が早業で剣を抜き、それをわざわざ鞘に戻す、ということをしたのは、その方が相手に恐怖を与えられるという演出だ。何もしていないのに、何かが斬れれば、人は悪魔の仕業とでも思うからな。だが、お前にはそのような無粋な真似は不要だったようだな」
「それは俺を褒めていると捉えていいのか?」
「そうだ。そして、ただ抜いただけでは、剣の間合いの中にいるものしか斬ることは出来ない」
 この男は、一体、何を言いだしたのか?
 無言を以て先を促すと、レオポルトが真剣な表情になった。
「だが『ユミルの力』を使えば、離れたものも斬ることが出来る。……このようになッ!」
 そう言って、また目にも止まらぬ速さで剣を振るう。
「うッ!?」
 目には見えない刃(やいば)が迫るのを感じた。その刃の速さは風を超えしもの。とっさにガエ・ボルグの穂先を盾にしたが、防ぎきることは出来ず、二つに割れたと感じられる目に見えぬ刃は、クーフリンの上着を裂き、皮を裂いて、鮮血をほとばしらせた!

 クーフリンは、さらにバックステップで背後へ跳び、間合いをとる。
「フン」と、レオポルトは鼻で嗤う。
 これが、「ユミルの左腕」の力か。
 クーフリンは再び怖れの念を抱く。
 左肩から右の上腕部にかけて出来た裂創から血が流れる。手が血に濡れて槍を取り落とさないためにも、クーフリンは服を裂き、上腕部の傷に素早く巻き付ける。
 相手に対して恐怖を感じるなど、まるでガエ・ボルグを授かる前の修業時代のようだ。
 レオポルトの力は、こちらが思う以上のものだ。魔法技による攻撃が出来ない以上、ガエ・ボルグと「契約」をしたときに引き出した、槍自身に込められていた“力”だけで戦わねばならないが、それは先刻までで通用しないことが分かった。
 レオポルトが剣の切っ先を右斜め下に下げて言った。
「なんだ、来ないのか? ならば、こちらから、ゆくぞ!」


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