「貴様ら、何をしているウゥゥッッ!?」 ウンディーネたちの動きについて報告しようとしたが、王妃の方がそれを受け取ろうとしていない。そこで近くで報せようと、王都へと戻ってきたクーフリンだったが、市壁を越えた瞬間、「ユミルの耳」の力を与えられた彼の耳に、不快、否、恐怖に彩られたいくつもの悲鳴が届いた。 その中にクーフリンに助けを求める声がいくつもあり、聞き覚えのある声も多かった。 急ぎ、王城へと戻った彼が見たものは、重装兵によって大きな穴へと、大斧で斬って落とされていく同胞たちだ。 怒りとともに吠えたクーフリンに、王妃は妖しい笑みとともに応えた。 「おお、アルスターの番犬よ、ご苦労である。今宵は何用じゃ?」 重装兵たちは手を止めることなく、避難民たち……幼い子どもも赤子を抱いた母親も容赦なく……を叩き斬っていく。 クーフリンは全身の血液が沸騰していくのを感じながら、呪文を叫んだ。 「Tar(来い)! Gae-Bolg(ガエ・ボルグ)!!」 呪文に応え、大地が唸る。この異常現象には、さすがに重装兵も立っていることが困難だったらしく、よろけている。 地鳴りの中、クーフリンの右手側の地面が割れる。そこから水が噴き上がった! この水は海水であり、もっというなら異界からの海水である。 そして、そこからゆっくりと一本の槍がせり上がってくる。その槍は長大で、穂先はまるでノコギリのようにギザギザになっていた。あたかも銛(もり)のようである。 異界での修行を終えた時、師である魔女スカアハから授けられたものだ。 地鳴りと海水の噴出が終わると同時に、ガエ・ボルグを手にしたクーフリンは器用に逆手に持ち替え、一人の重装兵に投げつける。その槍はまるで射出された弾丸の如き速さで宙を飛び、甲高い金属音とともに重装兵の胴を貫く。 一人を貫き、また次の一人を貫き、まるで生きているかのように空中で方向転換してさらに残る二人を貫いて、クーフリンの手に戻った。 四人の重装兵が地に倒れ伏すのを見ながら、クーフリンは生き残ったエリン島の同胞を見る。 修行で鍛えられた彼の優れた視力は、一瞥で生き残りがたった二人……少女とその身内らしい幼な子……しかいないことを見る。
この者たちだけでも救わねば……………………!
強く、そして悲壮ともいえる思いでクーフリンは帰ってきた槍を受け取り、構える。 その二人をかばうようにして、クーフリンはその前に立つ。横目に入るのは、地面に穿たれた大きな穴に、無造作に、まるでゴミでも捨てるかのように投げ入れられた、同胞たちの無惨な亡骸。 再び怒りが沸き起こる。 そんなクーフリンを、十数エル先、数段高い位置から蔑むように見る、一人の偉丈夫。察するに、この男が人口に膾炙(かいしゃ)されている新たな王・レオポルトなのだろう。 レオポルトが口元に不敵な笑みを浮かべる。そして太く、威厳のある声で言った。 「お前がアルスターの番犬、クーフリンか?」 「……………………」 クーフリンは答えない。王妃グレートヒェンがそのように呼んだ以上、改めて問うのは愚問というもの。 もっとも、相手もそれを承知しているだろうことは、その不敵な笑みを見れば分かる。 レオポルトを睨み、クーフリンはガエ・ボルグを投げつける。だが! 一陣の風とともに金属音が響き、槍が弾き飛ばされたのだ、レオポルトはそこに、普通に立ったままにして!
否。 クーフリンの優れた動体視力は、“それ”を確かに捉えていた。 レオポルトは目にも止まらぬ速さをもって逆手にした左手で剣を抜き、その一閃で槍を弾いたのだ! 通常の防御をもってしても防げぬガエ・ボルグの投擲を防いだばかりか、弾き返すなど、とても人間業とは思われない。 もしかしたらレオポルトは何らかの魔法を心得ているのかも知れない。 だとすると、こちらも魔法技(まほうぎ)を使う必要があるが……。
“今の俺では、必殺の技は使えない。ゲッシュを破った報いは、いつまでも災いするな……”
|
|