荷馬車を降りた一同は衛兵に連れられ、王城の裏庭辺りに向かう。 この様子に、老人は言い知れぬ恐怖さえ感じた。ここに来るまでに、前後左右を複数の衛兵たちがガードしている。まるで誰一人、逃さぬと言わんばかりに。 それを感じているのは、どうやら老人だけではなかったようだ、多くの者が不安げに周囲を見回している。 無言のうちに目的地へ向かう様は、悪魔の行進に相違なかった。エリン島の風習では、葬儀では弔い女(め)が雇われ、泣きわめく。このように静かなことはない。だから、静かな行進の列は、知らぬ間に忍び寄っている悪魔の列に違いないのだ。 だが今、老人は自分たちにこそ悪魔が忍び寄っているのではないか、ということを予感していた。
そして一同が到着したのは、王城の裏正面……裏庭とでも呼ぶべき、だだっ広い芝生の中にある、とある場所。そこだけ円形に芝が刈られていた。その直径は、パッと見たところ十二、三エル(約五メートル程度)ほど、そしてそれは明らかに「穴」。その左右には、鎧を着た四人の大柄な兵士。鎧はかなり厚そうで、おそらくクーフリンから聞いたことのある、重装兵というものだろう。その重装兵は自分の身長よりも長く、巨大な両刃の戦斧(バトルアクス)の石突きを地に突いて立っている。兜(ヘルム)のバイザーに隠されて、その表情を覗うことは出来ないが、きっと悪鬼のような顔に違いない。 そんな思いを巡らせている老人は、辺りを見ていて、右手側の十数エル先にある一段高い座に、二人の人物を見留めた。その装いから、すぐにこの国の王と王妃であるとわかる。
夕闇迫る中、二人を照らすのは、ガス灯。その灯火に照らされる、赤いマントを羽織った、黄金色の鎧を着けた王の威容は、神話に謳われる“銀の腕の剣神ヌァザ”もかくや、といったところ。これが新たなる王か、と思っている老人に、一人の衛兵が言った。 「陛下の御前に進むことを許可する」 よくわからないが、王の前に行って礼を言え、ということかも知れない。 老人は静かに歩み寄り、王の手前、およそ八エル(約三メートル)のところで跪く。そして恭しく頭(こうべ)を垂れて言った。 「国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。この度は、我らエリン島からの避難民を……」 老人が言えたのは、ここまでだった。
なぜなら。
重装兵の一人が老人に近づき、巨大な戦斧で老人をすくい上げるようにして、投げ上げたからだ。その勢いで戦斧の刃は老人の体を真っ二つにし、上半身も下半身も、もろともに穴の中に落とした。 数瞬遅れ、何が起きたかを理解した避難民の間から悲鳴が起きる。それはこの世の最期を描く交響曲でさえ、描き切れぬ不協和音。 その中で、王妃グレートヒェンは高らかに言った。 「さあ、今こそ『ユミルの心臓』に贄を!」 そのときの表情はある種の愉悦に身を浸しているかのようだ。 王妃の声に応え重装兵たちが避難民の列に近づく。悲鳴が一層、激しくなる。一同が重装兵たちから逃げだそうと動き出したが、周りを囲んでいる衛兵たちが剣や槍で重装兵たちの方へと追いやる。 やがて一人、また一人と重装兵によって、穴の中へと斬り落とされていく。 それを見る王妃の瞳には妖しい光が灯り、口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
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