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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第23回   王都への招喚
 応接間で待っていると、廊下を走る足音が近づいてきた。
 かと思ったら、荒々しく扉が開かれ、飛び込んできた一人の影。
「ああ、ハインリ……」
 椅子から立ち上がったあたしが言い終わるより早く、部屋に入ってきた影……ハインリヒが駆け寄ってきて、あたしを抱きしめた。
「アストリット……。よかった、本当に……」
 そう言って、あたしを一層、強く抱く。
 あう、あたし、男の人からこんな風に抱きしめられたことなんて、ないわ……。どうしよう、顔が熱くなってきた。心臓がバクバクして、本当に爆発しそう!
 どうしよどうしよ、あたしも抱き返した方がいいのかな、それとも突き飛ばした方がいいのかな!?
 膝がガクガクして頭がパニクってきた頃、不意に「ハッ」って感じでハインリヒが息を漏らし、あたしから離れた。
「す、すまない、ミカ」
 なんか、バツが悪そうにそう言うと、ハインリヒが視線を泳がせる。
「う、うん。ちょっとびっくりしたけど……、大丈夫……」
 あたしはそんなハインリヒから視線を逸らして、床を見た。
 ううう、胸のドキドキが止まらない。どうしよ、あたし、この人、好きになっちゃうかも!?
 でも、今、言ったじゃん、「アストリット」って。ハインリヒは、あくまでも「アストリット」のことを心配してたんだって! 「小松崎未佳」じゃなく、「アストリット」なんだって、ハインリヒが好きなのは!

 そう思った途端、なんとなくあたしの胸に「ポッカリ」って感じで穴が空いたような、そんな気がした。


 大陸の北方洋上にあるエリン島で争乱が起きたのは、三年前。島の北西部コナアンを支配する女王メイヴが、島の東部にある豊かな牧草地と、そこで放牧される牛たちを奪おうとしたことがきっかけだった。
 その牧草地は島の北東部アルスターの土地だったため、結果として東南部のウラーをも巻き込み、争乱は島を二分するものとなった。
 アルスターには「影の国」と呼ばれる異界で修行を積んだ魔戦士クーフリンがいたため、強大なメイヴ軍との争乱は一進一退といった様相を呈し、長期化していった。
 だが、クーフリンが「ゲッシュ」と呼ばれる誓いをいくつか破らされたために、彼は「力」のいくつかを失い、一気に戦局はコナアンの有利に傾いた。
 このゲッシュ破りは、メイヴ軍にいた女魔戦士マッハの策略によるものだった。

 クーフリンが率いていた一隊は敗走した末に、民間の者たちを護衛する意味もあって、夜陰に紛れ、東回りの海路で島を出た。目的地は最短距離ということもあって、東方に見える大陸西岸であったが、途中で嵐に遭い、彼らの一隊は流され、難破し、その先でゲルマンの王国北岸へと漂着した。
 当然、北部を警護する辺境伯により一同は尋問を受けたが、結果として北部平原に監視付きで住むことを許された……。

 その日の昼前、エリン島の避難民コロニーに、王都から使者がやって来た。その使者は、このような勅書を持ってきた。

「このほど新たにレオポルト様が王として即位なされた。よって、国の慶事として、エリン島の避難民に王都での市民権を与え、この国の民として正式に居住を認めるものとする! 陛下の特別の思し召しである、今後は王国の民として存分に王に尽くせ!」

 避難民の間から、様々な声がする。それはこの言葉を喜ぶものや怪しむもの、エリン島北部から来たために、大陸の言葉が今ひとつ理解出来ない、というリアクションなど。
 だがやがて、その場の代表といえる老人が前に進み出て言った。
「それは、本当なのですか?」
「いかにも、真正(まこと)の新王陛下の詔(みことのり)である。お前たちが陛下に謁見し、感謝の辞を述べるお時間を陛下が特別にお作り遊ばした故、これからお前たち一同についてきてもらう」
 老人が周囲を見て言う。
「それは、子どもや赤子もですか?」
「いかにも。お前たち全員をこの国の民として迎え入れるのだ。一人残らず、同道するように」
「そちらで騎士とともに、王都護衛の任についているという、クーフリンは……」
「あの者は王宮にて、すでに控えておる」
 そして、しばしののち、一同は荷馬車に乗せられて王都へと向かった。
 老人を始め、何人かの者は「荷馬車で運ばれる」ということに幾ばくかの不安を抱いたようだった。

 王都に到着したのは、そろそろ夕刻、といった頃だった。幅二十エル(約八メートル)ほどの堀の上に渡された橋を渡り、市壁の南に設けられた大門をくぐる。
 大通りを通り、時折、角を曲がりながら、王宮へと向かう。遙か先の市壁傍には、畑らしきものが広がっていた。幅が七十五エル(約三十メートル)ほどありそうな水路の上に架けられたアーチ状の橋を渡り、しばらく貴族の屋敷が建ち並ぶような雰囲気の通りを通ったかと思うと、また高い塀に作られた門をくぐる。
 すると、左右が拓けた芝生のような、緩やかな上り坂の通りに入った。そこに、民家や商家らしいものはなく、石造りの礎石らしいものが点在するだけ。このような芝生なら、誰も潜むことは出来まい、と老人が思っていると、誰かの声で、正面に向き直る。そして堀の上に渡された大きな橋と、ぐるりとまわった大きな壁に気づいた。
 その壁に設けられた門をくぐると、王宮が見えてきた。
 王宮を見ていると、老人はなぜか言い知れぬ不安を抱くのだった。


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