昼下がり、ベッドに寝かされているアストリット……ミカを、イルザは椅子に座って、看病するかのように見つめている。 どこからか飛んできたダーツの矢がミカの背中に刺さって、彼女は倒れ、息絶えたという。刺さった矢の角度から見て、おそらく上空から、つまり建物の屋根から放ったのだろう、ということだった。 矢を調べてみたが、柑橘系の匂いがするところから見て、使われた毒はヘレボルス・ニゲルから抽出して濃縮した麻痺毒に間違いない。 そして今、ミカはベッドの上にいる。皆が「アストリットは死んだ」という認識を持ったから、彼女が時を巻き戻って甦ることはなかったのだろう。 もっとも、イルザにはそんな感覚はない。普通に「アストリット(ミカ)は死んだ」と思っただけだ。ミカが甦らなかった、と、そのように思ったのは、「イグドラシルの秘法」の“関係者”であるゴットフリート、マクダレーナ、シェラザード、ハインリヒ、そしてハインリヒの父・テオバルトだ。 「ミカさん……」 イルザは、ベッドに寝ているアストリット(ミカ)の頬を撫でる。 正確には彼女は、どうやら「仮死状態」にあるようだ。触れるとかすかに“体温”があるようだし、胸に耳を当てると、時々、かすかに拍動を感じる。なにより、あれから丸一日以上、経過しているのに、「アストリットの体」は腐敗が始まっていない。 そのことに気がついたのは、イルザが最初だった。かすかに心音に気づき、彼女の葬儀をしないよう、ゴットフリートに進言したのだ。そして連絡を受けたハインリヒとテオバルトがやって来て、同じように「アストリットの体」がまだ生きていることを確認。 かくして、様子を見よう、ということになったのだ。 ドアがノックされ、シェラザードとガブリエラが入ってきた。二人とも、沈痛な表情だ。 シェラザードはトレイの上にカップを載せている。 「イルザ様、ハーブをお持ちしました。……ずっとお休みになっていらっしゃらないのでしょう?」 ベッドそばのナイトテーブルに置かれたハーブのカップをとり、一口、飲む。ミントの、やや強めの香味が疲れていたイルザの意識を覚醒に導く。いや、ミントによって、初めて自分が疲れていたことに気がついた、というべきか。 マクダレーナも先刻までここにいたが、さすがに精神的に疲弊し、ゴットフリートに付き添われて自室へと戻った。 丸一日で、自分がどれほど気疲れしていたかを、イルザは知った。 ふう、と、一息吐く。
そして、「アストリットの体」を見る。死んでいない、ということは生き返る可能性がある、ということだろうか? だとしたら、いつ? 今日? 明日? それとも、ずっと先の未来? ラグナロクの思惑通り、戦争が起こり、多くの悲劇が起こったあとだとしたら、遅いのだ。 世界のためにも、「スルトの剣」を持つ彼女には一刻も早く目覚めて欲しい。 ……ふと、“それ”だけではないことにイルザは気づいた。 そう、人間「コマツザキ ミカ」としても、イルザは目覚めて欲しいと願っている。年齢はイルザよりも少し上、異世界から来た“ジョシコウセイ”という職業の少女。活発を通り越して、ややエキセントリックにも見えるところがあるが、基本的には明るく聡明な少女だ。異世界の“ジョシコウセイ”という職業柄なのか、それとも彼女のメンタリティなのか、他者を見下すことをしない。貧民街出身のイルザのことも、異民族のシェラザードのことも差別せず、すぐに打ち解けて友達づきあいのようなこともしてくれる。 「ミカさん、早く目を覚ましてくださるといいですね……」 トレイを手にイルザの隣に立ったシェラザードが、小声で呟くように言う。 それに頷き、イルザは手を伸ばしてミカの手を握ろうとした、そのとき。 「……? あら? かすかにミカさんの顔が動いたような……」 わずかだが、ミカの顔が左右に振れたようにイルザには見えた。よく確認しようとイルザが顔を近づけようと…………。
「だうあっはあああああぁぁぁぁ!!!!!!」
奇声を上げて、ミカの上半身が跳ね起きた! さらに、何かを掴もうとするかのように右腕を伸ばしていた。
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