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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第三部 作者:ジン 竜珠

第21回   希望の帰還・T
 昼下がり、ベッドに寝かされているアストリット……ミカを、イルザは椅子に座って、看病するかのように見つめている。
 どこからか飛んできたダーツの矢がミカの背中に刺さって、彼女は倒れ、息絶えたという。刺さった矢の角度から見て、おそらく上空から、つまり建物の屋根から放ったのだろう、ということだった。
 矢を調べてみたが、柑橘系の匂いがするところから見て、使われた毒はヘレボルス・ニゲルから抽出して濃縮した麻痺毒に間違いない。
 そして今、ミカはベッドの上にいる。皆が「アストリットは死んだ」という認識を持ったから、彼女が時を巻き戻って甦ることはなかったのだろう。
 もっとも、イルザにはそんな感覚はない。普通に「アストリット(ミカ)は死んだ」と思っただけだ。ミカが甦らなかった、と、そのように思ったのは、「イグドラシルの秘法」の“関係者”であるゴットフリート、マクダレーナ、シェラザード、ハインリヒ、そしてハインリヒの父・テオバルトだ。
「ミカさん……」
 イルザは、ベッドに寝ているアストリット(ミカ)の頬を撫でる。
 正確には彼女は、どうやら「仮死状態」にあるようだ。触れるとかすかに“体温”があるようだし、胸に耳を当てると、時々、かすかに拍動を感じる。なにより、あれから丸一日以上、経過しているのに、「アストリットの体」は腐敗が始まっていない。
 そのことに気がついたのは、イルザが最初だった。かすかに心音に気づき、彼女の葬儀をしないよう、ゴットフリートに進言したのだ。そして連絡を受けたハインリヒとテオバルトがやって来て、同じように「アストリットの体」がまだ生きていることを確認。
 かくして、様子を見よう、ということになったのだ。
 ドアがノックされ、シェラザードとガブリエラが入ってきた。二人とも、沈痛な表情だ。
 シェラザードはトレイの上にカップを載せている。
「イルザ様、ハーブをお持ちしました。……ずっとお休みになっていらっしゃらないのでしょう?」
 ベッドそばのナイトテーブルに置かれたハーブのカップをとり、一口、飲む。ミントの、やや強めの香味が疲れていたイルザの意識を覚醒に導く。いや、ミントによって、初めて自分が疲れていたことに気がついた、というべきか。
 マクダレーナも先刻までここにいたが、さすがに精神的に疲弊し、ゴットフリートに付き添われて自室へと戻った。
 丸一日で、自分がどれほど気疲れしていたかを、イルザは知った。
 ふう、と、一息吐く。

 そして、「アストリットの体」を見る。死んでいない、ということは生き返る可能性がある、ということだろうか?
 だとしたら、いつ?
 今日?
 明日?
 それとも、ずっと先の未来?
 ラグナロクの思惑通り、戦争が起こり、多くの悲劇が起こったあとだとしたら、遅いのだ。
 世界のためにも、「スルトの剣」を持つ彼女には一刻も早く目覚めて欲しい。
 ……ふと、“それ”だけではないことにイルザは気づいた。
 そう、人間「コマツザキ ミカ」としても、イルザは目覚めて欲しいと願っている。年齢はイルザよりも少し上、異世界から来た“ジョシコウセイ”という職業の少女。活発を通り越して、ややエキセントリックにも見えるところがあるが、基本的には明るく聡明な少女だ。異世界の“ジョシコウセイ”という職業柄なのか、それとも彼女のメンタリティなのか、他者を見下すことをしない。貧民街出身のイルザのことも、異民族のシェラザードのことも差別せず、すぐに打ち解けて友達づきあいのようなこともしてくれる。
「ミカさん、早く目を覚ましてくださるといいですね……」
 トレイを手にイルザの隣に立ったシェラザードが、小声で呟くように言う。
 それに頷き、イルザは手を伸ばしてミカの手を握ろうとした、そのとき。
「……? あら? かすかにミカさんの顔が動いたような……」
 わずかだが、ミカの顔が左右に振れたようにイルザには見えた。よく確認しようとイルザが顔を近づけようと…………。

「だうあっはあああああぁぁぁぁ!!!!!!」

 奇声を上げて、ミカの上半身が跳ね起きた! さらに、何かを掴もうとするかのように右腕を伸ばしていた。


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