チャイムが鳴る。 六時間目の現国の授業も終わった。 あたしは大きく伸びをする。 「さて、と。掃除当番もないし、帰ろうっと」 そう呟いて、あたしは下校の準備を始めた。そのとき。 「小松崎さ〜ん」 と、声がする。そちらを見ると、隣のクラスの西原雪子(にしはら ゆきこ)さんだった。 「どうしたの、西原さん?」 「ん〜とさ」 と、なぜか西原さんは、あさっての方を向く。 しばらく自分のほっぺたを掻いたりしてたけど、意を決して話す気になったらしい。 「『マイルストーン』っていう喫茶店があるじゃない? あそこで時々手伝いしてる大学生さんがいるよね?」 「え? 大久保先輩のこと?」 「そうそう!」 あたしの返した言葉に、西原さんがなんだかすっごい勢いで食いついてきた。 「その大久保さんだけど! ちょっと耳にしたんだけど、小松崎さんと同じ中学校だったんだって!?」 「う……うん。同じ中学出身」 「で!? 親しかったのよね、お喋りするぐらいには!?」 「な、なんか、鼻息荒いよ、西原さん!?」 戸惑うあたしの言葉に、まるで正気に返ったかのように、 西原さんが少し、あたしから離れる。 「あ、ごめん。……大久保さんの口から小松崎さんの名前が出たってことは、少なくともお喋りするぐらいの仲だったのよね?」 「うん。同じ部活だったし」 「マジッ!?」 また西原さんが突進してくる。 「ちょ、近い近い!」 「……ごめん。同じ部活って?」 「家庭科部。でも、実質的には調理部だったかな? お料理ばっかり作ってたし。お裁縫とかは別に『裁縫部』っていうのが、あったし」 「ふうん。同じ部活だったのか」 そろそろ聞いとこう。 「で、大久保先輩がどうかした?」 な〜んとなく見当はつくんだけど。 「え?」 いきなり西原さんが、モジモジし始めた。 「え、え〜とね?」 ……やっぱり、そういうことか……。 「紹介、してもらえないかなあ?」 そう言って、西原さんは照れてる。大久保先輩って、背が高いし、好青年風だから、結構モテてたのよね。 「え? でも、大久保先輩とはお話とかしてるのよね、先輩の口からあたしの名前を耳にした、ってことは? 改めて、紹介、なんて……」 「そういうことじゃなくてえ。……ん〜もう、わかんないかなあ?」 そう言いながら照れてる西原さんは、あたしの両方のほっぺたをつまんで、左右に「むにぃ〜」って引っ張る。 「わはんはいはは、おひへへ(わかんないから、教えて)?」 「何言ってんの、小松崎さん?」 あたしは両手の人差し指で、真面目な顔で質問をしている西原さんの手を「チョンチョン」と突っついた。
一階に下りて昇降口に向かう途中で、同じクラスの井上友子(いのうえ ともこ)さんが職員室から出てくるのを見た。手に大きめの封筒を持ってる。 「…………」 「どうしたの、小松崎さん?」 「え? ううん、なんでも。じゃあ、行こうか、『マイルストーン』へ」 あたしは昇降口へ向かう。 そのあとを西原さんがついてくる。
夢津美のことを仲間はずれにしていたグループにいたんだ、井上さん。そのグループのリーダーみたいな存在だったのが、やっぱり同じクラスの吉野里子(よしの さとこ)さん。で、夢津美が不登校になって、ちょっとしてから、その原因が吉野さんのグループにあることが分かって、今度は吉野さんが無視されるようになった。それも、他のクラスの子たちからも。以前から、吉野さんの行動に迷惑をかけられて、よく思ってなかった子たちが、ここぞとばかりに吉野さんの悪評をグループに流したみたい。そして、吉野さんも学校に来なくなった。 井上さんは、一年の頃から仲が良かったってことで、プリントとかを吉野さんの家に持っていくように、先生から言われてる。
実は偶然なんだけど、井上さんがプリントの入った封筒を吉野さんの家に持って行ったとき、ドアから顔を出した吉野さんを見かけたことがあるんだ。 吉野さん、ものすごく痩せてて、別人のようになってた。
悪意の集中攻撃の怖さ、それを思い知った瞬間だった。 でも、吉野さんは、ある意味で自業自得なところはあるけど、夢津美の苦しみは違う。 そして、その責任は、あたしにもあるんだ……。
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