ヒルダさんが周囲を見渡す。それにつられ、あたしも見た。一面の草原、遠くでここを取り巻くのは林、そして片側に山、山の向こう側は……。かすんでて、青空っぽいこと以外、よくわからない。 「ここはね、基盤であるイェソドと、人間世界であるマルクトの中間世界。どちらかというと、マルクトに近いかしら? イグドラシルの秘法を使うと、どうやら、一旦ここへ来るみたいなの。それがもともとの公式なのか、なんらかの呪文(スペル)が影響したものなのか、いまだにわからないけど。だから、アストリットは殺されるたびに、ここへ来ていたわ。そして、ここでの時間にして一日過ごした後、マルクトへ戻っていた。そして、戻った先では、戻った時点より未来の時空は消滅していた」 「え? 消滅?」 「そう。消滅。文字通り、なかったことになっているの。そうでないと、いくつものマルクト世界が伸びてしまって、収拾がつかなくなるでしょ?」
………………。 まあ、確かにそうか。今までなんとも思わなかったけど、時間を巻き戻ったときに、その時点より先の「前の世界」が存在していたら、変なことになるもんね。 平行世界生まれまくり、とか。 「『イグドラシルの秘法』と関係がある他者は、あなたのように“前のこと”を覚えてて記憶を引き継げる。どうも間接的にここの世界にアクセスしているらしいわ。もっとも、完全ではないけど。……ダァトに反映された知識でアンゲリカの暗躍を知ってから、あたしもここへ来た。彼女を放ってはおけないし、何より、アンゲリカは『ユミルの脳髄』によって、『イグドラシルの秘法』とは無縁でも、記憶を引き継げるから」 「へえ、そうだったんだ」 「そして、ここでアストリットと対策を練ったわ。前、どんな風に死んだのか。それを避けるには、どうしたらいいのか。でも、彼女はうまく死を防げなかった。そのうち、あなたが喚び寄せられたわ」 ふと、疑問が生まれたんで、あたしは口を挟んだ。 「ねえ、ここって死後の世界なの?」 ヒルダさんは首を横に振る。 「ここは霊界ではないわ。生前の記憶を清算する中有(ちゅうう)世界でもない。イグドラシルの秘法が効力を持っているうちは、本当の意味で死んだわけじゃないから。さっきも言ったように、ここはイェソドの手前にある世界。霊界はケテルの最外層、一番外側にあるの」 なんか、複雑そうな話になりそうだったから、あたしは話を元に戻してもらった。
「あなたとも対策を練った。……覚えてないでしょ?」 「うん。ここでのこと自体、ハッキリと覚えてない」 不機嫌そうに鼻から息を漏らして、ヒルダさんは言った。 「まあ、幸い、ここからマルクトに帰る途中の空間でアドバイスをくれた魔術師がいたようだから、問題はなかったけれど」 「…………あ! シェラのことね!?」 頷いて、ヒルダさんは言う。 「あの子の使う魔術体系は、あたしが使うものとは根本的なところが違うから、重なり合うことがなくて、お礼が言えなかったけどね」 「…………重なり合うって?」 もう、さっきから訳の分からないことばかりだわ。 「そうね……。同じ方向を向いて進むけど、相手とこちらの間に壁、あるいは家が並んでいる感じかしら? うまく説明出来ないけど」 「……うん、とりあえず、それで納得しとく」 「最初のうちは、あなたも対処出来なかった。まあ、そうよね、殺し屋が狙ってくるんだもの。そこであたしは、ある『手』を使うことにしたの」 「ある『手』? ……文字通り、ユミルの手、じゃない、腕、かな?」 ボケたつもりだったけど、ヒルダさんはまったく表情を変えずに続けた。……なんか、恥ずかしいわ。 「魔術障壁。言ってみれば、あなたに死の危機が迫ったとき、自動的に発動する壁のようなもの」 「………………そんなもの、なかったけど?」 あたしの言葉に、ヒルダさんが苦虫を噛みつぶしたような表情になる。 「多分、あなたが違う“次元”の存在だからよ。結果として、その障壁は、物理的な“武術”や“力”として顕現することになったわ。アンゲリカなら、きっと、こうは……」 「………………ああ、そうだったんだ! あたし、特に武道とか習ってないのに、うまく闘えるなあって、不思議に思ってたのよ!」 いろいろと繋がってきたわ! だから、最初のアメリア戦では、あっさり負けちゃったんだ! そしてこの世界に来て、物理的な「闘う力」を手に入れた! あと、ヒルダさんはアンゲリカに相当なコンプレックスを抱いてるみたい。そういう方向に話が行かないようにしないと。 ただでさえ悪い空気が、もっと悪くなるから。 ヒルダさんが息を吐く。 「今、ユミルの眼はアンゲリカのものになってしまった。おそらくアストリットの死とともに、分離させる魔術を研究していたのね。何にせよ、これで姉はユミルの心臓の封印を解くことが出来る。ただ、完全に心臓が動くまでには、まだ時間があるし、“右腕”がなければユミルの創世の力は完全なものにはならない。……すべては、あなたにかかってるの」 その言葉に、ものすごいプレッシャーがあたしの胸に押し寄せる。 「もう理解出来ると思うけど。ケテルからマルクトまでの流れ、これが生命の樹、そしてユミルはケテルの象徴なの。だからユミルを制御出来るということは、根源の情報とエネルギーの塊であるケテルにアクセス出来るということ。文字通り、世界を思うがままに改造し、支配出来るのよ? ユミル復活のために……自分たちの欲望のために、平気で多くの無辜(むこ)の人たちを殺す。こんな輩が世界支配の力を手にしたら、どんなことになるか、よく考えてみて?」
ヒルダさんの言葉が胸に染みこんでくる。 うん! どちらかの世界がどうの、とか、関係ない! 今は、ラグナロクを止めて世界を護る方が先だわ!
「あ、あ……の……」 あたしが決意を固めたとき、か細い声がした。そちらを見ると、椅子に座っていたアストリットが立ち上がっていた。そしてもじもじしながら、上目遣いであたしを見る。頬が少し紅くなってる。 「なに?」 あたしが聞くと、アストリットは地面を見て、そしてまた、上目遣いになる。 「あ、あの…………」 で、また地面を見て、もじもじ。
………………………………。 まあ、いいけど? 同性のあたしから見たら、ちょっとイラッとくるけど、男子から見たら、庇護欲求、そそるんだろうなあ。ヴィンフリート(真)は、ちょっと行き過ぎだと思うけど。 アストリットは、また上目遣いに、じゃなくて今度はきちんと顔を上げ、あたしを見て言った。 「ミカさん!」 結構大きな声に、あたしはちょっとビックリして応えた。 「はいっ!?」 「私のせいで怖い思いをさせてしまって、ごめんなさい! どんな言葉を使っても、謝れるものじゃない! それと、時々あなたが熟睡してたときに、ヒルダさんに無理を言って、あなたの思惑とは違う行動をとりました! 目の前で動き回って、驚かせたりもしました! でも、でも! お願いします! 私たちの世界を救ってください!」 そして、お辞儀する。 彼女の想いが痛いほど伝わってくる。この「私たちの世界を救ってください」の言葉には、当然、最終的に彼女たちの世界の方を存続させて欲しいという願いも込められているだろう。 だから、あたしは。
「ラグナロクは、必ず食い止めるから」
とだけ、答えた。
※今、「ピクシヴ」様で、お世話になっております。しょっちゅうではないけど。ただ、あちらは登録制のようなので「遊びに来てね♡」とは軽々しく申せません。 もし、これをお読みの方の中でピクシヴ様に登録済みの方がいらっしゃいましたら、「ジン 竜珠」をちょこっと、検索してみてくださると、嬉しいのです。 今は命や気力に余裕がないんですが、少し余裕が出来たらピクシヴ様でのオリジナル作品の展開も考えてたりそうでなかったり。
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