「なんでアストリットの魂に、ユミルの眼と右腕が紐付いてるの?」 ヒルダさんは少しだけ眉を動かし、鼻から息を漏らす。……なるほど、想定通りの質問って訳ね。 「さっき、あなたに見せたわよね、およそ百年前のこと」 「うん」 「ユミルの眼と右腕は、あたしの魂にくっついてた。でもそれは、あたしが命の命数を失うと解放状態になってしまう。言い換えれば、術書を手にし、その手の魔力を鍛えていて『イグドラシルの秘法』を実行出来れば、誰でもユミルの眼と右腕を手に入れられる状態になるわ。もちろん、その術式は暗号化された特殊なものだから、そう簡単にはいかないでしょうけど、絶対そうならないということも有り得ない。だからあたしは、術書を、あたしの“血”に連なる者のみが手に出来るよう、術を編んだの。そもそも『ユミル』は『イグドラシルの秘法』にも組み込まれていた力、秘法を記した術書を門外に出すわけにはいかないから」
世界樹イグドラシルが根を張る創世の巨人ユミルを復活させる魔術が、別の魔術書にあるのだが、『イグドラシルの秘法』を行った場合、ユミルの力を引き出すことも可能だというのだ。
『イグドラシルの秘法』を行うと、その巨人が持っている、まさに超人的な力を使うことが出来るようになるんだ。おそらくは、何度も死んでしまうのを防ぐため。
「ああ、そういうことだったんだ……」 ヒルダさんが頷く。 「ええ。今の所有者は、アストリット。でも、あなたと彼女は今、霊的に“近い”位置にいる。だからあなたにもユミルの力が少しは使えるけれど、それは本当に一パーセントあるかないか。それでもあなたは、よく使えているわ」 ヒルダさんの賛辞(?)に、一応お礼を言って少し考えてから、あたしは言った。 「ねえ、イグドラシルの秘法自体、成功率が低いのよね?」 「ええ。それがどうかした?」 「根本的なことを聞くんだけど。もし、アストリット以外の人でイグドラシルの秘法をかけられた人がいた場合、その人にもユミルの力が宿るのかな?」 あたしの脳裏には、ウンディーネがいる。 「今も言ったけれど、必ずそうなるわけではないわ。でも、確かに確率的にはあり得る。それが?」 「そうか……。じゃあ、他にユミルの力を持った人を殺したとしても、また甦ってしまうってコトか……」 「え? あなた、何を言っているの?」 怪訝そうな表情になったヒルダさんに、あたしはウンディーネのことを説明する。 「ああ、それなら大丈夫」と、ヒルダさんが幾分、柔らかい表情になる。 「現時点でイグドラシルの秘法が成功しているのは、アストリットだけよ」 その言葉に、あたしは「ウンディーネを倒しても、時が戻るのでは意味がない」という不安が消えて、ホッとしながらも疑問を口にする。 「じゃあ、なんでウンディーネはユミルの力が使えるんだろ? それに」 と、あたしはヒルダさんの説明で浮かんだ疑問を口にする。 「どうして、眼と右腕だけが、アストリットに受け継がれてるの?」 この言葉に、ヒルダさんは悔しげな表情になり、小さく「また、それを言わせるのね」と言ってから、説明してくれた。 「アンゲリカは、まさに天才。自分に付与されたユミルの力を、他者に貸与する術を編み出すぐらい、造作もないと思うわ。それにね? 『イグドラシルの秘法』だけじゃなく、『ユミル』の力だけを引き出す秘法もあるの。それを使ってアンゲリカは各地に封じられていた『ユミル』のパーツを集めていった。あたしはその秘法に割り込む術……元々はユミルを封印した呪法だったらしいけど、それを見つけて、アンゲリカから『ユミル』のパーツを奪っていったの。でも、あたしには一つずつしか奪えなかった。しかも時間が足りなくて、眼と右腕を奪うのが精一杯だったわ。……アンゲリカだったら、パーツごとなんかじゃなく、全身をまとめて一斉に奪えたんでしょうけどね。だから、他のパーツは今、アンゲリカの魂に紐付いている。ああ、ユミルの力そのものを引き出す呪法については、残さなかったわ。安全のためにね。……話、続けるわよ?」 「うん」 ヒルダさんは、不機嫌そうに話……本題を再開した。
いや、「不機嫌そう」じゃなくて、不機嫌そのものだわ、これ。 地雷だったんだねぇ、この話題……。
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