ヒルダさんが険しめの表情と厳しめの声で言った。 「そう。なんとなく感じたけど。なら、それを知ったあなたは、どうするつもりなのか。……聞いても無駄かしら?」 「そうね。それは愚問だわ」 なんてクールに言い放つ度胸なんか、さすがになくあたしはこう言うしかない。 「わからない」 「わからない?」 ヒルダさんが眉間にしわを寄せ、少しだけ首を傾げる。 「うん。確かにあたしは自分の世界を護りたいし、そうするべきなんだろうって思う。でも、そっちの世界にもあたしたちと何ら変わらない人たちがいて、生きてるんだって知っちゃった今、あたし、簡単に答が出せないでいるの」 「それでも、究極の場面では、あなたは自分の世界の方を選ぶわ、きっとね。……出来るなら、今ここであなたからスルトの剣を取り上げたいけれど、一度あちらの世界に行ってしまった今、あちらの世界の魔法公式が上書きされてしまって、あたしではどうにも出来ないの。それが悔しくてならないわ」 そう言って、ヒルダさんはあたしを睨む。まさに憎悪の籠もった目で。 あたしがちょっとひるんだとき、ヒルダさんがため息をついて言った。 「今は、そういう恨み言を言っているときじゃなかったわ。ねえ、あなた、死んだときに時々ここに来て、アストリットから彼女の仕草とか口ぶりとか観察してたの、覚えてる?」 え? ……全然、覚えてない。まあ、そりゃあそうか、別人が成り代わるんだもん、本人のことを知ってないとならないわよね。 「ごめん、全然、覚えてないわ」 「やっぱり。……異なる『次元』の存在だとイレギュラーばっかり起きてるわ。……じゃあ、まずあなたが成り代わることになった“きっかけ”から話すわね」 そう言うと、ヒルダさんは気持ちを切りかえるように深呼吸をする。それに合わせるように、ちょっと強めの風が吹いた。
「アストリットのお父上であるサー・ゴットフリートが行った『魂寄せの秘法』は、不完全なものだった。残された魔術書が写本だったから、おそらく筆記ミスがあったのね。その結果、本来ならば同じ次元の中で、しかも死者から選ばれるはずが、別の次元の生者が喚ばれることになってしまった」 筆記ミス。そんな基本的なイージーミスで、あたしはアストリットたちの世界に喚ばれたのか。なんか、抗議する気力も起きないわね。 「喚ばれる対象は、おそらく、何かをやり直したいと強く願っている人の中からランダムに選ばれたんだと思う。アストリットと同じ女性で、年齢の近い人の中から。『イグドラシルの秘法』は、基本的に『やり直す』魔術だから」 「あー……。うん、確かにそれ、あるわ、あたし……」 否定はしないわ。ただ、ランダムに選ばれたっていうのが納得いかないわね。 でも。
そのおかげで強い意志を持てたのかも知れない。
「サー・ゴットフリートは死ぬ瞬間だけ、魂寄せするように術を施したつもりだったらしいけど、それは無理。『魂寄せの秘法』の呪文のテキストには、魂を寄せた肉体が滅ぶまで、っていうマジックスペルが繰り返し、入ってるから」 「ふうん……って、ちょーっと待ってー!!」 アストリットが怯えたような表情で、ビクッと肩をふるわせる。 「なに、いきなり?」 さすが、ヒルダさんに驚いた様子はない。 「それって、つまりアストリットが生きてる限り、術は有効ってこと!?」 あたしが勢い込んで言うと、ふう、なんて困ったような顔でヒルダさんが答える。 「解呪は出来るわ。ただし、前提としてスルトの剣とイグドラシルの秘法を解呪してから、なんだけど。……これ説明するの、何度目かしらね」 ああ、そうか、あたしが何を言うかわかってるから驚かなかったのか。 「やっぱり、何にも覚えてないのね。……説明、続けるわよ? 魂寄せの秘法でアストリットの中にあなたが喚び寄せられた。でも、殺されてしまってはアストリットの寿命が削られるだけ。いずれ、彼女の命は削り切られ、甦ることはなくなり、本当の“死”を迎える」 その言葉に、アストリットが息を呑み、目を伏せる。あたしも、同じ心境だ。本当に死んじゃうなんて、想像も出来ないほど、恐ろしいことだ。 「そうなると、アストリットの魂に紐付けられたユミルの眼と右腕が、ラグナロク……アンゲリカのものになってしまう。それは防がないとならない。ユミルの眼がないからこそ、ユミルの心臓の位置が分からない。だから、ユミルは、まだ復活出来ない」 「ねえ、ヒルダさん、ちょっと質問、いいかな?」 「なに? 見当はつくけど、聞いてあげる」 ああ、見当つくんだ。っていうことは、何度か質問してるんだね。でも今のあたしに、その記憶はないもん、聞かないと。
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