あたしは、ヒルデガルトさんがどこかからか出した椅子に座る。 ヒルデガルト(本人が「ヒルダでいい」っていうんで、以降、ヒルダって呼ぶ)さんが、言った。 「そもそも、様々な魔術をもたらしたのは、あたしの姉、アンゲリカ・フォン・マイスナー。今、転生を遂げて、王妃グレートヒェンになってる。ここまでは、いい?」 「……はい? ゴメン、ちょっと前提が分からない。何がどうなってるの?」 ヒルダさんはアストリットと顔を見合わせ、肩をすくめてため息をつく。そして、言った。 「あなたとは、何度か“記憶”を共有出来るようにしたつもりだったけど、やっぱりうまくいかないわね。異なる“次元”の存在とは、うまくアクセス出来ないのかしら? まあ、いいわ。……それじゃあ、目を閉じてくれる?」 何が何だか分からないんで、あたしはヒルダさんが言うとおりにした。 ヒルダさんが小さく呪文を唱えているのが聞こえる中、閉じたあたしのまぶたの裏に、ぼんやりと光が浮かび、まるでスクリーンのようになった。そこに、いろいろな場面が、ときに無音で、ときに音入りで、映画のように展開されていく。 本当に映画のようで、なんだか現実感がないけど、これがヒルダさんの知識・記憶だっていうのは、はっきりと実感出来た。
スクリーンが消えて、まぶたの裏が暗くなった頃、ヒルダさんが言った。 「……どうかしら? おおよそのところ、わかってくれた?」 「ええ。とりあえず、だけど。でも、今見たことが本当なら、アンゲリカは転生してまで、実のお父さんと添い遂げたかった、ってこと?」 ヒルダさんが、首を横に振りかけて考える仕草をする。そして。 「そうね、それが第一の願いかも知れないけど。でも、もう一つの目的は、ユミルの力を使って、世界を自分たちの思うままに改造すること」 「はい? 世界を改造? それって、世界を征服するっていうことかな?」 あたしの言葉に、ヒルダさんは首を横に振る。 「いいえ、文字通り、改造。ユミルは世界創世の巨人、その力を使えば、本当に世界を改造出来るの。……そうね、専門的になるから、あなたには、誤解を怖れずに喩え話をするわ」 そう言って、ヒルダさんは空を見上げる。
「遙かな昔、世界はギンヌンガガプという、冥い奈落だけがあった。そこに、霜が生まれ、霜に炎が熱風を吹き付けて溶かし、溶けた霜から巨人ユミルが生まれた。ユミルの体から、オージン、ヴィリ、ヴェイの三兄弟が生まれ、三兄弟はユミルを殺して、その体から世界を作った」 「へえ、なんか、神話みたい」 「そうね。でも、あなたの“次元”での神話とは違うと思うわ」 「あたしの“次元”とは違う……。なるほど、そういうことなんだ」 あの本に書いてあった知識が、また別の角度から理解出来た。 あたしの呟きを聞いて、ヒルダさんが、すうぅって感じで目を細める。 ? なんだろ? 「話、続けるわね? 今の話は、魔術的には、こう解釈出来るの。……ユミルは、世界を成立させる根源。ユミルを制御出来れば、この世界の根源にアクセス出来る。それは物質的なものにとどまらず、霊的なものにも作用する」 あの本に書いてあったことを、頭の中で思い出しながら、今の話を当てはめる。 少しして、ヒルダさんが言った。 「あなた、もしかして、隠されし十一番目のゼフィラ・『ダァト』にアクセスしたのかな?」 「うん。いろいろと本にまとめてくれた人がいたの。ローラント、って人だけど」 「ローラント? ……そうか、アイヒェンドルフ公爵にいろいろと教えたのは、その人物ね? なら、気づいているんでしょ、こちらの世界と、そちらの世界との関係について?」 あたしは頷いて答えた。 「ええ。あたしの世界とそちらの世界、二つ同時には存在出来ない。存在出来るのは、どちらか一つだけ」 そう、あたしの世界とヒルダさんたちの世界は、平行世界とかじゃない。 もっとシビアな関係にあるんだ。
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