気がつくと、あたしは淡い緑色と青色がマーブル模様を描く、トンネルの中を飛んでいた。 んで、すっぱだか!
…………ま、いっか、あたしの他に誰もいないようだし。 ていうか、あたし、どこに向かってんだろ? 飛んでるの、あたしの意志じゃないのよね。まるでエスカレーターのように、自動的にどこかに運ばれてる感じ。 仕方ないので、あたしは周囲を見る。もしかして、初めてアストリットの“中”に呼び込まれたときも、あたし、ここを通ったのかな? 全然、覚えてないけど。 しばらく飛んでいると、一つのドアが見えてきた。色は目の覚めるようなブルー。どうやら、あのドアに向かってるみたい。 やがてドアの前まで来ると、移動は止まった。あたしは着地し(床みたいなものはないけどね)、ドアノブに手を掛けた。
ドアを開けると、白い部屋。そこに、小さめの茶色い丸テーブルが一つ。そのテーブルの上に、一冊の赤い本。女性週刊誌ぐらいの大きさと厚さがある。 あたしはその本の表紙を開く。 ……んあ、外国語……。何語かしら? 少なくとも、英語じゃないわ。 そんな風に思っていたら。 …………あ、日本語になった。どういうこと? えっと、これ、名前かしら? 「なになに……? この書を読む者へ。僕が知り得た知識を、ここに記す。ローラント・リッテンバウム。あ、この名前!」 あの夢に出てきたドイツの人の名前! っていうことは、あたしが知らないことも書いてあるかも!? あたしはページを開いて、読み進める。あたしが知らない言葉があったけど、その言葉に対する注意もあったんで、問題なく読み進めることが出来た。……全部じゃないけどね? 本には挿絵もたくさんあって、中にはちょっと理解に時間がかかるようなものもあったけど、どうにか最後まで読んで、あたしは理解した。 「まさか、そんなことって……。まさか、そんなことが……。そうか、だから、あのローラントって人、『この世界を託す』って言ってたんだ……」 あたしは本を閉じる。 そしてあたしの中に染みこんだ知識を反芻した。 あたしは目を閉じて、何度も深呼吸する。 決断しないとならない。 でも、簡単に決めていいことじゃない。
どのくらい悩んでたか分からないけど、やがて、あたしの体が浮き上がり、何かに引っ張られ始めた。 「そうか、ここで使える時間は、ここまでってことか」 あの時計が、今、あたしの時間を刻んでるんだ。 白い部屋がいつの間にか、青と緑のトンネルになる。またあたしの体が一方向に向かって、飛び始めた。
しばらく飛んでいると、前方に丸くて白い穴があるのに気がついた。あたし、あの穴に引き寄せられてるみたい。穴に近づくにつれ、飛行スピードが遅くなる。そして、穴の中に二人の人物が、向き合っていることに気がついた。二人は一メートルぐらい離れて座ってる。白いバックに黒いシルエットだけど、二人とも、女性っぽい。 あれ? この光景、なんか見たことが……。
あ! あのとき! あの朝、初めてサラマンダーに殺されて、ループする前に見た光景だわ! あのときは斜め上からの視点で、胡座かいて座ってるように思ったけど、違ったわ。椅子の座面の前側が広くなってる。斜め上からの影だけで見たら、胡座かいてるように見えたんだね。 座ってる女性の一人がこっちを向いた……ように頭を動かす。すると、あたしの体がその穴をくぐって、二人の間に立っていた。
今あたしがいるのは、青空のもと、静かに風がそよいでいる草原。あたしはマッパじゃなくて、薄手のワンピースみたいなヒラヒラの服を着てた。 二人の女性の片方は、すぐにわかった。 「あなた、アストリットね?」 毎日、鏡、見てたから、わかる。一人はあたしと一体になっていたアストリットだ。 アストリットが、もじもじしながら頷く。 で、もう一人は……。 「……誰?」 見た感じ、あたしより一回りぐらい年上かな? 女性が微笑み、立ち上がった。そして、あたしに一礼して言った。 「初めまして。あたしの名前は、ヒルデガルト・フォン・フォルバッハ。何度も会ってるんだけど、あなたが覚醒した意識を持って会うのは、これが初めて。だから、初めまして、かな?」 ヒルデガルトと名乗った女性が、なんか言ってるけど、何が何やら、さっぱりだわ。
ていうか。
なぁーんか、聞いた覚えがあるのよねえ、「ヒルデガルト」っていう名前。
どこで聞いたんだったっけ?
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