あたしは夢津美の家に行った。迷惑とは思ったけど、夢津美のお母さんに家に上げてもらって、夢津美の部屋の前に行く。 おばさん……夢津美のお母さんが言った。 「学校へ行かなくなってから、あんまり食べなくなって。随分と痩せちゃったの。家からも出たがらないし、だから病院にも連れて行けないし。うちの人とも相談して、入院させようかって。ねえ、あの子に何があったのか、未佳ちゃん知らないかな?」 そうか、夢津美、イジメのこと、話してないんだ。 そりゃあそうか、心配するもんね、親御さん。 ……ううん、おばさんのこの目、具体的には分からないだろうけど、おぼろげにも察してるっぽい。 あたしは、おばさんに言う。 「おばさん、夢津美ちゃんと、二人きりにしてもらえますか?」 「……いいけど、あの子、ドアを閉め切ってて。鍵、つけてないのに外から開けられないから、多分、何かで内側から押さえてるんだと思う」 「いいです、ドア越しで」 おばさんが頷いたんで、あたしは階段を上がって夢津美の部屋の前まで来た。
つい、この間まで遊びに来てたのに、今は、まるで別の場所に来たみたい。 見たことのないドア、壁。そっとドアに触れる。まるで氷の表面をなぞったかのように冷たい。 あたしはドアをノックする。 「夢津美、いるよね? 美佳だけど」 「…………」 息づかいのようなものは感じられるけど、声までは聞こえない。あたしは、ドアの前で座り込み、半ば独り言のように話し始めた。
ごめんね、夢津美。夢津美のこと、護ってあげないとならなかったよね? 言い訳になっちゃうけど、あたし、怖かったんだ。夢津美のことかばうと、あたしのことも無視されるんじゃないかって。 ほんとにごめんね。夢津美、辛かったよね?
あたしが今から話すこと、夢か何かだって思ってくれていいわ。なんなら、ゲームの話だって思ってくれていい。 「ループ」ってあるわよね、同じこと、何度も繰り返すやつ。あたしさ、今、それに巻き込まれてるの。 あ、今、笑ったでしょ? ……いいよ、笑っても。 それでね、あたし、そこで命を狙われてるの。実際、何度も死んで、生き返って。 最初は、何これ?イヤだ!、って思ったわ。でも、何度か繰り返してる今、思うと、ちゃんと意味があるんだなって。
最初はさ、あたし、死にたくない一心で自衛のことばかり考えてた。でも、いろいろと事情が分かって、何度も死んでは生き返って、なんてことをやってるうちに、生きなきゃ、生きてみんなのためになんとかしなきゃ、っていう気持ちになったの。
もちろん、これは死んでも生き返ることが出来るっていう、無敵な能力のおかげ。でも、その中で、ものすごく頑張ってる人たちに出会ったの。その子たち、多分、あたしと同じか、少し下なんだけど、ものすごい努力家で。その子たち、きっととっても強い信念を持ってて、周りの雑音を跳ね返しちゃうんだな、って思ったの。
……今のあたし、そこまで強くない。 でも、少なくとも、あの頃のあたしより強くなってるって思う。殺されるときの痛さに比べたら、少し引っぱたかれるぐらい、なんでもないわ。 だからさ! あたし、今度は夢津美のこと、護る! 何があっても、絶対に護るから!
あ、でも、そのループって、まだ終わってないんだ。きっと終わらせて戻ってくるから、それまで待ってて? だから、また一緒に学校に行こ?
じゃあ、また、来るから。
「それじゃあ、おばさん、こんな時間にすみませんでした」 おばさんに挨拶して、家を出ると、あたしは公園に向かう。 そして花壇の、あの時計があったところを見る。そのときだった。 「ん? メール?」 あたしのケータイがメールの着信をしらせてくる。開いてみると。 「!? 夢津美からだ!」 夢津美から、メールが来てる!
『ループの続き、楽しみにしてる』
絵文字も顔文字もない、素っ気ない文章だったけど、あたしには希望のメールだ! 「……よし! 西原さんに気持ちよくノートを返したいし、何より夢津美に、このループのラストを教えないと!」 あたしはスカートのポケットにスマホを戻し、両手で頬をピシャリと張った。 「お願い! あたしを、あの場所あの時間へ連れて行って! アストリットの時間、まだ残ってるでしょ? 残ってなかったら、あたしの時間、一ヶ月ぐらいだったら、あげるわ! だから……!」 あたしが言い終わる前に、花壇に金色の光が現れ、そこに懐中時計が現れた。両脇に閉じた翼がついてる、あの時計だ! 時計の文字盤が淡く光り、時計自体が空中に浮かび上がる。すると、長針が右回りに、短針が左回りに回り始めた。グルグルと何度か回った後、今度は長針が左回りに短針が右回りに回る。そしてまた逆転……。 そんな回転を何度か繰り返すうちにその速度が上がっていき、文字盤だけじゃなく時計そのものが光り始めた。 その光が強くなってあたしを包む。 また、あの世界に行く。 そんな自覚があたしの中に生まれた。
さあ、ここから始めるわよ!
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