グレートヒェン……否、アンゲリカは、ベッドの上で愛しい男の胸の中、目を覚ました。愛しき男、父レオポルトはもう既に目を覚ましている。 アンゲリカに気づくと。 「おはよう、アンゲリカ」 と、やさしい笑顔を向けてきた。 その笑顔で「レオポルトの再生」が夢でなかったことを改めて実感する。昨夜、迎えた愛の営みも夢ではなかったことも実感する。 いや、あの営みはまさに夢のひとときではあったのだが。 「おはようございます、お父様」 まだ半ば夢の中でまどろんでいたアンゲリカは、父の声に胸の中で切なく、また暖かな想いが膨らんでいくのを実感する。 再び父の胸に顔を埋め、しばし想いに心を遊ばせると、アンゲリカは言った。 「『ユミルの眼』が戻ってきたおかげで、『ユミルの心臓』の封印も解くことが出来ますわ。でも、心臓は衰弱していて、今、封印を解いても巨人の力の『真価』は発揮できない。多くの血を捧げねば……」 「そうか。適当な贄(にえ)がいるのか?」 「北方に、エリン島の争乱から逃げてきた者たちが、集落を築いております。まずはあの者たちの血を捧げては、いかがでしょう?」 「うむ。では、そのようにしよう」 父の言葉に頷くと、不意にアンゲリカの胸に影が差した。それが表情に出たらしい、レオポルトが聞いてきた。 「どうした、アンゲリカ? 何か不安な材料でもあるのか?」 「い、いえ、そういうわけでは……」 申し訳ない思いとともに、アンゲリカは言った。 「転生して数年後、四歳になるまでには、前世の記憶を取り戻しました。ですが、その知識を生かし、また魔術を行使するだけの魔力も道具も充分ではありませんでした。そのせいでお父様の再生が遅れ、お父様に捧げるべきだった私の大切なものも、国王を僭称するウスノロに奪われてしまった……」 哀しさと悔しさに、涙が頬を伝う。その涙を、レオポルトがぬぐってくれた。 「お父様……」 愛しい父の顔を見上げる。優しい笑顔でレオポルトが言った。 「気にすることはない。お前の嘆きは、俺もお前の『魂の中』で感じていた。それよりも、今ここに俺を呼び戻してくれたことの方が嬉しいぞ?」 「お父様……!」 胸の中にあふれてきた愛しさをぶつけるように、アンゲリカはレオポルトに口づけた。
…………。 「あれ?」 あたしは周囲を見渡す。 「ここって、公園?」 なんだろう、あたし、なんでこの公園にいるの? いやまあ、この公園は通学路沿いにあるから、ここにいてもおかしくないけど。 「ええ〜? ほんと、あたし、なんでここにいるの? さっきまで……」 …………。 「え、と? さっきまで、どこにいたんだっけ?」 なんだろ、さっきまでいた場所が思い出せない。記憶が混乱してる感じ。 「変だな、なんか中世ヨーロッパみたいなところにいたような気がしたけど……?」 あたしは右手の人差し指と中指を額に当てる。でも、わかるわけはない。 そのとき、左手にカバンを持って、学校の制服を着ていることに気がついた。 「ああ、そうか、学校からの帰りだったんだ」 まだ頭の中に霞がかかっている感じだけど、それでもおぼろげに思い出してきた。 そうよ、あたし、学校からの帰りだったわ。 スカートのポケットから、スマホを出して時間を確認する。 「あ、バッテリー切れてる。この公園、時計ないのよねえ」 辺りは、そろそろ夕焼けって感じ。あたしはなんとなく見回してて。 なんとなく公園出入り口の花壇を見た。 「……ああ、もうすぐ五時なんだ。なんか、学校からここまでの記憶がないのがちょっと気になるけど。まあ、そのうち、思い出すでしょ。それにしても、誰かの落とし物かなあ、この懐中時計? 交番に届けた方がいいのかな?」 そう呟いて、花壇に落ちている懐中時計に手を伸ばそうとして……。 「…………ッ!? んくっ……!?」 頭に電気が走ったような気がして、あたしは目を閉じ、よろめいた。 立ちくらみが襲ってきて、思わず膝をつく。でも、それはすぐに収まった。 「ハアハア。なんだったの、今の?」 まるで何も起こらなかったかのように、頭の痛みは消えてた。 とりあえず、さっきの懐中時計を拾わなきゃ、って思って花壇を見ると。 「あれ? 時計、なくなってる。おかしいな、確かにここにあったよね、懐中時計? ……え、ちょっと待って? なんで『懐中時計』って思ったの?」 あたしが見たのは、確か。 「文字盤の両脇に、まるで閉じられた鳥のような翼がついてた、ちょっと変わった時計。ほんとになんだったの?」 キツネにつままれたような感じのまま、あたしは立ち上がり、帰路を歩いた。
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