金持邸に到着し、エントランスのところで○暮警部と合流すると、警部が言った。 「わざわざ来てもらって、すまんな、毛○くん。被害者の書斎に君のところの封筒があったもので、少し事情が聞きたかったんだ」 「かまいませんよ、警部殿。で、奇妙な状況、ということですが、どういうことですか?」 「ああ。まず、金持氏の遺体が発見された状況なんだが……」 と、○暮警部が話したところによると、今朝、邸宅の裏手二百メートルのところにある大きな池のあたりを散歩していた人が、池の中で人の頭蓋骨らしいものを見つけた。その人が警察に連絡し、所轄署が捜索したところ、池から人間の上半身に当たる白骨が一揃い、見つかった。 そして、歯の治療痕から、金持さんだとわかったんだという。 現在、DNA鑑定を進めているそうだが、金持さんは昔、事故で左腕を骨折してボルトで固定しており、その白骨にもそのボルトがあることから、白骨は金持さんで間違いないだろうと、警察では見ているそうだ。
俺とおっちゃんは思わず、お互い、顔を見合わせた。そして、おっちゃんが警部に聞いた。 「あの、警部殿? 私、四日前に金持氏に会ってるんですが?」 ○暮警部が頷く。 「ああ。ここの通いのお手伝いさんや、同居の三人も、そう言っとる」 「そうですか。ですが警部殿、人間の死体が完全に白骨化するには、四日間というのはあまりにも短すぎ…………。あ、そうか、犯人は遺体を焼いたんだ!」 だが、それは高○刑事が否定した。 「いえ、ご遺骨に熱処理の痕跡はありませんでした」 「うーん」と、おっちゃんが難しい顔で唸る。 俺はつい、思ったことを口にしてしまった。 「確か、海外のマフィアなんかは、苛性ソーダいわゆる水酸化ナトリウムを使って、死体の処理をする。日本でも以前、水酸化ナトリウムを使って死体を溶かし、下水から流した、っていう……事件……が……」 ふと、俺はおっちゃん、○暮警部、高○刑事の視線が集まっていることに気づき。 「……て、新○兄ちゃんが言ってた!」 おっちゃんが呆れたように言った。 「ったく、あの探偵ボウズはロクなことを教えねえな、子どもに!」 なんとか、ごまかせたようだ。 あぶねえあぶねえ。
高○刑事が言う。 「薬品による溶解の痕跡も見つかってません。ただ、鑑識さんの話では長時間、池の水に浸かっていたため、汚染されてしまった可能性も考えられるとのことです」 そうか、でも苛性ソーダの線は薄そうだな。 「そうそう、毛○くん。君を呼んだのは、話が聞きたかったからだ」 「話?」 「うむ。君のところの封筒なんだが、中身は空でね。中身は、おそらくどこかにしまい込んだものと思われるが、探すよりも君に話を聞いた方が早いと思ったんだ」 「そうですか。いや、実は……」
おっちゃんが依頼されたのは、同居している三人の人物についての調査だった。
金持さんは、施設育ちで、肉親はいない。そして結婚もしていない。だが内縁の奥さんはいる。それも三人。そしてそれぞれの奥さんに一人ずつ、お子さんがいて、金持さんは、三人のうちの誰かに自分の事業を継いで欲しいと考えている。 そこで金持さんは五年ほど前から、その三人を自分の邸宅に住まわせて、その人間性を見ようとした。すると、この一年で三人の行動に不審なところが見られるようになった。 そこで、おっちゃんに詳しく調べて欲しい、ということだったのだが。
最初の内縁の奥さんとの子どもは、辺見天子(へんみ たかこ)さん(35)。彼女は夜遅く出かけては、帰るとお酒の匂いをさせるようになったという。調べた結果、ホストクラブ通いに、はまっていることがわかった。 二人目は葉枝天一(はえだ てんいち)さん(32)。彼も外泊することが増えたそうだが、調べた結果、複数の女性と交際し、その中の一人はマンションの家賃を肩代わりしているということがわかった。 三人目は川津天(かわづ たかし)さん(27)。彼は、フラリと旅行に出かけることが増えたという。調べてみると……。
いずれにせよ、この三人は大幅に出費が増えている。辺見さんや葉枝さんは、かなりの借金すら抱えている。 さっきも言ったけど、金持さんに肉親はいない。だからその遺産を相続するのは、この三人。つまり、三人とも金持さんを殺害する動機があることになる。
○暮警部が言った。 「なるほど。三人に動機があるとなると、三人の研究室に、金持氏の下半身がある可能性が高いな」 「研究室?」と、俺は聞いた。「研究室」というワードは、俺は知らない。おっちゃんなら、知ってるかも? 「ねえ、おじさん、研究室って?」 研究室のある棟(むね)に向かいながら、おっちゃんが答えた。 「三人はな、それぞれ研究テーマを持っててな。それが事業を継ぐ条件でもあったそうなんだが、こういう研究にも金はかかるからな。実績を出さねえと、金持氏からの援助の増額も望めねえし、相続も出来ねえ。実際、金持氏は、一度も研究費の増額をしたことはないそうだ」 「ふうん」 そうこうするうちに、研究室に着いた。
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