☆CAUSION!!
本稿には、グロテスクな表現がございます。 そういったものが苦手な方は、本稿をお読みにならないことをオススメします。
「これが報告書です」 ある休日、俺は、おっちゃんに付いて、郊外にある金持天蔵(かねもつ てんぞう)さん(67)の邸宅(というか大豪邸)に来ていた。金持さんはサプリメント事業で成功した人で、その総資産は、もともと持っていた土地も含めると数億円になるという。 おっちゃんから報告書の入った封筒を受け取ると、金持さんはやや困惑気味の複雑な笑みを浮かべる。 おっちゃんが説明するように言った。 「詳しくは報告書をごらんいただければ、と思うのですが、お三方それぞれが」 金持さんが難しい顔をして頷く。 「問題あり、ということですな?」 「ええ。ただし、これぐらいは許容範囲ではないかと……」 言いかけるオッちゃんを制し、金持さんが言った。 「いやあ、毛利先生にお願いしてよかった。有り難うございました」 笑顔でそう言うと、金持さんは俺たちにお茶を勧めた。 通いだというお手伝いさんが、お盆にコーヒー二つとジュースを載せてやって来た。 そして適当に世間話(ていうか、おっちゃんの自慢話)をして、俺たちは金持邸をあとにした。
四日後の土曜日。 午後、俺は、おっちゃんの事務所で本を読みながら時間を潰していた。 おっちゃんはおっちゃんで、テレビで競馬中継を見て大騒ぎしてる。どれだけツッコんだのかわからねえけど、大概にしとかねえと、蘭の雷が落ちるぞ? そう思っていたらデスクの上の電話が鳴った。 「もしもし、名探偵・毛○小五郎の事務所です。……ああ、警部殿」 相手は○暮警部のようだ。俺はそれとなく聞き耳を立てる。 「……金持氏のお宅に? ええ、伺いましたが? 四日ほど前だったでしょうか。それが何か? ……………………何ですって? 金持氏が殺されたぁ!?」 驚いたおっちゃんが立ち上がるのとほぼ同時に、俺は応接セットから下りてデスクに向かう。 「…………なるほど、私が金持邸を辞去した日の、その夜から行方が分からなくなっていた、と。捜索願は…………なるほど、出していたんですな? で、今朝、ご遺体が見つかった、と」 そして、かすかだが、電話口からの声が聞こえた。 『ああ。だが、それがちょっと奇妙な状況でな。今、高○を迎えにやらせとる。君にも来て欲しいんだが?』 「わっかりました、警部殿! この毛○小五郎、必ずやお役に立って見せます!」 おっちゃんが受話器を置くのと同時に、俺は聞いた。 「ねえ、おじさん、金持さんって、この前、おじさんが報告書を届けに行った人だよね? 殺されちゃったの?」 「ああ。詳しいことは向こうに着いてからだが、ちょっと妙な状況らしい。俺は、現場に行ってくる。ボウズは、留守番してるんだぞ!」 「あ、ちょっと待って、おじさん、僕も行く〜!」
迎えに来た高○刑事の車、その後部座席に乗り込むと。 「ああ!? ボウズ、留守番してろって!」 おっちゃんが言ってきたが、 「ええ〜、いいじゃない、連れてってよ、いいでしょう?」 助け船でもないだろうけど、高○刑事が「まあまあ、いいじゃないですか」と、苦笑交じりに言った。 「まったく、このボウズは」と、助手席のおっちゃんが不機嫌そうに言ったところで、車が発進した。
オマケのオマケの蛇足の事件・1
※変なところに挿入して申し訳ねっス。最後のコマに入れてもよかったけど、そのコマだけものすごく分量が多くなるので、こちらに挿入致しました。 さて、このエピソードですが、「名探偵コナン」テレビシリーズ第九〇〇話「密室の推理ショウ」がベース(?)になっています。あのエピソードでは犯人の犯行動機は、ある凶悪犯・宇津保隆が死んだことに対する、復讐でした。んで、この宇津保が何をやったか、というと……。 「凶悪犯」とあるだけで、何をやったかまでは描かれてないんですね。で、ネットで調べたら、どうも、このエピソードのみの(回想だけの)キャラらしい。なので、どんな事件を起こしたのか、想像してみました。 例によって穴があったりすると思いますが、ご容赦いただき、ご笑覧いただけましたら……。
事件名「二度も死んだ男!」・1
その日、俺と灰原は下校中に、同じく下校中だった蘭と同じ道で合流した。しかし、ここはまだ俺たちが合流する道じゃない。ていうか、帝丹高校からは自宅や駅前とも離れてる。 「ねえ、蘭姉ちゃん、こっちの道って通学路じゃないよね?」 俺が聞くと、蘭が頷いて言った。 「この間ね、朝美(あさみ)ちゃん……ほら、光彦くんのお姉さんの。彼女と商店街でバッタリ出会って。その時に、自然食品のお店を教えてもらったの。あの時はお夕飯の買い物で手がふさがってたからお買い物できなかったけど、ちょっと興味があるものがあって。コナンくん達も来る?」 今日は、元太・光彦・あゆみちゃんの三人はそれぞれ用事があって別行動、俺と灰原だけが本屋とかあちこちのお店を冷やかしてて、その帰りだ。 「僕は一緒に行ってもいいけど」 と言ってから、チラと灰原を見ると。 「あたしも興味があるわ、自然食品」 「そう。じゃあ、一緒に行きましょ」 と、蘭が笑顔で言った。
行った先は、商店街とは駅を挟んで正反対の住宅街だ。でも完全な住宅街じゃなくて、ところどころに商店がある。 そしてそこに目指す自然食品の店舗はあった。店舗名は「ナチュラリーせのお」。 店舗の向かって右側、そこが入り口になっててレジカウンターにもなってる。 「やあ、いらっしゃい」 カウンターに座っている男性が笑顔で会釈する。 「こんにちは」と、蘭も笑顔で会釈を返した。 この男性は、目が細めで、どことなく人が良さそうな印象がある。その男性が蘭を見て言った。 「ええと、君は朝美ちゃんのお友達で、名前は……」 と、男性が考える素振りを見せる。明らかに「思い出せない」様子だ。すると、店の奥からロングヘアーの女性が笑顔でやって来た。 「毛利蘭ちゃん、だったわよね?」 「そうそう! ごめんね、僕、人の名前を覚えるのが苦手で」 すると、その声に応えるようにもう一人、店の奥から人がやって来た。今度は笑顔の男性だ。体つきはカウンターの男性と変わらない。顔つきは目がパッチリとして、印象としては聡明そうな感じだった 「まあまあ。人には得手不得手があるから、気にすることないよ」 カウンターに座っているのが、岡崎弘(おかざき ひろむ)さんで三十一歳、もう一人の男性がここの店主さんで瀬尾修祐(せのお しゅうすけ)さんで三十一歳、女性は修祐さんの奥さんで瀬尾緋富(せのお ひとみ)さんで二十九歳ということだ。 「こんにちは。えーと、この間、来た時に見かけたんですけど、ちょっと珍しいドライフルーツ?みたいなものがありましたよね? 確か、お酒を飲む人にオススメ……みたいなポップがあったような……」 蘭の言葉に緋富さんが頷く。 「ああ、アプリコットのドライフルーツね? こっちよ。……アプリコットにはビタミンAやカリウムが含まれてて……」 蘭と緋富さんが店の奥に行くと、岡崎さんが修祐さんに話しかけた。 「なあ、修祐。結局、融資、断られたんだろ?」 「……ああ。でも、今日……ほら、昨日言ったろ、有能な経営コンサルタントの人が来るから、どうにかなるさ。それに、俺は一度死んでるんだ。死んだ人間は度胸が据わってるんだぜ? いざとなれば気合いで融資をもぎ取ってやるさ」 その会話が耳に入った俺は、つい口を挟んでしまった。 「え? 修祐さん、一度、死んだことがあるの?」 俺の質問に修祐さん、岡崎さんがこっちを見た。 修祐さんが笑顔で応えた。 「ああ。七年前になるかな、経営学の勉強でアメリカに行った時、俺、向こうでヒドい事故に遭ってね。手術中に、心臓が止まったらしいんだ。三分近く止まってて医者も焦ったらしい」 「仮死状態だったの? 三分ぐらい?」 俺が首を傾げると、灰原が言った。 「心停止から三分がリミットっていわれてるわ。それを超えると、たとえ蘇生しても脳が低酸素に陥ってて何らかの後遺障害が出る可能性が高いの」 さすが、灰原、医学知識のスキルは高いな。 そう思った時。 「ねえ、岡崎さん、アプリコットのドライフルーツを入れたケース、どこにしまってたかしら? 店頭にないの」 「ああ、それなら」 と、岡崎さんが立ち上がって店の奥に向かった。左脚を引きずってるな。脚が悪いのか?
二度も死んだ男!・2
それを見送って修祐さんが言った。 「弘とは、俺が入院してたアメリカの病院で知り合ってね。その時に意気投合して、俺は米花町、あいつは杯戸町から来たっていう縁もあって、帰国後に一緒にこの店を起ち上げたんだ。その時の店員募集で」 と、店の奥を見る。ちょうど岡崎さんが、つり棚の上にある箱を取って緋富さんに手渡しているところだった。 「緋富と知り合ってね。二年前に結婚したんだ」 なるほど、人の縁ていうものは、不思議なもんだな。 そう思っていると、修祐さんが顔を上げて「あの人は……」と呟いた。 そして「失礼します」と、男性の声がした。 第一印象で差別するわけじゃないけど、なんか、インテリをにじませたようなイヤミな声だ。見上げると、黒っぽい上下のスーツにグレイのベスト、白いシャツ、赤いネクタイ。髪はオールバックにして眼鏡をかけた男。なんか、イヤミっぽい笑みを浮かべてる。年齢は三十二、三歳といったところだろうか? ん? 上着のフラワーホールにあるのは? ……ああ、ラペルピンか。赤い貴石で作った五弁の花。よくあるデザインだな。 その男性が背広の内ポケットから名刺入れを出し、そこから出した名刺を出して修祐さんに差し出す。 「私、こういう者です」 名刺を受け取った修祐さんが笑顔になる。 「ああ、あなたが! こちらに向かってこられるのを見た時、ネットでお見受けした方だな、と。さあ、どうぞ、奥の方へ!」 修祐さんがその男性を案内するように、店舗の奥へ行く。 「緋富、ウツボさんがいらっしゃったから、奥の休憩室にいる」 「わかったわ」 緋富さんがそう答え、男性に会釈する。 岡崎さんが左脚を引き摺りながらカウンターに戻ってきた、その時、通りの向こうから一人の長身の女子がやってくるのが、目端に入った。なので向き直ると、白いセーラー服に、裾のところに赤いラインが一本入ったプリーツスカートを穿いたショートヘアの女子。帝丹中学、女子生徒の制服を着てる。ていうか、あれ、光彦の姉さんじゃねえか。 「あれ? コナンくん、面白いところで会ったね?」 そう言って笑顔になると、光彦の姉さん……朝美さんが小走りでこちらに来る。 「なになに、哀ちゃんと二人して自然食品、買いに来たの?」 「ううん、蘭姉ちゃんに連れられて」 俺がそう答えると朝美さんが嬉しそうに言った。 「そっかそっかあ! ……ねえ、岡崎さん、お客さん紹介したから、値引きしてくれない?」 「うちは、そういうサービスは、やってないよ」と、岡崎さんは苦笑いを浮かべる。 緋富さんが言った。 「岡崎さん、ウツボさんにお茶、出してくるから、しばらくお店、お願いね」 「わかった」 岡崎さんが答えると、朝美さんがちょっと小首を傾げて聞いた。 「ウツボ?」 「ああ。経営コンサルタントさん。半年前、駅向こうの通りに自然食品とか健康食品を扱う、割と大きなお店が出来ただろ? で、急にお客さんが減っちゃってね。店の開店資金の返済とか電気代とか仕入れとかここの固定資産税とか、結構、厳しくて。それで修祐がネットで『ウツボタカシ』っていう経営コンサルタントを見つけて、連絡取ったんだ」 「ふうん」と朝美さんは、言ってから、ちょっと考える素振りをして言った。 「もしかして、宇宙の『宇』に、津々浦々の『津』、保健体育の『保』に、こざとへんの『隆』っていう字を書く人?」 岡崎さんが少し驚いたような表情になる。 「うん。あれ? 朝美ちゃん、知ってるの?」 朝美さんが腕組みをする。 「うん、名前だけ。なんだっけかなあ〜、ネットサーフィンやってる時に、見たのよね〜その名前。……サギみたいな融資の手口教えてる、とかなんとか?」 「えっ!?」 岡崎さんがギョッとなると、朝美さんが、 「いやいや、ネットの噂だから! そんなの信じちゃダメだって!」 と、カバンを持っていない方の手をヒラヒラさせてケラケラ笑った。 直後、店の奥から商品を手にした蘭がやって来た。 「あら、朝美ちゃん」 「あ、蘭さん、こんにちは! さっそく来てくれたんですね」 二人が笑顔でやりとりをしている中、灰原が、やや声量を落として俺に言った。 「ちょっと調べてみるわ、『宇津保』って男」 「ああ、頼む」 もし詐欺同然の手口を指導するような経営コンサルタントなら、看過できねえからな。
二度も死んだ男!・3
翌日。 学校で昼休み、校庭の隅で俺と灰原は落ち合っていた。 灰原が校庭でドッジボールをやっている三年生を見ながら言った。 「昨日、チェックしてみたわ、あの宇津保隆って男」 「で、どうだった?」 「信頼の置けるサイトで、かなりヤバめの評価が出てたわ。提携の予定がない企業と、さも事業提携が決まっているかのような事業計画書を、銀行に提出させたりとか、割とすぐバレるような事をやらせたり。一部の企業には粉飾決算をやらせていたらしいとかで、警視庁の捜査2課が動いてるみたい。ああ、2課が動いてるっていう情報は、警視庁から直接、抜いた情報だから、確かよ」 いつものようにクールな表情で、事もなげに灰原は言い放つ。 「おいおい、オメーそれ犯罪だぞ……」 苦笑を浮かべるしかない俺の言葉に、 「これまでさんざん“そのテ”のことをやらせておいて、今さらよ、工藤くん?」 シニカルな笑みで灰原は答える。 「で? どうするの? 瀬尾さんに報せる?」 「ああ、その方がいいだろうな。でも、どうやって伝えるか」 「小学生のあなたやあたしじゃ、変に思われるだけね」 「だな。仕方ねえ、蘭に報せるよ、この“俺”の声で」 俺がそう言った時、予鈴が鳴った。そろそろ五時間目だ。
「ちくしょう、バッテリー切れかよ」 五時間目が終わって下校途中、蘭の携帯電話に“俺の声”でメッセージを残しとこうと思ったんだが、あいにく“俺”つまり工藤新一の方のケータイは、バッテリー切れだった。 「こうなりゃ、どこかの……駅前辺りの公衆電話で……。あれ?」 米花駅に向かって歩き出した時、俺は通りを歩く、あの宇津保隆を見かけた。行き先は。 「瀬尾さんの店じゃないな」 なんとなく気になって、俺は後をつけた。
そして着いたのは、あるマンションだ。今どきのオートロックがあるタイプのマンションじゃなく、古いタイプのマンションだ。俺は管理人の目から姿を隠しながら、宇津保の後を追う。 「エレベーターに乗ったな。止まる階は……。三階か」 俺はエントランスに戻って、郵便ボックスを見る。三階の住人の名前をチェックすると。 「303、瀬尾修祐。もしかして、瀬尾さんの部屋に行ったのか?」 俺はエレベーターに乗り込んで三階のボタンを押す。おそらく話し込むはずだから、今、エレベーターに乗っても宇津保と鉢合わせることはないはず。 思った通り、エレベーターのドアが開いても、誰とも顔を合わせることはなかった。 ドアが開くと、一メートルぐらい先に見えるのは、ガラス製のドア。左側に蝶番(ちょうつがい)があって、こちらからは押すように、反対からは引くようになってるタイプのドアだ。それを開けると、セメントの壁があって、左へ曲がる道がある。左へ曲がると、今度は右へ曲がる。すると、外の景色が見えた。左手に曲がる道が延びてて、それが廊下。そして左手に、それぞれの部屋が続いていた。 「さて、と。長話になるだろうから、ここにいても仕方ねえな。今日のところは帰るか」 どうやら本格的にコンサルティングの話を進めるつもりらしい。とりあえず、どう動くか、瀬尾さんからそれとなく話を聞いて、それとなく宇津保の事を伝えるか。 今日のところは、撤収することにした。
二度も死んだ男!・4
次の日の昼休み、蘭に電話をして瀬尾さんに注意を促すように伝えた。放課後(もちろん、帝丹高校の、だ)に折り返しの電話があって、瀬尾さんもおかしな噂はネットで目にしているという事だった。だが、店の定休日である昨日、自宅へ来てもらってじっくりとプランを聞いたらまともなもので問題ないと、修祐さんも緋富さんも笑顔だったという。 運動公園で元太達とサッカーをしている最中だった俺は、少し休憩してその連絡を取ってたんだ。 元太、光彦、あゆみがサッカーボールを追いかけているのを見ていると、灰原が俺の横に来た。 「いいの、宇津保って男のこと?」 「まあな。瀬尾さんが問題ないって言ったんなら、もう俺たちが口を挟むような事じゃねえよ」 「あら? 犯罪を未然に防ぐのも、探偵の仕事なんじゃないかしら?」 いつものようなシニカルな笑みの灰原に、俺はちょっと苦い顔で答える。 「だからといって、瀬尾さんに『事業計画書、見せて』なんて言えるわけねえだろ?」 「つまり、成り行きに任せるってことね?」 「しゃーねーよ。それに捜査2課が動いてるんなら、瀬尾さんが実害を被る前に、片がつくかも知れねえしな」 「どうかしらね? フィフティフィフティなんじゃないかしら?」 「……わぁーったよ、それとなく注意してみる。つっても、どうやって融資を受けるの?とか聞くぐらいしか出来ねーけどな」 現状、俺に出来るのはこのぐらいだ。残念だが「江戸川コナン」じゃ、出来ること、その限界のハードルが低すぎる。
忘れていたわけじゃないが、タイミングがうまく合わずそれから三日目の今日、俺と灰原は「ナチュラリーせのお」にやってきた。今日は土曜日だから、学校は休み、店が開く九時半に合わせて、来てみたんだ。すると。 店の入り口のところにあるレジカウンターで、緋富さんがなにやら沈んだ風にカウンターに両肘を突き、組んだ両手に額を乗せていた。 灰原と顔を見合わせてから俺は、 「どうしたの、緋富さん?」 と聞いた。 ゆっくりと顔を上げ、緋富さんが言った。 「ああ、コナンくんに哀ちゃん、いらっしゃい。……なんでもないのよ、ちょっと疲れ……」 言いかける緋富さんの言葉を遮るようなタイミングで、修祐さんの声が聞こえてきた。 「クソッ! やっぱり連絡が取れない!」 店の奥からケータイを手にした修祐さんが出てきた。 修祐さんは俺たちに気づいて、取り繕ったように笑顔になった。 「や、やあ、君たち、いらっしゃい」 灰原が、ちょっとジト目気味になって緋富さんを見た。 「何でもない風には見えないけど?」 緋富さんと修祐さんが、お互い、顔を見合わせてから、修祐さんが言った。 「君たちにこんな話をしてもわからないだろうけど。……宇津保さんのアドバイスで作った事業計画書のお陰で、銀行から融資を受けることが出来たんだ。異例の速さで入金もされて。でも、今朝、そのお金が店の金庫からごっそり、なくなってたんだよ! それに今日は弘が来てない。電話を架けても繋がらないし、アパートに行っても、いない。あいつが、金を持ち逃げしたんだ!」 「修祐さん、そうとは限らないわ」 「じゃあ、なんであいつと連絡取れないんだ!?」 「それは……」 激昂寸前の修祐さんと困惑気味の緋富さん。察するに、融資を受けられたのはいいが、そのお金がなくなってしまい、時を同じくして岡崎さんが姿を消した、だから岡崎さんがお金を持ち逃げしたんだろう、と二人は思っている、と。 修祐さんが、また作り笑いを浮かべて俺たちに言った。 「ごめんね、君たち、せっかく来てくれたんだけど、今日はもう、お店、閉めるから」 緋富さんも、すまなさそうに俺たちを見ていた。
その夜、一台の乗用車がガードフェンスのない断崖から、幅の狭い川原へ転落、炎上した……。
二度も死んだ男!・5
翌朝、午前七時。 およそ十五メートルほどの高さから転落して横転し、乗用車が炎上した現場には、警視庁捜査1課の刑事達が集まっていた。 目暮警部が一人の鑑識課員に聞く。 「で、どうだね、トメさん?」 トメさん、と呼ばれた、眼鏡をかけた壮年の鑑識が答える。 「詳しく調べてみないと断言できませんが、助手席や後部座席シートの燃え方が激しすぎますね。これ、多分、シートにガソリンが、かけてあったんじゃないでしょうか?」 目暮の表情に険しい“何か”が浮かぶ。 「それじゃあ……!」 「ええ。自殺か他殺かは判然としませんが、少なくとも事故ではありません」 「そうか……。で、被害者(ガイシャ)は?」 別の、若い鑑識課員が答えた。 「運転席の一名です。激しく燃えてて、性別・年齢等は解剖待ちになりますね」 「ふむ。所持品・歯形などから特定できそうかね?」 「所持品は延焼でほとんどが判別不能状態です。歯形なんですが、転落時、ハンドルに顔面を強打したのか、口の損傷が激しく、歯が散らばっています。また車体の一部が爆風で川にまで飛散していますので、もしかすると歯も川に飛ばされ、流された可能性もあります。そうなると、完全な復元は難しいか、と」 「そうか」 そう答えて、目暮は乗用車後部を見る。かろうじてナンバープレートは、何が書いてあるか、判読できた。 「高木くん、千葉くん、ナンバーから所有者を特定して連絡を取ってくれ」 「了解!」と、ナンバープレートの文字・数字をメモした高木・千葉の両刑事が頷いた。
午前十一時。 警視庁の応接室に、瀬尾緋富が来ていた。 目暮、高木の二人が応対している。 目暮が努めて平静な口調で言った。 「瀬尾さん、今朝方、根琴雅川(ねきんが・がわ)上流の川原に、乗用車が転落し、炎上しました。ナンバーからお宅のご主人、瀬尾修祐さんだという事がわかったのですが」 緋富が力ない表情で頷く。 「はい。昨夜(ゆうべ)から、主人の姿が見えません。車もなくて……」 「そうですか」と、沈痛な思いになりながら目暮は続けた。 「ご遺体は損傷が激しく、歯形等の照合が出来ません。ですので、ご主人の毛髪がついたヘアブラシか、普段使っていた歯ブラシなど、DNAが採取できるものを提出いただけますか?」 あらかじめ電話連絡で、そういったものを持参してもらうように伝えてある。ゆっくりと頷き、緋富がナイロン袋に入れたブラシをトートバッグから机の上に出す。その時、一通の封筒も出した。 「あの……。実は今朝、こんなものが……」 封筒の表にはボールペンのような筆跡で「遺書」と書いてある。 少しばかり重苦しい気分になりながら、目暮は言った。 「拝見しても?」 緋富が頷く。 封筒には便せん二枚にわたる自筆と思しき「遺書」が入っていた。大意は、思い出・妻の緋富に対する感謝と謝罪、そして優秀な経営コンサルタントのお陰で銀行から融資を受けることが出来たが、その融資金を持ち逃げされ、莫大な負債を返す“あて”がなくなり、絶望した、といったことだった。 ある種の「定型」であり、これまで目暮はこういう遺書・書き置きを、それこそ何千通も読んできた。そして、その都度、辛い気持ちとともに思うのだ。 他に途(みち)は、なかったのか、と。 もっと大きな声を上げられなかったのか、と。 こうなるぐらいなら、惨めな思いをしてでも頼れる相手はなかったのか、と。 そして結局、こういった人々を救う法制度が整っていないことにも思いを馳せるのだ。 緋富が力のない声で言った。 「うちは自然食品店をやっているんですが、開店時、相当、無理をしたみたいなんです。それで月々の返済が重荷になっていて、アチコチからも借り入れをしたりして、どうにかやってたんですけど……」 そこから先は嗚咽に消されてしまった。 目暮は、黙ったままナイロン袋を高木刑事に渡す。その時、緋富が言った。 「あの。主人は七年前にアメリカで交通事故に遭ってるそうなんです。その時に左脚を骨折して、ボルトを入れているそうで……。だから……」 「わかりました。調べてみましょう」 司法解剖はまだ終わっていない。もし焼死体にそのようなボルトが入っていれば、個人特定の大きな手がかりになる。 緋富が立ち上がり「お願いします」と力なく言って、一礼した。
二度も死んだ男!・6
月曜日の放課後。ニュースで瀬尾さんの自殺のことを知った俺と灰原は、お悔やみを言おうと「ナチュラリーせのお」へ向かった。だが、案の定、店にはシャッターが閉まっている。 仕方ないので帰ろうとしたら、店の裏手になる通りから、緋富さんが現れた。 「ああ、コナンくんに哀ちゃん」 緋富さんは、どこかやつれたように見える。 俺は、少しいたたまれない気持ちになったが、それでも言った。 「たいへんだったね、緋富さん」 「ええ、そうね。……ごめんなさいね、せっかく来てもらったのに」 俺は首を横に振る。 「ううん、気にしないで」 緋富さんが力の無い笑顔で言う。 「有り難う。このお店も、閉めることにしたの。せっかくコナンくんや蘭ちゃん達が来てくれるようになったのに」 こういう店を開いていると、お客さんとの出逢いは大切だろう。文字通り、一期一会の気持ちかも知れない。その中で常連が出来るのは、本当に宝物なんだろう。 そんなことを思いながら俺は言った。 「元気、出してね?」 「有り難う」 かわらず、力の無い笑みで言うと、緋富さんはそこから通りを挟んだ駐車場へと歩いて行った。 それを見送ると、灰原が言った。 「かなり疲れてるみたいね」 「ん? そりゃあ、あんなことがあれば気持ち的にも疲れるし、いろんな人との対応もあるだろうし」 「変なこと、考えてないといいけど」 「変なこと? ……お前、まさか緋富さんが修祐さんの後を追うとか考えてるんじゃ……」 「大事な人を亡くすと、そんな風に考えることもあるものよ、人って」 灰原はたった一人の身内である姉を亡くしている。だから、大事な人を亡くすということがどういうことか、よくわかってるんだと思う。 俺たちは、緋富さんが後追いをしないよう祈りながら、その場を後にした。
二度も死んだ男!・7
それから二週間ぐらい経った金曜日。 放課後、俺は一旦家に帰ってスケボーを抱え、一人で本屋を冷やかしていた。もちろん、スケボーは本屋と隣の建物の間にある路地に立てかけておいた。 適当に本の背表紙を眺めて回っていると。 「あれ? コナンくんじゃない?」 と、俺に声を掛ける女子がいた。その方を見ると、そこにいたのは制服姿の朝美さんだった。学校帰りみたいだ。 「光彦くんのお姉さん」 と俺が言うと、 「やだなあ、コナンくん、“朝美さん”でいいってば」 と、朝美さんはコロコロと笑った。 そして俺がいた書架を見る。 「ふうん、推理小説のコーナーか。コナンくん、推理小説が好きなんだ。でも、ここにある本って大人向けだから、漢字とかいっぱいだけど大丈夫?」 「え? あ、た……たまたま、ここにいただけだから。朝美さんはどんな本を買いに来たの?」 少し焦ってどもりながら俺は朝美さんに話題を振った。 「あたし? あたしは好きなマンガの最新刊が出たって聞いたから。……あ、そうだ、コナンくん。コナンくんって、少年探偵団のブレーンなんだって?」 「え? 誰が言ってるの、それ?」 「光っちゃん。あの子が言ってたよ、コナンくんは少年探偵団の頭脳だって。ああ、あとコナンくんといると、いろんな事件に出くわすから『歩く事件探知機』だとも言ってたかな?」 光彦のヤロウ、失礼なこと言いやがって、誰が「歩く事件探知機」だ? ……まあ、事件に出くわしてるのは事実だけど。 「それはおいといて!」 おいとくのかよ……。 「ねえ、コナンくん。緋富さんって、十日ぐらい前にご主人、亡くしたじゃない? それで、さっき、たまたま緋富さんを見かけたんだけど、どこで見かけたと思う?」 「え? わかんないけど?」 「それがね」と、朝美さんは背を屈めて俺と目線を合わせ、小声になった。 「ネイルサロンから出てくるところだったの!」 「え? ネイルサロン?」 俺も合わせて小声になる。 「うん。なんか、見ちゃいけない場面、見たような気持ちになっちゃって、あたし、物陰に隠れたんだけど、緋富さん、爪とか綺麗に磨いてラインストーンなんかも貼っちゃって! ねえ、どう思う? 修祐さんが亡くなってまだ四十九日も過ぎてないのに、ネイルサロンよ? なんで緋富さんがそんなことしたのか、君の推理、聞かせて?」 「え? そ……そんなこと、僕に聞かれても……。僕、小学生だし、男だし」 「あ〜、そーよねー。ゴメンね、コナンくん、変なこと聞いちゃって。じゃあね」 と、朝美さんはコミックのコーナーへ向かった。 その背を見送って、俺は思った。
確かにおかしい。人の気持ちはそれぞれだから、たとえ十日前に身内を亡くそうが三日前だろうが、オシャレをしたい人はいるだろう。でも、世間体というものもある。特に緋富さんは客商売をやっていたから、そういったことには敏感なはずだ。 「そんな人がネイルサロン……。なんか、気になるな」 気になった俺は、本屋を出てスケボーを手に緋富さんが住んでるマンションへ向かった。
スケボーに乗ってマンションに到着した頃、日は暮れていた。郵便受けを見ると、郵便物がたまっている。おそらくまだ帰ってきてない。 俺はエレベーターで三階まで上がり、そこから急いで非常階段側に回って身を隠した。 待つこと十分。 「帰ってきた」 エレベーターのある小部屋から、緋富さんが出てきた。俺は眼鏡を操作し、望遠モードで緋富さんの手指を見る。確かに爪は手入れされ、一枚一枚にラインストーンが貼り付けられている。もし修祐さん側の遺族が見たら、眉をひそめるだろう。 緋富さんはそのまま歩いて303号室の前まで行き……。 「ん? バッグからケータイを出したな。誰からだ?」 耳を澄ます。しかし、結構、距離があるのと俺がいるのが風上ということもあって、はっきりと聞き取れない。そうこうするうち、彼女は部屋の鍵を開け、室内に入ってしまった。 「チクショー。……まあ、いいか。事件てわけじゃねえし」 俺はそのままエレベーターに乗って一階まで降りた。そしてスケボーに乗って帰ろうとした時、何気なく振り返ると。 「あれ? 緋富さん、今、帰ってきたばかりなのに」 ちょうど緋富さんがエレベーターに向かって廊下を歩いているところだった。 ……………………。俺がここにいるの、なんでだ?、って思われるだろうな。なんか、顔を合わせるのが気まずい。 近くに児童公園があって、その前の遊歩道に自動販売機がある。俺はそこに身を隠してやり過ごすことにした。 緋富さんがこちらに歩いてくる足音がする。またケータイで話をしているらしい、具体的な内容は分からないが、彼女が誰かと会話しているらしい声が近づいてくる。そして。 「…………も、来るんですね? わかりました、仰るとおり、タクシーで向かいます。……はい、お待ちしてます、宇津保先生」 そして彼女は会話を終えた。 ていうか。
宇津保? 今、彼女、宇津保って言ったのか? なんでまだ関わってるんだ? 店舗はもう閉まってるぞ? それとも、コンサルタント料の支払いか? だったら電話で話すだけで事足りるだろ? 今の話、直接、会うような感じだった。なんで会う必要があるんだ?
なんだろう、どうにもモヤモヤして気持ちが悪い。もしかしたら緋富さんと宇津保が、顧客とコンサルタント以上の関係になっているのかも知れねえが、さっきの電話の感じ……特に彼女の声の様子から考えると、それは違うような気がする。 大したことじゃないのかも知れねえし、大したことじゃねえのならそれに越したことはない。彼女がバス通りに出てタクシーに乗ったのを確認して、俺はスケボーに乗った。 しかし……。 「え? もうバッテリー切れか!?」 日がすっかり落ちて辺りは暗くなり、家や建物の灯りが漏れてきて、十分も経った頃、スケボーの出力が落ちてきた。 博士に改造してもらって、日が落ちても三十分は走れるようになってるのに。そういえば、夕方、結構薄暗いところも走ったからな、充電が十分じゃなかったか? そしてどんどんタクシーから引き離され、やがてスケボーは止まってしまった。 「仕方ない。追跡は断念するしか……。さて、俺はタクシーでも拾って……あれ?」 緋富さんを追ってきて、知らない場所にきたと思っていたが、そこは角を曲がれば毛利探偵事務所と目と鼻の先だった。
二度も死んだ男!・8
土曜日、午前九時三十分。 どうにも前の日のことが気になって仕方がない俺は、緋富さんのマンションに向かった。……灰原も一緒に。 誘ったわけじゃない。向かう途中、たまたま出会って、話をしていたら「あたしも行くわ」となったのだ。灰原も俺が言った「ネイルサロン」っていうワードと「宇津保と話をしていた」っていうことが気になったようだ。 今日は正面から行って話をすることにした。どうせ、子どもの言う事だからな、「どうしてオシャレしてるの?」と直球を投げても問題には、ならねえだろう。そこから宇津保との繋がりを聞き出せれば。 エレベーターで三階に上がり、303号室の前に行く。そしてインターフォンを鳴らす。しかし、応答はない。何度か鳴らすものの、やはり応答がない。 「お留守なんじゃない?」 灰原が言う。 「ああ。そうかもな」 そう思って帰ろうとした時、何ということもなく俺はドアノブに手をやった。 「あれ?」 「どうしたの、工藤くん?」 「いや、これって」 俺はゆっくりとノブを回す。抵抗も苦もなく、ドアノブが回った。そしてゆっくりと引いた。 俺は「緋富さん、お早うございます」と、声を掛ける。しかし、応答はない。もう一度呼んでみたが、やはり返事はない。 俺と灰原は顔を見合わせ、靴を脱いで室内に入る。不用心だ。もし、まだ寝てるとかならいいが、何かの拍子で意識を失ってたらたいへんだ。 ここは一般的な2DKのようだな。奥の洋間のドアが開いているので、俺たちはそこへ行く。そこは寝室のようだ。それなら、と、もう一つの洋間へ行くと。 「! 工藤くん!」 「……ああ」 灰原の緊迫した声に、俺は続けて応えた。 そこはリビング。ちゃぶ台に突っ伏すようにして正座し、緋富さんがうつぶしている。ちゃぶ台の上には倒れたコップ、コップの口から広がった水、何かの粉薬が入った小瓶。そして、ペーパーウェイトで押さえられたA4の紙が数枚。 俺は緋富さんの頸動脈に指を当てる。 「……ダメだ、もう亡くなってる」 「工藤くん、これ、アコニチンよ」 灰原がビンのラベルを見て言った。 そして続ける。 「もしかしてその紙って」 俺はハンカチ越しにペーパーウェイトをどけて、紙を拾う。それはワープロ打ちの告白文。大雑把に言うと、こういう内容だった。
店を救うため、銀行から融資を受けたが、その金を持ち逃げされてしまった。追い詰められた自分は、夫の生命保険金に目をつけた。そこで自殺に見せかけて殺害。しかし、日を追うにつれ良心の呵責に囚われていき、死を持って償うことにした。
俺は告白文を元の通りに戻すと、灰原が警察に電話をしているのを聞きながら、改めて緋富さんを見た。ちゃぶ台の上に乗った左手は軽く握り込んでいる。同じくちゃぶ台の上にある右手は開いてて……。 「ン? 右手の親指の付け根、横一文字に怪我してるな? 長さは二センチちょっと、切り傷か?」 電話を終えた灰原に俺は言った。 「これは自殺じゃない、殺人だ」 「なぜ、そう思うの?」 「昨日の彼女の様子、とても自殺するような感じじゃなかった」 「そう。あたしも自殺じゃないと思うわ」 まだ俺の“ターン”だと思ったんだが、そこに灰原が割り込んできた。 「なんでそう思うんだ?」 「服が雑。しわが寄ってるし、それにお化粧が崩れてる。誰が発見するか分からないのに、こんな状態で最期を迎えたくはないわね。もっと身だしなみをきちんとするものよ、女って」 「そういうもんかねえ。まあ、参考にしとくよ。で、だ。彼女が自殺じゃないっていう根拠は、まだある。出入り口が施錠されてなかった。これじゃあ誰かが不用意に入ってきて、自殺を邪魔される怖れがある。それに」 と俺は床を見る。彼女のバッグが放られ、その口が開いて中身が少しこぼれていた。 「多分、このバッグ、誰かが中身を漁ったんだ。彼女を自殺に見せかけた、何者かが、な」
二度も死んだ男!・9
目暮警部達が到着したんで、俺は、あらましを話す。 「ふぅむ、なるほど」と手袋をした右手を顎に当てて唸ると、目暮警部は言った。 「千葉くん、至急、宇津保隆という経営コンサルタントに連絡を取ってくれ」 「わかりました」 と、千葉刑事が部屋の外に出て行く。 「ねえ、目暮警部」 俺は、警部を見上げる。 「ん? なんだね、コナンくん?」 俺は緋富さんを見て言う。 「緋富さん、本当に自殺かなあ?」 「どういうことだね?」 灰原がいつものようにクールに言う。 「女だったら、自殺する時に少しは身だしなみに注意するものよ」 俺がその後を続ける。 「それに緋富さんのバッグ、誰かが漁ったみたい」 「ふむ、でも、この現場、被害者はアコニチンを飲んで自殺したようだが? アコニチンは刺激物だから、他人に飲まされれば、すぐにわかる。自分から飲んだと考えるのが普通だ。実際、ここで苦しみもがいて、水の入ったコップを倒した形跡がある。それに遺書代わりの告白文もある」 「でも、自殺する人がドアの鍵を開けたままにするかなあ?」 そう言った時。 「くぉうら、ボウズ!」 と、怒声とともに(自称)名探偵・毛利小五郎のおっちゃんがやってきた。 「ったく、お前は、警部殿に迷惑を掛けるんじゃない!」 と、まるで捨て猫を拾い上げるように俺の襟首を持って吊り上げると、俺を部屋の隅へ放った。 後ろ足でステップを踏むように床に着地した俺をかばうように、目暮警部が言う。 「毛利くん、コナンくん達は第一発見者なんだ。それに有益な情報も提供してくれとる」 「え? そうなんですか? 私はまた、警察から連絡が来たので、てっきり現場を荒らしたものと」 おっちゃんが、きょとんとなる。 余計なお世話だ。 その時、高木刑事と、もう二人、刑事が戻ってきた。 「周辺の聞き込みを行いましたが、被害者が外出したのは昨日の午後六時十分頃、コナンくんの言った通り、ここから百メートルほど西に行ったところのバス通りで、タクシーを拾ったようです。現在、そのタクシーについて、各タクシー会社に当たっているところです」 その後を別の刑事が答える。 「いつ、被害者が部屋に戻ったかについてですが、夜間の管理人によると、少なくとも正面のエントランスは通っていないという事です。ただ、このマンションは非常階段を使えば正面エントランスを通らずとも、各部屋に行ける、とのことです」 そしてもう一人の刑事。 「防犯カメラについては設置されていないということでした。以前、設置するかについてマンションの管理会社、管理組合を交えて話し合いがもたれたそうですが、プライバシーなどの問題から、結局、設置は見送られたとのことです」 「そうか、帰ったところを管理人は見とらんのか。それに防犯カメラはない。とすると、コナンくんや哀くんの言う通り、自殺とは考えにくいな。じゃあ、どうやって犯人はアコニチンを飲ませたんだ?」 と、目暮警部が眉間にしわを寄せる。防犯カメラの映像が残っていれば、犯人が一発で分かったのにな。目暮警部の心中がよく分かるぜ。 鑑識の一人が目暮警部に言った。 「死後硬直の度合いから判断して、死亡推定時刻は昨夜十九時から二十一時、正確には解剖してみないとわかりませんが」 俺は、そっと、ちゃぶ台を回り込み、眼鏡をかけた壮年の鑑識課員に聞いた。 「ねえ、トメさん、この被害者、左手を握り込んでたけど、もしかして何かを手の中に入れてたとか」 「ん? 鋭いね、坊や。こんな物を持ってたんだ」 と、トメさんが証拠保管袋を見せてくれた。トメさんは俺が子どもだからと、邪険に扱ったりしないからな、人間が出来てるよ。 それはともかく。 ……これは! 「ねえ、これって、もしかしてラペルピンじゃない?」と、俺が聞くと。 「お? 坊や、よく知ってるね。そう、多分、これはラペルピンだ」 赤い貴石で出来た五弁の花。このラペルピンは宇津保がスーツの襟につけていたものと同じだ。ただ、残念なことに、これはよくあるデザインで、相当な数が出回ってる。だからこれをもって、宇津保が犯人だとはいえない。クソッ、もっと確実な証拠はないか? 「あれ? トメさん、こっちの袋に入ってる黒っぽい糸みたいなモノは?」 「ああ、ちゃぶ台の下の方に引っかかっていた繊維だよ」 「ふうん」 俺は緋富さんのご遺体を改めて観察する。その時。 「あれ? これって……」 と、俺はあることに気づいた。そしてちゃぶ台の上にある証拠保管袋を見る。……ない。なので、俺は辺りを見回した。 「……やっぱり“アレ”がない。ひょっとして」 もっとも、確実なモノじゃない。運が良ければ証拠になる、その程度のモノだ。しかし、うまくいけば……!
二度も死んだ男!・10
緋富さんのご遺体を移動させて、しばらくして千葉刑事が帰ってきた、スーツ姿の宇津保隆を伴って。 「どうも、宇津保と申します。着替えをしていたので時間が掛かってしまいました。失礼」 なんか、イヤミな笑みを浮かべてやがる。余裕がありやがるな。それがかえってあやしさをにじませる。 「コイツが犯人だな」 俺がボソッと呟くと、それを聞いていた灰原が頷いて応えた。 「そうね。普通、こんな事件現場に呼ばれてあんな笑いを貼り付けてるなんて、まるで、自分は犯人じゃありません、っていう自信がついつい顔に出ちゃったって感じだもの」 その通りだ。普通はどこか不安げな顔になるもの。その辺り、コイツは三流も三流、ド三流の犯罪者だ。 目暮警部が宇津保に簡単な聴取を始めた。 「宇津保隆さん、あなた、昨夜の七時から九時頃、どちらにいらっしゃいましたか?」 「その時間でしたら、根琴雅川下流のキャンプ場にいましたよ。月に一度、あのキャンプ場で一人、リフレッシュするのが、私のルーティーンなんです。昨日もキャンプ場で過ごしていましたよ。管理事務所に確認してもらえたらわかります。ただ、急に呼び出されましたのでね、向こうの後片付けもそこそこに、着替えて駆けつけたんです」 なんだ? わざわざスーツに着替えたのか? 変なヤツだな。 「あら? あなた、もしかしてスーツ姿でキャンプしてたの?」 灰原が俺の気持ちを代弁してくれた。 宇津保が答える。 「ハッハッハ。そんなわけはないよ、お嬢ちゃん。ちゃんとスウェットを着ていたさ。ただ、こういう場ではきちんとした方がいいと思ってね。スーツを持ち歩くのは、いつクライアントに呼び出されてもいいようにっていう、まあ、職業病のようなものさ」 灰原がシニカルな笑みを浮かべる。 「あらそう? てっきり、キャンプの時に着ていた服には、何か変な痕跡でも残っちゃったから、着替えて来たのかと思ったわ」 宇津保が一瞬、眉間にしわを寄せる。ナイスだ、灰原! しかし、目暮警部を始めとする面々は、今のやりとりに注意を払っていなかったらしい。。 「千葉くん」と、目暮警部が確認の指示を出していた。そして、聴取を続けた。 「宇津保さん、この部屋の住人、瀬尾緋富さんが何者かに殺害されましてね」 「瀬尾さん? ああ、少し前、私がコンサルティングした方ですね。その方が殺害された、と。それが私と、なんの関係が?」 「昨日(さくじつ)、瀬尾緋富さんがあなたと連絡を取り合っていたところを、聞いていた人がいるんです」 その言葉に、わずかに宇津保の表情が歪む。だが。 「同姓同名の人なのでは?」 「今、瀬尾緋富さんの交友関係についても調べていますが、緋富さんは『宇津保先生』と、相手を呼んだそうですよ?」 宇津保は変わらずイヤミな笑みを浮かべていたが、まるで「やれやれ」とでも言いたげにため息交じりに首を横に振ると、こう言った。 「刑事さん、なぜ私がその瀬尾さんという方を殺さなければならないんですか?」 「ム、そ、それは……」 そうか、動機だ。コイツには、緋富さんを殺害する動機がない。目暮警部も、そのところで詰まってしまった。 その時、千葉刑事が戻ってきた。 「目暮警部、確かに昨夜、宇津保氏はキャンプ場を予約し、さらに簡易調理小屋の鍵も借り出したそうです」 「それは本人かね?」 「常連なので、管理事務所の事務員とは顔なじみなんだそうです」 目暮警部は唸って帽子に手をやる。それを見て、宇津保がニヤリとして言う。 「よろしいですかね? こう見えて、私、結構、忙しい身なんです」 いや、コイツが犯人に間違いない。直近に被害者と会っていた可能性がある以上、警察には任意同行する権限がある。 「すみませんが、まだあなたには、お話を伺わねばなりません。ご同行いただけますかな?」 よし、これで時間が稼げた。そう思っていると。 「わかりましたよ、警部殿!」 と、おっちゃんが言った。 「おお、毛利くん、何がわかったのかね!?」 おっちゃんは今の間に鑑識の人に話を聞いていたらしい。 「こいつは、アコニチンをカプセルに入れて被害者に飲ませたんです! 被害者は、毒物と知らずに飲まされ、殺されたんです!」 宇津保が片方の眉を“くい”と上げて言った。 「確か、毒物をカプセルに入れて飲ませると、カプセルの残骸が残って、解剖の時にわかるんじゃありませんか? ねえ、刑事さん?」 目暮警部が頷く。やけに詳しいな、コイツ。ますます疑わしいぜ。 宇津保が、おっちゃんを見る。 「というか、瀬尾さんは毒殺されたんですか?」 今さらだぜ、「厚顔無恥」という言葉はコイツのためにあるんじゃないか? 「目暮警部」 と、トメさんが証拠保管袋を目暮警部に渡す。例のラペルピンが入った袋だ。 「ほう……。宇津保さん、これ、あなたのものじゃありませんか?」 「さあ? 知りませんな」 言うと思ったぜ。目暮警部も、これを見せて相手の表情を探ろうと思ってたみたいだが、宇津保のヤロウ、表情が全く動かねえ。三流なりに筋金が入ってやがる。それに見たところ、あのスーツのフラワーホール、ラペルピンを引きちぎった形跡がない。今の状況じゃ、持っている服を差し押さえるなんて事、出来ねえし、すでにそのスーツは処分されちまっている可能性もある。 別の鑑識が目暮警部に耳打ちする。かすかな声だが、俺には聞こえた。 「警部、宇津保氏の指紋採取を」 頷いた目暮警部が宇津保に協力者指紋の提出を依頼すると、宇津保は“快諾”した。つまり、自分の指紋はここに残してないっていう自信があるわけだ。どうやら、これは相当な強敵だぞ? ということは、ここじゃなく、もう一つの現場、キャンプ場に何かが……そう、俺が見つけた“運が良ければ証拠になる”モノがあるかも知れない。
二度も死んだ男!・11
俺は“小学生モード”になって宇津保に言った。 「おじさん、キャンプしてたの?」 「ああ、そうだよ、坊や」 「わあ、いいなあ。ねえ、僕もそこに行きたい」 「え?」 宇津保が真顔になった。だが、すぐに例の笑いを顔に貼り付けて言った。 「そ、そうだね。今度、連れて行って上げよう」 「え〜? 今すぐがいい!」 困惑した宇津保の表情を見て俺は確信した。どうやら、急に警察に呼び出されたんで、向こうの“掃除”が出来てないようだ。 毛利のおっちゃんが俺のそばに来て、俺の襟首を掴んで吊り上げた。 「駄々をこねるんじゃねえぞ、ボウズ! いい加減にしろ!」 呆れたように言ったおっちゃんだったが、目暮警部が言う。 「そうですな、我々もそちらへ行って確認させていただけますか?」 この場の責任者が言うのであれば、宇津保に拒否権はない。むしろ、拒否すれば疑いを誘うだけだ。 かくして、俺と灰原、毛利のおっちゃんも目暮警部に同行させてもらった。
そのキャンプ場に着いてみると、結構“穴”があった。ゲートらしいものはあるがチェックするわけではなく、管理事務所は駐車場にある。だから誰かがそこで、簡易調理小屋の鍵を借りてる間に、車から出てキャンプ用地へ行くことだって出来る。 管理事務所で宇津保が借りたという、簡易調理小屋の鍵を借り、そこへ向かう。河川敷にはいくつかの簡易調理小屋があるが、みな独特の形をしてた。正八角形だ。ひょっとして風水とかを取り入れてるのか? 「今日の午前十時まで借りてまして。急に警察呼ばれたので、まだ中の掃除とか、出来ていないんですよ。だから散らかってますが」 と、宇津保が小屋の前に立つ。 俺は“小学一年生モード”になって、小屋の周囲を小走りになって回った。 「わぁーい、不思議な形してるねー?」 もちろん、周囲を確認しながらだ。……よし、外側には何もなし、と。すると、運が良ければ中に……。
!? え? これって!?
一周回って入り口ドアの前に来た時、俺は“あるモノ”を見つけた。 何だ? なんでこんなところに、こんなものがあるんだ? しかもドアノブの円周をなぞるように。 俺はその“あるモノ”の周囲に指を走らせる。 ! これは! 俺は、その“あるモノ”がある、ドアノブと、その下にある鍵穴を見る。そして、どういう状況だったのかを脳内でシミュレートして……。 「そうか、だから、緋富さんの指に……」 ある推理が俺の中で組み上がる。とすると、もしかしたら。 「なあ、灰原。ちょっと聞きてぇんだが……」 俺は“ある推測”を灰原に尋ねた。 灰原がクールに答える。 「ええ、そうよ。アコニチンには、そういう性質があるわ」 「なるほど」 決定打とはいえねえが、宇津保を揺さぶる材料にはなる。となると、あとは。
「眠りの小五郎」の出番だ。
二度も死んだ男!・12
目暮警部が宇津保に言う。 「では、宇津保さん、小屋の中を確認させていただけますかな?」 「え、ええ。構いませんよ」 「その前に、よろしいでしょうか、警部殿?」 一同が積み上げた薪の上に座ったおっちゃんを見る。麻酔銃で眠らせた、「眠りの小五郎」を。 俺は積み上げた薪の蔭に隠れ、同時に様子を確認しながら蝶ネクタイ型変声機を通して話を続けた。 「率直に申し上げます。宇津保さん、瀬尾緋富さんが、ここに来ましたね?」 「はあ? 何を言っているのか、わかりませんね。私、言いましたよね、ここには私一人でいた、と。……もっとも、瀬尾さんが他のスペースでキャンプをしていたかも知れませんが」 宇津保の余裕の声がする。その余裕も、あとどのくらい持つか。 「いえ、緋富さんは、あなたの簡易調理小屋にやって来たんです。……あなたに殺されるために。そう、この小屋こそが緋富さんが亡くなった現場だったんですよ!」 鼻で嗤うような息を漏らして宇津保が言う。 「フン、面白いことを仰る。これが名探偵の実力ですか、失望しましたよ。瀬尾さんがここに来たという証拠でもあるんですか? 誰かが見ていたんですか?」 それには、目暮刑事が答えた。 「今、部下の刑事が聞き込んできた。確かに瀬尾さんを見かけた人はいない。しかし、このような場所では、誰にも見られず、ここに来ることも可能なようですが?」 「フン」と、宇津保が鼻で嗤って言った。 「とにかく、昨夜は私一人で過ごしていたんです」 俺はひき続き、毛利のおっちゃんの声で言う 「では、瀬尾緋富さんは、ここには来ていない、と?」 「クドいですよ、“迷”探偵!?」 こちらを挑発しているのかバカにしているのか、宇津保が少し強い語調になった。 俺は言った。 「コナン!」 「はーい!」 と、俺は自分で自分を呼び、手を上げて薪の蔭から姿を現し、小屋のドアの前まで行く。そして。 「あれれー? ドアノブの外側にグルリって感じで細くて赤いモノがついてるよ? これって血かなぁ?」 辺りの空気に衝撃が走るのが感じられた。チラと横目で見ると、宇津保の表情が凍っていた。 俺はひき続き、ドアノブに触る。 「あれぇ? これ、なんだろう? ドアノブの周りに砂が一杯ついてる。でも、どうして? あ、まるで粘着テープを剥がしたような跡があるよ?」 そこまで言って、俺はまた薪の蔭に身を潜める。 「警部殿、緋富さんの右手親指の付け根に切り傷があったのを、覚えていますか?」 「ああ。それがどうかしたかね?」 「宇津保さん、あなた、何か理由をつけてドアの鍵を緋富さんに開けさせたのではありませんか? そして鍵を開けた緋富さんは、右手でノブを掴み、回した。しかし、ノブには前もって粘着テープでカミソリの刃が、グルリと仕込んであった。粘着テープの表側のせいで手が滑り、緋富さんは仕込まれたカミソリで、右手親指の付け根を切ってしまったんです」 目暮警部達が宇津保を見る。宇津保の顔から笑みが消えていた。俺は続ける。 「当然の反応として緋富さんは手を引っ込めたでしょう。それと同時に、あなたは彼女に近づき、こう言ったんです。『ちょうど絆創膏を持っていますから、貼って上げましょう』と」 みんな、俺の話を黙って聞いている。 「あなたはドアを背にして、緋富さんの傷口に絆創膏を貼った。しかし、その絆創膏にはあるモノが塗ってあったんです。そう、高濃度のアコニチンが!」 宇津保が大きく、息を引く。 「どういうことなんだ、毛利くん?」 「警部殿、アコニチンは経皮毒の一つ。つまり、皮膚からも吸収されるのですよ。ましてや彼女の皮膚には、出血を伴う傷があった。吸収の効率はさぞ、よかったでしょうね」 「なるほど」 と、目暮警部が宇津保を見る。宇津保は無表情だ。 「あなたはカミソリに気をつけながら、ドアを開け、緋富さんを小屋の中に招き入れた。そして、そのあと、緋富さんは手料理を作り始めたんです」 目暮警部が聞いてきた。 「手料理? なんでわざわざ、そんな事をしなければならんのかね?」 「もちろん、二週間ぶりに手料理を振る舞うためですよ、瀬尾修祐さんにね」 「はあ? 何を言っとるのかね、毛利くん。瀬尾修祐氏は二週間も前に死んでるんだよ?」 「警部殿、緋富さんはネイルサロンで爪を磨き、ラインストーンを貼り付けているのです。そうだな、コナン」 俺はまた薪の影から出て答える。 「うん!」 そしてまた薪の影に隠れる。 灰原がボソリと「忙しいことだわね」と呟くのを苦い思いで聞きながら、俺は話を再開する。 「ですが、彼女のご遺体の爪には、ラインストーンは一つもなく、現場にも落ちていなかった。そうですよね、警部殿?」 「た、確かに……」 警部が、俺の言葉に傾いていくように応える。 「せっかく貼り付けたラインストーンを剥がすとすれば、それは念入りに、いや、心を込めて料理を作る時、そんな時ぐらいでしょう」 誰も反論しない。俺は反論が出ないうちに話した。 「順序立ててお話ししましょう。まず、瀬尾さんの自然食品店が経営難に陥った。そこで宇津保さんのアドバイスに従って事業計画を作り、銀行から融資を得ることが出来た。しかし、その融資金を仕事仲間に持ち逃げされてしまった。そこで絶望した修祐さんが自動車で崖から転落し、自殺した。だが、修祐さんの自殺は保険金詐取を狙った緋富さんによるもの。その緋富さんも、自分のしたことを悔やみ、アコニチンを服用して自殺した。 こういうことでよろしいですね、警部殿?」 「うむ。捜査本部ではそのような方向で事件を捉えるだろう」 「では。まず、融資金を持ち逃げしたという、仕事仲間……岡崎さんは、本当に“逃走”したのでしょうか?」 「どういうことかね、毛利くん?」 「彼は修祐さんの身代わりで殺害されたのではないか、そういうことですよ」 「なんだって!?」 目暮警部の声が驚きで大きくなる。 「私は修祐さんがお亡くなりになった状況を詳しくは知りません。なので確認なのですが。もしかしたら、ご遺体からは睡眠薬が検出されたのではありませんか?」 「ご遺体はかなりの高温で焼損していたが、かろうじて抽出できた血中から、睡眠薬が検出されている。なので、焼死の恐怖を少しでも和らげるため、睡眠薬で意識をもうろうとさせた、捜査本部ではそう結論づけた」 「それから、コナンの話では岡崎さんは左脚が不自由だったとか。ご遺体に、そのような形跡は?」 「ご遺体の左脚には、骨を固定するためのボルトがあった。だが、修祐氏もアメリカで事故に遭い、ボルトを入れた、と」 「それは緋富さんの申告のみ、ですか?」 「……確かに、わざわざアメリカの病院を調べ、照会することはしなかった」 悔やんだように、目暮警部が目を伏せる。
二度も死んだ男!・13
「さて。その後ですが。緋富さんは修祐さんが、どこかに潜伏しているという、宇津保さんの計画を信じて生活していた。もしかすると、修祐さんの携帯を使って、宇津保さんが修祐さんになりすまし、連絡を取るようなことさえ、したかも知れません。最近になって緋富さんがネイルのオシャレをするという行動に出たのは、近いうちに再会できる、そんな連絡が来たからかも知れませんね」 目暮警部が、傍にいた千葉刑事に、緋富さんのケータイの内容を確認するよう、指示を出す。 「そして、まさに昨日! ようやく再会できる、そういったことを宇津保さん、あなたは緋富さんに電話で連絡した。そして、おそらく緋富さんにタクシーで、どこか……例えば米花駅あたりまで来るように指示し、迎えに行った。緋富さんの心は喜びで満ちていたでしょうね。だから、ここに来た彼女は、心を込めて料理を作ろうとわざわざラインストーンを剥がして調理に取りかかった。しかしその時、彼女の心臓を、アコニチンが襲った。先ほども言った通り、アコニチンは皮膚からも吸収されます。苦しみながら緋富さんは宇津保さん、あなたのスーツからラペルピンを左手でむしり取った」 一瞬、宇津保が苦々しげな表情になったが、すぐにイヤミな笑みを浮かべて言った。 「そんな証拠でもあるんですか?」 「いえ。現場から発見されたラペルピンは、どこにでもあるようなデザインです。あなたのものだと、特定は出来ない。私は順を追ってお話ししているのですよ。 アコニチンによって緋富さんは亡くなってしまった。あなたは彼女のご遺体を、持参した大きめのバッグに、正座の体勢を取らせ、さらに腰を折らせて土下座するように収納しました。その際、バッグから両腕が出るようにして」 目暮警部が聞いてきた。 「どうしてそんな面倒なことをする必要があるのかね?」 「警部殿、思い出してください、緋富さんが亡くなっていた状況を」 「ン? 確か、正座をしてちゃぶ台の上に両腕を伸ばして……。ああっ! そうか、死後硬直を計算に入れていたのか!」 「宇津保さんは実際に瀬尾さんの部屋を訪れています。だから、部屋の様子を知っていて、死後硬直を起こしても自然な状況を作り出すために、バッグに収納する時に、そのようにしたんですよ。そしてあなたは深夜、人目が少ない頃にスウェットに着替え、管理事務所の目を盗んでここを出た。最近の自動車は発進時、静かなものも多いですからね、ライトを消せば、気づかれない」 「う〜む」と、目暮警部が唸る。 「そしてあなたは非常階段を使って、彼女の部屋へ行った。だが、ここで凡ミスをやってしまった」 「凡ミス?」 目暮警部が合いの手を入れる。 「ええ。宇津保さん、あなたは緋富さんのバッグから部屋の鍵をくすねた。ところが、それを持ってくるのを忘れてしまったんです。あなたは窮地に陥った気持ちになったでしょう。ですが、幸い部屋の鍵は開いていた。緋富さんは修祐さんに会えるという嬉しさの余り、部屋に鍵を掛けるのを忘れて外出してしまったんでしょう。あなたは部屋に入り、緋富さんが部屋でアコニチンを飲んだように偽装した。 そして部屋を出る際に鍵を掛けようした。しかし、バッグの中を漁っても予備の鍵はない。部屋の中を家捜しすると、物音で人に気づかれるかも知れない。やむを得ず、あなたはそのまま部屋を立ち去った。あとで鍵を掛けに戻る余裕はなく、結果、あなたの想定よりも早く、緋富さんのご遺体が発見されてしまったんです」 宇津保は何も言わない。 そろそろ引導を渡してやるか。 「宇津保さん、瀬尾さんの部屋の鍵、もしかしたらそのスーツのポケットにあるんじゃありませんか?」 また宇津保が息を引く。というより、「そうだった!」と思い出したような感じか? 「それにドアノブの血痕、照合すれば緋富さんのものと一致すると思いますよ? そして小屋の、おそらくゴミ箱の中に、彼女が捨てたラインストーンを包んだ紙なども見つかると思います。スウェットにも何らかの痕跡があるんじゃありませんか? 彼女を部屋に置く時に、ちゃぶ台に引っかけてしまったとか? ……証拠だらけですね」 宇津保の表情に悔しそうなものがにじむ。 「それもこれも、緋富さんのご遺体が、想定以上に早く見つかり、さらに昨日、緋富さんがあなたと電話しているところを聞かれてしまったから。あなたの計画では、今日のうちに証拠をすべて消し、どこかへ逃亡、もしかすると海外へ高跳びするつもりだった。……宝石や貴金属に変えた保険金を手に、ね」 「それは一体、どういうことかね、毛利くん!?」 目暮警部が、エサに食いついた魚のようにこちらに向かってやや身を乗り出し気味になった。頼むから、あんまり近づかないでくれよ? 「警部殿、この宇津保隆という人物は、捜査2課にマークされているんですよ」 「なんだって!?」 目暮警部が驚く。そりゃそうだ、情報漏洩を怖れて、2課じゃ誰をマークしているか、捜査でバッティングでもしなけりゃ、話すことはないだろうしな。 「宇津保さん、身辺が危なくなってきたことを感じたあなたは、早急に逃亡する必要があった。だが、逃走資金が足りない。そこへ来たのが瀬尾さんからのコンサルティングの依頼。あなたの頭脳はフル回転したでしょうね、いかに大金を手に入れるか、その方法の検索で」 宇津保がニヤリとした、観念したように。そして。 「いやいや、驚きましたよ、噂に違わぬ名探偵だ、毛利小五郎さん」 と、言う。 そして、スーツの上着、その右ポケットからキーホルダーを出す。なるほど、あれの中の一つが瀬尾さんの部屋の鍵か。 宇津保が独白を始めた。 「毛利さんの仰る通りですよ。私は瀬尾さん夫婦に、融資金を詐取することを勧めたんです。そしてそのまま逃亡することを。しかし、計画をよく吟味した瀬尾修祐さんは、これでは融資は難しい、そう言ってきた。さすがはアメリカで経営学を学んだだけのことはありますよ。そこで私はもう一つの……というか本来の計画を持ち出した。 それが修祐さんの死亡保険金の詐取です。話を進めるうち、岡崎さんが修祐さんと体型が近いこと、岡崎さんがかつてアメリカで脚にボルトを埋め込む手術を受けたことを知った。天の配剤だと思いましたよ!! そこからは三人が知恵を出し合って計画が練られていった。融資されたことにして、その資金を持ち逃げされたことにすること、絶望した修祐さんが自殺すること、その身代わりに岡崎さんを使うこと。 そして支払われた保険金を私が奪うこと、それを実行するためには瀬尾夫婦を始末する必要があること。 ……人間、何らかの形で追い詰められると、知らず知らず、悪魔になってしまうんです。大筋は、毛利さんの仰った通りです」 目暮警部が言った。 「宇津保隆さん、あとは署の方で」 一同が立ち去る気配を感じながら、俺は言った。 「宇津保さん……いや、宇津保隆、お前は紛(まご)うことなき凶悪犯だ!」 薪の蔭から除くと、宇津保はニヤリとしたまま、こちらに向いて肩をすくめて見せた。
翌日の捜索で、ブロックに括(くく)りつけられて海底に沈められた、修祐さんのご遺体が発見された……。
エンディング明けのエピローグ(笑)
土曜日の午前中、灰原と二人で通りを歩いていると。 「コナンくーん!」と、俺を呼ぶ声がした。振り返ると、赤いサマーニットの上に水色のジャケットを着て、白いプリーツスカート、紺色のオーバーニーソックスという出で立ちの、長身で茶髪の女子……て、あれ、光彦の姉さんじゃねえか。 「こんにちは、朝美さん」 “小学一年生”モードの笑顔で俺は応える。 朝美さんが笑顔で言った。 「光っちゃんから聞いたよ〜、また事件解決のお手伝いしたんだって?」 俺は灰原を見る。 「……話の流れ上、避けられないこともあるのよ」 「目を逸らすなよ、オイ」 朝美さんが満面の笑みで言う。 「すごいねえ、コナンくん! それでね、キミに協力して欲しいことがあるんだけど!」 「……え?」 「うちの中学校の、ずぅっと南に下ったところに、ちょっとした空き地があって、そこ、草ぼうぼうになってるんだ。でもね、一角だけ、なぜか生えてる草の種類とか、花の色が違うの。ねえ、あたし思うんだけど、あそこ、死体が埋まってるんじゃないかなあ?」 「………………」 「だからさ、今度、掘り起こしに行こうって思うんだけど、コナンくんがいたら、なんかこう、いろいろとうまいこと行くんじゃないかって思うの!」 「いろいろとうまいこと」って、なんだよ、オイオイ……。 「だからさ、今度、連絡するから、よろしくね!」 そう言って、朝美さんは去って行った。 灰原がシニカルな笑みで言った。 「よかったじゃない? “歩く事件探知機”の面目躍如で」 「……光彦に聞きやがったな、それ」 つか、どうすんだよ、空き地の発掘? 行かなきゃダメなのか?
(二度も死んだ男!・了)
☆あとがき
読了いただいた皆様、有り難うございました。終盤、ダラダラ長々と冗長でございました。それに「穴」も多かったんじゃないか、と思います。 「宇津保隆」が起こした事件は、本当は違うのかも知れませんが、とりあえず、こういう事件が、コナンのパラレルワールドで起きたって事で解釈してくださいませませ。 それから「根琴雅川(ねきんががわ)」というのは、イギリスを流れている「ネッキンガー川」をもじったものです。
あと、光彦のお姉さんの「朝美」ちゃん、勝手に出しちまいました。 だって、かわいいじゃん。
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