「ほにゃあ〜。ケロケロにょろにょろ、ぶ〜んぶん」 そんなことを言って、おっちゃんが壁に背を預け、ズルズルとへたり込んでいった。俺は物陰に隠れ、蝶ネクタイ型変声機で話し始める。 「皆さん、事件の全容が分かりました」 「おお、来たか、眠りの小五郎!」 警部がうれしそうに言う。 俺は話を続けた。 「人の遺体が、わずか数日で白骨になる。私もこのような奇怪な事件に遭遇するのは初めてですが、“ある方法”を使うことで、可能になるんですよ」 高○刑事が聞く。 「なんですか、その“ある方法”って?」 俺は物陰から辺見さん、葉枝さん、川津さんを見ながら言った。 「『マゴットセラピー』というものを、ご存じですか?」 一同が顔を見合わせ、代表するように葉枝さんが聞いてきた。 「なんですか、その『マゴットセラピー』?っていうのは?」 俺は葉枝さんに答えるように言った。 「ハエの幼虫、つまりウジ虫を使って、傷を治す、という民間療法です」 みんなが息を呑む。そして辺見さんが言った。 「ウジ虫を使って傷を治すなんて、有り得ない! ウジ虫がアチコチ食べて余計に傷が広がるんじゃないの!?」 俺はそれに答える。 「アフリカのアボリジニ族は、それを行っていたんです。ウジ虫がたかるのはあくまでも死んだ細胞、生きた細胞は捕食しないことを知っていたんですよ」 今度は○暮警部が聞いてきた。 「死んだ細胞しか食べないって、どういうことかね?」 「そのままの意味です。ウジ虫がたかるのは死体であって、生きた生物ではない。そして受傷した細胞は壊死した細胞。ウジ虫はそういった細胞だけを食べるんです。結果、傷口は壊死した細胞を取り除くことが出来るばかりか、ウジ虫の唾液に含まれる抗菌物質によって、雑菌による感染症も防ぐことが出来るんです。アメリカでは一九二〇年代後半から研究が進められ、一九四〇年代まで、実際に北米地域で行われていました。近年でも、マゴットセラピーを、医薬品を節約する必要のある戦地で投入しようとする研究が行われています」 自然と、一同の視線が、ある人物に集まる。 「じゃ、じゃあ、まさか……」と、川津さんが乾いた声で言う。 俺は確信を込めて、宣言した。 「葉枝天一さん、犯人は、あなたです!」
空気が凍り付く。
俺は凍り付いた空気を砕いて、時を進める。 「葉枝さん、あなた、飼育しているのはショウジョウバエだけではありませんね? 普通のハエも培養しているんじゃないですか?」 葉枝さんが反論した。 「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は実験にはキイロショウジョウバエしか使ってない!」 「空になっているバイアル瓶、あの中には普通のハエが入っていた、そうでしょう?」 「だから! 違うって!」 否定する葉枝さんを無視して、俺は続ける。 「まずあなたは、金持氏を殺害し、上半身と下半身とに分断した。ウジ虫の数や、傷口から捕食させるという都合から、あなたは死体を分断したんです。バラバラにしなかったのは、おそらくそうするだけの時間がなかったからでしょう。人体をバラバラにするのは、想像以上の時間と体力、気力を使いますからね。そして上半身が白骨になった頃、あなたは池にそれを投棄した。……殺害した理由は、私の報告書を読んだ金持氏になじられ、研究費を打ち切る、とでも言われたから。そして遺産を相続し、借金を返済するため。今なら、法的に資産の三分の一を相続出来ますからね。違いますか?」 しばらく置いて、葉枝さんは言葉を喉から絞り出した。 「確かに、オヤジには、なじられたし、出て行け、とまで言われたよ。自分は内縁の妻を三人も持ってるクセに、って腹も立ったさ。でも、俺はやってない! それに実験に使っていたのはキイロショウジョウバエだけだ!」 やれやれ。仕方ない。 俺は次の事実を突きつけることにした。 それは下半身の場所。 俺の推理が正しければ、下半身は現在進行形でウジ虫が食べている最中だ。邸宅の近くには林がある。そこで異常なぐらい虫がたかっているところがあるはず。 そしてそこには、必ずウジ虫がいる。そう、葉枝さんが培養したウジ虫が! そのウジ虫と葉枝さんの研究室を調べれば、必ず見つかるはず、葉枝さんがそのウジ虫を培養したという証拠が! 俺がそのことを指摘しようとしたときだった。
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