灰○哀の言葉に、コ○ンは、息を呑む。 「そ、それじゃ、APTX(アポトキシン)4869は……」 灰○は頷き、いつものようにクールに答えた。 「若返りの薬でも、不老不死の妙薬でもないわ。時間を移動する薬、さしづめ『飲むタイムマシン』といったところかしら?」 その言葉に、コ○ンは言葉もない。 「もっとも、今のところ過去にしか行けないけどね」 混乱する頭を整理しようとするが、うまくいかない。だから、ここは質問する項目を選別するより、素直に話を聞くしかない。 「なあ、最初からわかるように話してもらえないか? ……いや。お前の説明しやすい順序でいい」 「そうね」 と、灰○はテーブルの上にあるジュースのストローに口を付け、一口飲んでから言った。 「まず、APTX4869で時間を遡る原理を話しておくわ。あの薬を服用すると、細胞のイオンが徐々にマイナスに傾いていって、ある日突然、全細胞の電荷が逆転するの。ただ、それだと体が反物質化して、周囲の物体と対消滅(ついしょうめつ)を起こす怖れがあるから、周囲の物質に干渉して、同じようにマイナス化していくのね。それによって、世界そのものの電荷が逆転する。そして世界の流れが逆転する。時間が逆行するの。厳密に言うと、ある“状態”が以前の“状態”に戻るだけなんだけど、感覚としては、時間が戻るの。……本当に時間が戻る訳じゃないから、死んだ人は生き返らないけどね」 灰○は、ボソリ、と寂しげに付け加える。それが姉のことを言っているのだというのはわかったが、今のコ○ンにそれに言及して灰○のことを気遣う余裕はなかった。 「それが、『飲むタイムマシン』、ってことか?」 コ○ンの問いに頷き、灰○は続ける。 「ええ。服用した始めは、体細胞が、ごくごく弱い対消滅に近い状態になって、体が小さくなる、そういう薬効を持ってしまったわ。要するに、幼児化するの。それでその逆転だけど、今のところ、一年程度みたい。つまり、○藤くん、あなたは小学一年生の三月の終わりになると、また一年前に戻っているの。正確な回数はわからないけど、もう、二十回以上はループしてるんじゃないかしら?」 「二十回……。つまり、もう二十年以上、経っているっていうことか……」 灰○は頷く。 コ○ンは唖然となった。彼の明晰な頭脳を持ってしても、理解不能としか言いようがない。 「ええ。その間に、あなたはいくつもの事件を解決してきた。同じような事件の時もあったけど、その周回ごとに事件は違っていたわ。あなたが解決した事件は千件近いんじゃないかしら?」 「千……!」 シニカルな笑みを浮かべ、灰○は言う。 「よかったわね、あなた、コカイン中毒の偏屈な名探偵のファイルを超えたわよ?」 灰○の皮肉にも応じる余裕はない。
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