状況が変わったから、どうなるかと思ったけど連中の優先順位は、あたしの抹殺で間違いないみたい。
……改めて言葉にすると、ぞっとしないわね。
あたしは短剣を鞘から抜いて言った。 「あたし、お屋敷に閉じ込められるのって好みじゃないの」 通りの前方、大体、十五、六メートルぐらい先に立っているウンディーネも、短剣を構えて言った。 「なんだか、お屋敷は大騒ぎみたいよ? もしかして、あなたが抜け出したからじゃないの?」 こいつはサラマンダーがお屋敷に潜んでたこととか、知ってんのかな? まあ、いいや。とにかく、ここでヤツと闘って、ある程度、時間を稼いだら、運が良ければ。 クレメンスが助太刀に入ってくれるはず。 ただ、そのためにはあたしの「ピンチ」を演出しないとならない。クレメンスも「困った人」がどうとか言ってたけど、もしウンディーネを追い詰めてるところに彼が出くわすと、逆にあたしたちの敵に回りかねない。 さて、そのバランスとかだけど、実は、かなり難しい。前回は水に飛び込んで、そこに船が来て、っていう展開だった。でも、あれは運に左右されたって言ってもいい。水の中の動きなんて、正直、あたしにだって再現できない。下手すると、水路の壁に足を着き、あの驚異的な脚力で跳んでくるウンディーネに、一撃でやられるかも知れない。 とにかく、出たとこ勝負だわ! そう思っていたら、ウンディーネがこっちに向かってきた! 例によって速い! あたしは短剣を構えてそれを受け流そうとして……。 「お嬢さま、危ない!」 背後でガブリエラのそんな声と同時に、金属音がした。あたしは、本能的に身を屈める。でも、ウンディーネの刃が迫る! まずい! そう思った瞬間、あたしの前にハンナが出て、その刃を弾いてくれた。 「大丈夫ですか、お嬢さま!?」 「ええ、有り難う、ハンナ!」 起き上がったあたしは、何が起きたかと、背後を見る。そこには、剣を構えたガブリエラ、そして、同じく剣を構えた、鎧としては軽装の女性騎士(デイム)。その騎士を見て、あたしは言った。 「あなた、パトリツィア、いえ、リタ・フォン・プリルヴィッツね?」 シーレンベック家でメイドをしていた女性が、そこにいた。 パトリツィア改めリタが、ニヤついて言った。 「なるほど。サー・ハインリヒから聞いたのね?」 いやあ、メイドの時は無表情だから、なんか新鮮だわ、ニヤつきでも。 「ええ。お屋敷に来たハインリヒは、ビックリした、って言ってたけど、あなたも、さぞビックリしたでしょうね?」 「ええ、ビックリしたわ。お客様に対して紅茶の給仕をしろって言われた時には、なんとか断れないかって思ったけど、私、メイド仲間では一番、下っ端だったから断れなくてね。バレませんように、って祈ってたんだけど、案の定、バレたわ」 一番、下っ端か。ここで「ループの話」をしても、理解できないだろうから、理解可能な範囲で。 「あなたに給仕を命じたのは、シェエラザードだったのよね?」 「そうよ。それがどうかしたの?」 「シェラって、フォルバッハ家のメイドだったの。それも、ハインリヒの妹・ヴィクトリア専属の。ヴィクトリアって、今、オーストリア大公国に留学してるそうだけど、あたしが殺し屋に狙われているのを知って、ハインリヒがヴィクトリアの手紙に追加して書いたそうよ、『急いでシェエラザードを帰国させるように』って。あなたより先に、うちのメイドに雇われて、あなたに命令できる立場になるために」 「? あなたが何を言っているのか、さっぱりわからないけど、もしかして、サー・ハインリヒは予知能力を持っているのかしら?」 あたしは肩をすくめて言った。 「あたしに対する愛の力じゃないかしら? ついでに、いい? あなた、キッチンから食べ物をくすねてたわよね? 鍵、取り替えたって料理長が言ってたけど?」 リタが、どうということもなさげに言った。 「その昔、鍵開けを特訓させられたわ。いろいろとあるのよ、人の過去には。まあ、それについては触れないのが、礼儀ってものよ」 「そう。で、くすねた食べ物、ぶっちゃけ何のため?」 見当はつくけど、一応聞いてみると、リタがニヤリとし、言った。 「私、育ち盛りなの」 「……率直に聞くわ。サラマンダーは、今どこ? どういう格好? 性別は? 年齢は?」 リタが剣で陽光を閃かせながら言った。 「女に気持ちよく口を割らせたければ、それなりの方法があるでしょ? あなたも女ならわかると思うけど?」 「ねえ、もういい? いい加減、焦(じ)れてきたんだけど!?」 不機嫌そうなウンディーネの声がした。ガブリエラがリタの方を見たまま、言った。 「お嬢さま、リタは私が引き受けます! お嬢さまは可能ならばお逃げください!」 「うーん、逃がしてはくれないと思うわよ?」 あたしは、ウンディーネに向いて、短剣を構えた。
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