朝、メイドさんが起こしに来た。この声はシェラだ。 あたしはベッドから起き上がり、背伸びをする。そしてベッドから下り、鏡台の前に行ってドレッサーカバーをめくり上げる。 「……………………誰? ていうか……」 鏡に映る顔。それは、もろ西洋人の顔で、あたしが知らない顔。あたしは顔に触ったり、口を開けたり、表情を変えたりして確認する。 「ええええええええッ!? ちょっと待って待って! これ、あたし!?」 なんで、いきなり西洋人になってんの!? ちょっとして。 「あ、もしかして、ずっとこの顔だったけど、これを自分の顔だって思い込んでたってことかな?」 そう、気づいた。 『失礼します!』 と、ドアが開いて、シェラが飛び込んできた。 「いかがなさいましたか、お嬢さま!?」 その表情は、仰天そのものだ。 「ああ、ごめん、シェラ、ちょっと自分の顔見てびっくりしちゃって」 「……はい?」 あたしは、自分の顔の違和感について話した。 少し考えて、シェラが言うのに。 「そうですか。……もしかしたら、こちらの皆様とお話をして、ご自分のアイデンティティーについて明確な認識をお持ちになったが故に、本来のお顔を思い出して違和感を覚えられたのでは?」 「……………………うん。きっと、そうね」 と、言っておくに限るわ。下手に「どういうこと?」なんて聞いたりすると、頭がこんがらがっちゃうと思うから。 でも。
なんか、いいかも〜。 いかにもお嬢さま、って感じだし、それに、美少女だし。
ふと、気がつくと、鏡に映るシェラが同じく鏡に映ったあたしのアホ面を、奇っ怪な生物を発見したかのような表情で、見ていた。
「ところで、ミカ様」 「なに?」 「今朝ほどからパトリツィアの姿が見えません」 「え……?」 ちょっと驚いた。彼女については、ハインリヒから「王都にいる近衛騎士隊の一人と、ほくろの位置まで顔が同じ」って聞いたし、シェラの話とかあたしの記憶とかで、キッチンから食べ物を持ち出してるし、サラマンダーがここの敷地内にいるのは確実だから、おそらく。 「サラマンダーに食料を運んでいるのを気づかれたんで、逃げた、とか?」 「警護長のトラウトマン様も、そのように仰っておりました」 これは、ちょっとややこしい事態になるかも知れない。 「トラウトマン様からの、ご伝言です。本日は、敷地内で一斉捜索をかけるので、外出を控えていただきたい、と」 「うん、わかったわ」 本来なら、今日、ウンディーネに遭遇し、旅の武芸者・クレメンスに出会うことになってたんだけど。 随分と予定が変わってしまったわ。この先、何があるか、まったく予測できない。
ならば。
「よろしかったのですか、お嬢さま?」 ガブリエラが、恐る恐るって感じで、あたしに聞いてくる。一緒にいるハンナも、 「本当に大丈夫なんでしょうね?」 って聞いてきた。ガブリエラは、お屋敷の捜索を抜けてここに来てるから、命令違反、ってことで不安なんだろうけど、ハンナは単純に。
報酬が減らされるかも、って思ってるんだろうなあ。
まあ、それはさておき。 あたしは予定通り、水路沿いの道に来ていた。これが最良だと思ったからだけど、ただねえ。 パトリツィアが逃げ出したとなると、もしかするとウンディーネに連絡を取っている可能性がある。そうなると、当然、ウンディーネの行動も変わってくる。 ぶっちゃけ、今日一日は様子見で、どこかに潜伏するかも知れないのよね。 だから、あたしがここへ来ても、無駄な可能性があるんだけど。
「あら? こんなところに出てきても、いいのかしら、お嬢さま?」
…………かかった。
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