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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

最終回   オ・マ・ケ〜刺身の“つま”のようなものだと思ってちょ しょの二
☆もし本作に「PSYCH○−PAS○」が混ざったら


 高台を登ると、そこにはウンディーネが待っていた。ああ、前の周回の通りか。
 あたしは、すう、と息を吸ってから言った。一応、決意がいるからね。
「ねえ、ウン……じゃない、グートルーン。あなた、おかしくない、こんな復讐とか? ちょっと考えたら分かるでしょ? やめようよ」
 その言葉に、ウンディーネは鼻で嗤って答えた。
「あなた、社会の規範って、どうやって形作られると思うの?」
「は?」
「社会において、必要だから、そういう“ならわし”が作られるの。つまりね? 優秀な子孫を残すためには、より優等な人間同士が婚姻関係を結ぶのがいいとされるからなの。ハインリヒは私を選んだけれど、その私をあなたが打ち負かせば、それはハインリヒに見る目がなかったということ。それを社会が是認することで、あなた、ひいてはシーレンベックの子孫に対する期待値が高まるということよ。だから、あなたは私に復讐するよりほか、ないの」
「え、っと……」
 なんだか難しい話を始めやがったぞ、こいつ?
 どうしたものかと思っていたら、背後から声がした。
「つまり、社会の規範が、個人の自由を制限する。いうなれば、ハート=デヴリン論争の婉曲的援用(えんきょくてきえんよう)ですね?」
「え? あ、ヴィンフリート?」
 いつの間にか、ヴィンフリートが背後に来ていた。
「あら、勇敢な騎士(ナイト)様の登場ね?」
 また鼻で嗤うような仕草をしてから、ウンディーネが続けた。
「いいかしら? 国法の強制力は絶対、それに準じて、社会の慣習も強制力を持つわ。それは、『個』が成熟して個人が個人として、そして社会の構成員として互いを認め合えることができる社会には必要がないけれど、残念なことに今の社会はそこまで成熟できていない。未成熟な人格を持った『個』の集合体がコミューンを形成し、そのコミューンが集まって社会を成立させ、その社会があたかも一つの『個』であるかのように振る舞う。そんな社会には、国法の他にもその行動を糺(ただ)す不文律が必要なの」
「なるほど。しかしながら、それは典型的なパターナリズムに陥った考えですね。他者危害原則の立場に則(のっと)れば、確かにある行為が誰かの行動を著しく制限し、あるいは危害を加えるのでない限り、不快だからという理由で強制的にその行為を制限することは出来ない。しかし現実に復讐という行為によって、片方の名誉を著しく毀損する可能性がある以上、その当事者の意思が尊重されるべきです」
「愚考ね。この復讐という行為が『慣習』として長く続き、これからも続くであろうことを考えれば、ここで止(や)めてしまうと社会の内部から崩壊を起こしかねない。まるでオレンジを入れた袋に穴が開いたら、そこから一つ二つとオレンジがこぼれ、最後には袋が空っぽになってしまうように」
「そちらこそ愚考です。崩壊する“社会”とはなんですか? この場合、その『慣習』を続け、またこれからも続けていく集団、いわば貴族社会のことでしかない」
「あなた、恐ろしいことを言うわね。己の依って立つところの基盤を否定するような発言をするなんて」
「一つの“ならわし”がなくなったぐらいで崩壊するのであれば、とっくの昔に貴族制度は消滅しています。そもそもこの『復讐という慣習』自体、貴族制度を維持させるためのものではなく、互いを牽制し合う政略から生まれたものだと聞いています。そも貴族とは、『Noblesse(ノブレス)・Oblige(オブリージュ)』の理念の元、国を、そして民を愛し、護るべきもの。けっして政争に明け暮れてこのような実定(じってい)道徳(どうとく)の強制力に、支配されてよいものではない!」













「なに言ってんだ、お前(まい)ら?」


☆もし本作の世界が乙女ゲームだったら
(※ジン竜珠は「乙女ゲー」をエンディングまでPlayしたことはないッス)

 朝食を終えると、ヴィンフリート……いや、イルザの見ている前で、アストリットが勢いよく立ち上がり、食堂を飛び出した。
「……姉上?」
 首を傾げたが、今日の午前中は市壁外の領内騎爵による、剣の稽古だ。ヴィンフリートの影武者として、きちんとこなさねばならない。

 中庭で剣の鍛錬をしている最中。
「では、休憩にしましょう、若」
「そうですね」
 今日の師匠である青年騎爵バルヒェット卿の言葉に、タオルを取り、イルザは汗を拭く。ふと、邸内騎士の家がある辺りへ向かう石畳の道を見ると、スカートの裾を持ち、ものすごいスピードで走って行くアストリットの姿が見えた。
「…………姉上?」
 何やら気になったが、あっという間にその姿は本宅の影に入って見えなくなった。

 昼食を終えると、アストリットが勢いよく立ち上がり、食堂を飛び出した。
「………………姉上?」
 話を聞く間もなく、アストリットは中庭の方へ走っていった。
 午後は歴史学の講義だが、アストリットの様子が気になって、講義に身が入るかどうか。
 もっとも必要最低限以上の知識を、彼女は習得しているのだが。

 講義の休憩、中庭に出て軽く体操をしていると、スカートの裾を持ってとんでもない速さで中庭のあちこちを走り回っているアストリットの姿が見えた。
 今度こそは聞こう。
「姉上!」
 その声を聞いたのだろう、ピタリと制止し(心中(しんちゅう)、「あんな止まり方したら、足の筋や筋肉に悪い影響が」と、イルザは思った)グルンと首を急回転させ、こちらを見たかと思うと、どんな魔法か、瞬時にアストリットが目の前に現れた。そして、腰を九十度、前傾させ両手を両膝に当てて上半身を支えながら、ゼイゼイと息をする。
「え、と、姉上、朝から一体なにを……」
 質問が終わる前に、アストリットが聞いてきた。
「ね、ねえ、ヴィン……。トラウトマンさん、見なかった?」
「え? トラウトマンですか? さあ」
「そ、そう……」
「彼に何か用ですか?」
「……今回は、トラウトマンさん狙いなの」
「……は? 狙ってる? どういう意味ですか、それ?」
 アストリットが……いや、今、彼女を支配する意識の主が、トラウトマンの命を狙う理由の、あろうはずがない。
 上半身を起こし、強い意志の宿る瞳で右手を拳(こぶし)にグッと握り、アストリットは言った。
「ナイスミドル、ゲットなのよ!!」
「……………………」
 何を言っているのか、さっぱり分からないが、特定個人を「狙う」など普通ではない。「イグドラシルの秘法」か「魂寄せの秘法」か、どちらかの魔法の副作用かも知れない。あるいは、この意識の主の世界に伝わる魔法がなんらかの誤作動(・・・)を起こしたのか。
 いずれにせよ、これはゴットフリートに相談を、と思ったとき。
「ぅうぉっとぅ、トラウトマンさん、ロックオォォォォン!!」
 そう叫び、ギラギラした瞳でアストリットが、かっ飛んで行った。

 魔法の副作用とかどうとか、そんなん絶対違うと思っちゃったり。


おしまいッ!!


あとがき


※第三部はちょっと待ってね♡


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