☆もし本作がコテコテの魔法世界が舞台だったら
高台の上に行くと、そこにグートルーンが……て、アレ? 舞踏会で会ったときとか、前の周回とかと、なんか……。 「ねえ、あなた、誰?」 「私、グートルーンよ」 もっちりした声で、女性が言う。 「え? グートルーン? え? ちょっと待って? なんか、違くない? ……その、サイズ……とか、体型、とか…………」 あたしがそう言うと、グートルーン……いや、バランスボール体型の、自分をグートルーンと言い張る「何か」が、不意に泣き出した。 「ひどいよぅ……、私の体型が、まるで樽のようにデブってるだなんて」 「いや、そんなことは言ってな……」 「ひどい……。ハインリヒ様には料理人が作ったお料理じゃなく、私の手作りを召し上がって欲しくて、味見を繰り返しての幸せ太りなのに、歩くより転がった方が速いボールデブだなんて」 「……だからね、そんなことは一言も言ってな……」 「ひどいデブ。キョー○インに出てくるゴ○ベスの胴体みたいだなんて、あんまりベス」 「う、うわああぁぁ……。語尾もさることながら、ほとんどの読者を置いてけぼりにするネタとか、大丈夫か、あんた?」 「あぁんまぁりだあぁぁぁぁ! うわあああああああん!!!!!!」 ウンディーネが、ガン泣きを始めた。その両目からは、滝のように涙があふれ出してる。 仕方ないか、泣き止むのを待たないと、何にも始められ……。 あれ? ちょっと待って? ウンディーネの体、痩せて、っていうか、しぼんでいってない? それに。 「なに、この水、流れないで、この場に溜まっていってる。っていうか、いつの間にか、ここ、池みたいになってる!?」 気がつくと、あたしの膝ぐらいまで、水が溜まっていた。そしてこの水、あたしの周囲にしかない!! 戦慄とともに水を見ていると。 「あー、すっきりした」 ウンディーネの、そんな声がした。ヤツを見ると、すっかりしぼんで着ていた服は足下に、そして今ヤツは一糸まとわぬ真裸(マッパ)。 んで、ナイスバディ。 「驚いた?」と、楽しそうに、そして妖しい笑みを浮かべてウンディーネが言った。 「私はウンディーネのコードネームを持つ殺し屋。ウンディーネは水の精霊」 その言葉の直後、あたしの脚を絡めていた水の塊が、ゆっくりとグルグル、回転を始めた! 「悪いわね、フロイライン・アストリット。あなたに怨みはないけれど、そういう相手さえお金をもらって殺すのが、殺し屋だから。じゃあ、まだ出会って二回目だけれど、お別れよ。WASSER(ヴァッサー)-DRACHEN(ドラッヘン)!!」 ウンディーネの声に応えるように水たまりのあちこちが盛り上がり、それぞれが有翼のドラゴンの形を取って、あたしに襲いかかってきた!!
☆もし本作のアストリットが冷酷非道だったら
高台の上で、ウンディーネはアストリットを待っていた。この国の「婚約者を奪われた者は、奪った相手に復讐をする」という「ならわし」を利用し、アストリットを殺害するため。 そう、ウンディーネは殺し屋なのだ! 『さて、相手は貴族のお嬢さま、それなりに武芸のたしなみはあるでしょうけど、お遊びの域を出るものではないわ。あっさり殺してしまってもいいけど、ジワジワいたぶるのもいいかも? 何にしても、見晴らしのいい、この場所なら、他の三人……ノーム、シルフ、サラマンダーを出し抜けるしね』 そう思っていたら、坂道を上がって、アストリットがやって来た。貴族の子息が着るようなチュニックの上に袖をまくった上着(コタルディ)、ズボンの裾をガーターで縛った上からショートブーツを履いている。長い髪は馬の尻尾のように後頭部でまとめていた。動きやすい服装で来たようだが、武装はどうも腰に提(さ)げた短剣だけらしい。 随分となめられたものだと思いながらも、同時に、まるでここでウンディーネが待ち構えているのを、知っていたかのような用意周到さだ。 アストリットが不敵な笑みで言った。 「やっぱりいたわね、フロイライン・グートルーン?」 「まあね。それよりあなた、まるでここに私がいるのを、知ってたかのような出で立ちね?」 ちょっとだけ鼻で嗤って、アストリットは言う。 「そりゃあ、まあ? あんな恥かかされたわけだし? この国のならわしに従うと、いつどこで狙われるか分からないわけだし? そもそもここに来るように誘導したの、ハンナだし? ……あんたの仲間だったんでしょ、ハンナ?」 驚いた、思ったより頭の回転の速い娘のようだ。 「へえ、気づいたの、あなた!! ちょっと感動したわ!」 と、声を立てて嗤ってやる。 「まあね」 そう言って、アストリットが短剣を鞘から抜く。一瞬、警戒したが、こちらに向かってくるようではなく、アストリットは刃に陽光を反射させるだけだ。だが、その反射は鈍い。 「それは……、血曇り? ……そうか、あんた、ハンナを……」 ニヤリとしてアストリットは短剣を鞘にもどす。 「ところでさ、グートルーン、ちょっと平和的な方法でカタをつけない?」 「平和的な方法?」 いったい、何を言いだしたのか、この娘は。 「そ。ジャンケンでケリをつけるのは、どうかしら?」 「ジャ……ン、ケ、ン? なに、それ?」 そう聞くと、アストリットは「ジャンケン」なるものの説明を始めた。手を使った遊戯だが、初めて聞く遊戯だ。シーレンベック邸に出入りする諸国遍歴の詩人か、商人辺りから聞いたのかも知れない。 「なるほど。いいわよ、あなたがそれでいいなら」 アストリットが頷く。そして、彼女が号令をかけた。 「ジャーンケーン……」 ウンディーネは「グー」を出すつもりだ。たとえ勝とうと負けようと、引き分けだろうと、まず一撃をアストリットの顔面にお見舞いする。そして、ゆっくりといたぶってやるのだ。泣きながら命乞いする貴族の娘をいたぶるのは、どんなに気持ちがいいだろう。 そう思いながら、ウンディーネは右の拳を「ポン!」とアストリットに放つ。だが! その拳は虚しく空(くう)を切る。目的とする空間に、アストリットの頭部はなかったのだ。直後、ウンディーネは腹部に激痛が走るのを覚えた。 「う、グッ……!?」 頭を下げると、体を沈み込ませたアストリットがいた。すぐに理解した。アストリットが、貫手(ぬきて)を放ってきたのだ! 「ぬ、貫手……パーは、グーに勝つ、けれど……あなたの方が、遅出しだったわ……。遅出しは、負け、じゃないの……?」 声を絞り出すと、アストリットがウンディーネの腹に、めり込ませた手を抜き取る。床掃除をした後のモップを洗ったバケツの水をぶちまけるように、ウンディーネの腹から鮮血が腹圧に押し出され、ぶちまけられた。 口から大量に吐血したウンディーネに、不敵な笑みでアストリットは言った。 「あら? 地獄突きの方が空気抵抗が少なくて、速いの。あなたの方が遅出しよ?」 脱力してウンディーネは両膝をつく。 視力をなくしていく彼女の瞳が最後に映したのは、こちらを見ているアストリットが、右手にまみれた血を陶然とした表情を浮かべて舌でなめ取るところだった。
ああ、エロいなあ。私、そっちのケはないけど、一度くらい、女と同じベッドで過ごしてみてもよかったかも……。
それが、彼女の最後の思考だった。
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