「お嬢さま、駆け足になってますよ!」 後ろでハンナの声がした。 「ああ、ゴメン。なんか、はしゃいじゃってさ」 「気をつけてくださいね、お嬢さまは、お命を狙われているのですから!」 と、ハンナがちょっとむくれる。 あたしはもう一度、苦笑交じりに「ごめん」と謝る。 でも、本当に気をつけないとね。……そういえば、今朝からなんだか気持ちが緩んでるような……。危機感が薄れてるような気がする。 なんだろ? 死に慣れているから「また生き返るし、大丈夫!」とか思ってるのかしら? ……ナイフで刺されたりとかって、マジ痛いの、忘れたわけじゃないのに。あったかい血が流れていくのって、怖いのに。なんで……。 「……あ、ねえ、ハンナ、馬車道(ばしゃみち)を挟んで、あそこにちょっと変わった大きいお屋敷あるじゃない? あれ、なに?」 一見して、アパートとかマンションって感じの、二階建ての大きな建物。正面中央の大きなドアは観音開きの木製で、綺麗なレリーフがある。 「え? ……お嬢さま、あそこは議場ですが? 半年ほど前、議会が開かれたときに、お嬢さまも領主様、ヴィンフリート様とご一緒に、議会開会式に列席なさったはずですが?」 「あ、あ〜……、あーあーあーあー、そ、そうだったわね! そうそう、そうだったわ! あたしったら、なにすっとぼけたこと言ってるのかしらね〜、あはははは!」 ハンナが訝しげにあたしを見る。うわあ、ヤバいヤバい、うかつなことすると「アストリット」の“意識”が、別人だって知れちゃうわ。 ふう、と息を吐いて、あたしは周囲を見る。さっきまで自分の危機感が薄れているのをおかしい、って思ってたのに、目の前に入った建物見たら、急にそっちに意識が向いちゃうなんて。 どうかしてるわ? なんでこう危機感がない……。 ううん、そうじゃないわ。これ、何かに対する期待だわ。何かから解放されるような、そんな淡い期待を、あたし、感じてる。 じゃあ、何から解放されるの? 一体、何から……。 そこまで考えたとき、あたしの耳に、ある「音」が入った。 「ねえ、ハンナ、ガブリエラ。何か聞こえない?」 あたしの言葉に、二人が耳を澄ます仕草をする。すぐに応えたのは、ガブリエラだ。 「確かに。何か金属的なものを、不規則な間隔を置いて打つような、そんな音が遠くで響いていますね?」 ハンナにも聞こえたらしく、頷いて言った。 「でも、この聞こえ方、何かに反響しているようです。この近くじゃないですねえ」 ちょっと気になったけど、ま、関係ないか。 「まあ、いいわ。お散歩、続けましょ」 笑顔であたしがそう言うと、二人も頷く。そして、その次の瞬間、何かが風を切るような音がしたかと思うと。 「……フゥッ!?」 突然、あたしの背中に激痛が走った! 「な……、なに、いった、……い……?」 そして、体が硬直して、息苦しくなって。ハンナとガブリエラの急迫した表情が目に入ったけど、あたしの理解力はゼロになってて。
青空が見えたかと思ったら、その青は白に変わった。その白は、黒になっていって。
そこから、あたしの意識はない。
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