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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第72回   なに、一体……?
「お嬢さま、駆け足になってますよ!」
 後ろでハンナの声がした。
「ああ、ゴメン。なんか、はしゃいじゃってさ」
「気をつけてくださいね、お嬢さまは、お命を狙われているのですから!」
 と、ハンナがちょっとむくれる。
 あたしはもう一度、苦笑交じりに「ごめん」と謝る。
 でも、本当に気をつけないとね。……そういえば、今朝からなんだか気持ちが緩んでるような……。危機感が薄れてるような気がする。
 なんだろ? 死に慣れているから「また生き返るし、大丈夫!」とか思ってるのかしら? ……ナイフで刺されたりとかって、マジ痛いの、忘れたわけじゃないのに。あったかい血が流れていくのって、怖いのに。なんで……。
「……あ、ねえ、ハンナ、馬車道(ばしゃみち)を挟んで、あそこにちょっと変わった大きいお屋敷あるじゃない? あれ、なに?」
 一見して、アパートとかマンションって感じの、二階建ての大きな建物。正面中央の大きなドアは観音開きの木製で、綺麗なレリーフがある。
「え? ……お嬢さま、あそこは議場ですが? 半年ほど前、議会が開かれたときに、お嬢さまも領主様、ヴィンフリート様とご一緒に、議会開会式に列席なさったはずですが?」
「あ、あ〜……、あーあーあーあー、そ、そうだったわね! そうそう、そうだったわ! あたしったら、なにすっとぼけたこと言ってるのかしらね〜、あはははは!」
 ハンナが訝しげにあたしを見る。うわあ、ヤバいヤバい、うかつなことすると「アストリット」の“意識”が、別人だって知れちゃうわ。
 ふう、と息を吐いて、あたしは周囲を見る。さっきまで自分の危機感が薄れているのをおかしい、って思ってたのに、目の前に入った建物見たら、急にそっちに意識が向いちゃうなんて。
 どうかしてるわ? なんでこう危機感がない……。
 ううん、そうじゃないわ。これ、何かに対する期待だわ。何かから解放されるような、そんな淡い期待を、あたし、感じてる。
 じゃあ、何から解放されるの? 一体、何から……。
 そこまで考えたとき、あたしの耳に、ある「音」が入った。
「ねえ、ハンナ、ガブリエラ。何か聞こえない?」
 あたしの言葉に、二人が耳を澄ます仕草をする。すぐに応えたのは、ガブリエラだ。
「確かに。何か金属的なものを、不規則な間隔を置いて打つような、そんな音が遠くで響いていますね?」
 ハンナにも聞こえたらしく、頷いて言った。
「でも、この聞こえ方、何かに反響しているようです。この近くじゃないですねえ」
 ちょっと気になったけど、ま、関係ないか。
「まあ、いいわ。お散歩、続けましょ」
 笑顔であたしがそう言うと、二人も頷く。そして、その次の瞬間、何かが風を切るような音がしたかと思うと。
「……フゥッ!?」
 突然、あたしの背中に激痛が走った!
「な……、なに、いった、……い……?」
 そして、体が硬直して、息苦しくなって。ハンナとガブリエラの急迫した表情が目に入ったけど、あたしの理解力はゼロになってて。

 青空が見えたかと思ったら、その青は白に変わった。その白は、黒になっていって。

 そこから、あたしの意識はない。


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