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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第71回   賭け闘技
 男は、対戦相手を見る。
 篝火(かがりび)による夜間照明だが、明らかにまだ子どもだというのが見て取れた。おそらく十四、五程度だろう。これなら楽勝だ。
 ここキースリング領の棄民街の外れでは、時折、賭け闘技が行われている。これに勝って優勝すればそれなりの金がもらえるし、ここでは手に入らない物資が手に入ることもある。滅多にないが“外”の女を抱くことも出来る。
 主宰者、つまり出資者がどこぞの貴族ということで、対戦相手を殺すのはご法度だが、殺さない程度なら痛めつけてもいい。
 男は一段高いところで椅子に座り、執事らしき初老の男を傍に立たせている主宰者を見る。着けている仮面は違うが、以前も来たことのある青年だ。前回、ある男の体から吹き出した血しぶきを、身を乗り出して見て、興奮していた。あの時は、その対戦相手に、「特別手当」なるものを、執事越しに渡していた。なかなかに腐った男だ。いや、貴族など、その程度のもの。なんとしても王家もろとも、一掃しなければならないが、棄民街(ここ)に収容されては、それも叶わない。
 それなら、ここに来たときに引っ捕らえ、人質にしてここから脱出を、と考えたこともあったが、同じようなことを考えたヤツらがいて、実行したところ、凄腕の護衛たちに容赦なく斬り殺され、たたき殺され、五体バラバラにされたり、ミンチにされたりして、袋詰めにされた。その袋は、そのままゴミ捨て場に放り込まれていた。
 いっそ、連中の方を棄民街(ここ)に隔離した方がいいんじゃないか、と、あの時は思ったものだ。

 男は、改めて対戦相手の少年を見る。棄民街(ここ)では見たことがない。ということは、賭け闘技の噂を聞きつけて“外”から来た者だろう。
 審判役の若者が、お互いの武器を確認する。男の得物はバスタードソード、そして対戦相手の少年は、ナイフを結んだロープだ。
「おい、小僧、そんなもので俺に勝てると思ってるのか?」
 挑発してやると、少年はニヤリとする。
「やってみなくちゃ、わからねえだろ?」
 そう言って、ロープを体側でグルグルと回転させる。その回転のさせ方を見るに、あの武器の扱いには慣れているようだが、所詮はナイフ、どの程度のことが出来るか。
 審判が開始の合図を出し、闘技が始まった!

「悪いな、小僧、手加減してやる気はねえんだ、覚悟しな!」
 男は剣を手に、少年目がけてダッシュした。
 およそ二十エル(約八メートル)ほどあった間合いを一気に詰めて躍りかかる。だが、その瞬間!
「おおうっ!?」
 目の前に、ナイフの切っ先が飛んできた! 急制動をかけて止まるが、次々に『ナイフが目の前に飛んでくる。それはまるで男を後方へ追いやるようで、事実、男はバックステップを踏んで後方へ逃れている。
 そして男はナイフに誘導されるように、フィールド内をグルグルと回る。あの武器の扱いに慣れているといったレベルではない、正確に鼻先にナイフを飛ばしてくる腕前は、間違いない、戦いのプロだ!
「それなら!」
 男は身を沈め、剣でロープを斬ろうとした。だが、普通のロープではなかったようで、切断するには至らず。だがそれでも、ロープの軸線を狂わせることには成功した。「よし!」と気合いを入れ、そのまま少年に迫ろうとした、その刹那!
「なにッ!?」
 少年がこちらに駆けてきたのだ。それなら、剣で斬りつけてやればいい。腕に切り傷、程度ではすまないだろうが、これもこんな賭け闘技に参加した勉強と諦めてもらおう。そう思って、ニヤリとしたとき。
「ン? ……グワアッ!?」
 いきなり体が引っ張られたのだ! すぐにわかった。剣にロープが巻き付いており、それを少年があらぬ方向に引っ張ったのだ。豪快に転び、地面で体がねじれて仰向けになったとき、夜空から、少年の膝が落ちてくるのが見えた。

 男が意識を取り戻したとき、その日の闘技は終わっていた。
「派手にやられたな、デニス。お前に賭けるんじゃなかった、大損だぜ」
 起き上がると、隣に座っていた友人、エーミールが苦笑いを浮かべて言った。
 まだ痛む顎と額をさすっていると、エーミールが言う。
「スゴかったぜ、あのガキ。お前の次のヤツは、首にロープを絡められて、息が詰まった隙に蹴られて負け、その次のヤツは自分の腕にロープを絡めさせてガキの動きを封じ、牽制(けんせい)したつもりだったらしいが、あのガキ、そいつの周りをものすげえ速さで回ってロープで相手をがんじがらめにして、後頭部を蹴った。次のヤツは、ガキがナイフを放(はな)った隙に、背後に回って倒そうとしたらしいが、ガキは投げたナイフをあっという間に戻して、ナイフの切っ先を相手の脇腹に突き刺した。そのまま駆けて行って、ナイフを押し込んで、相手は降参。結局、次は現れず、ガキの勝利だ。ありゃあ、プロだな」
 その言葉に、男……デニスは頷いて言う。
「ああ、並みのヤツじゃない。ひょっとしたら、どこかで用心棒稼業でもしてるんじゃないか?」
「そうじゃない」とエーミールが真面目な顔で言った。
「俺が言う“プロ”っていうのは……。殺しのプロ、ってことさ」
「……まさか?」
「あのガキ、相手にとどめの一撃を食らわせたときも、そのあとも、まったく表情が変わらねえ、あの歳で、だ。それだけじゃない、“加減”を知ってる節がある……殺さない程度の“加減”をな」
 もし、エーミールの言う通りなら。

 自分は、運が良かったのだろう。
 そのときになって、初めてデニスの額からイヤな汗が流れ始めた。

 貧民街のヤサに帰ってくると、ウンディーネは隠れ家の中で軽く脚の運動をしていた。
「もういいのか?」
 サラマンダーがそう聞くと、ウンディーネは頷いて応える。
「ええ。魔法の力が宿ってるせいかしらね。昼には痺れも怠さも、痛みも和(やわ)らいだわ」
 ノルデンから脱出して三日、ウンディーネは本調子に復しつつあるらしい。
「そういえば、こんな夜遅くに、あなたはどこ行ってたの、サラマンダー? 子どもはおネンネする時間よ? それに、キースリングのスパイみたいなヤツが、うろついてる。妙な行動は避けた方がいいわ。お尻ペンペンされるわよ?」
 からかうような言葉にも拘わらず、その表情はつまらなさそうだ。
「知ってる。あの赤毛の商人だろ? ニコニコしてるくせに、目つきが、たまに鋭くなる。お前を見る時には、特にな。大方(おおかた)、娼館(しょうかん)に売り飛ばしたら、どんだけ儲けられるか、値踏みしてるんじゃないか? お前、美人だから」
 こちらも、からかってやる。ただし「美人」という感想は本音だが。
「……………………」
「……………………悪かったよ」
 ウンディーネは無表情だが、ちょっと怒っているようにも見えて、つい謝ってしまった。そしてサラマンダーは、自分が行っていた場所を話す。
「棄民街にあるっていう、賭け闘技場だ。そういう情報を仕入れたんでね、軍資金を稼いでおこうと思ったんだ。入り込むには、門衛に金を握らせないとならないが、勝ったときの報奨金はかなりのものだぜ? 何せ、今回のスポンサーはマイヤーハイム公爵の領内に住んでる、オルデンベルク伯爵のところのボンクラ息子だからな」
「知ってるの?」
「半年前、なんかの秘密を知った、とかいう女を始末に行ったら、同じベッドに寝てた。目を覚まして、隣に寝てる女が血まみれで死んでるのに気づいたときの、あのボンクラ息子の顔、お前にも見せたかったぜ」
 今思い出しても、吹き出してしまう。
「興味ないわ。その女の死に顔なら、見たかったけど」
 ニヤリとして、ウンディーネは言う。多分、冗談じゃなく、本気だろう。
 そう実感して、肩をすくめ、サラマンダーは棚の上のブドウ酒の瓶を取る。
「ねえ、サラマンダー。あなたの左腕に、魔法の力が宿ってるのよね?」
 ウンディーネの問いに答えながら、サラマンダーは別の棚に置いてあるグラスを取る。
「ああ。なんで両腕じゃなく、左腕なのか、例のひょろ長いノッポに聞いたけど、教えてくれなかった」
 少し考えて、ウンディーネは言った。
「私に考えがあるの、アストリットを殺す『手』について」
 その瞳には、自信にも似た光が宿っていた。


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