紅茶を一口、飲んだ後、ヨハンは言った。 「イザーク様は、事件からしばらく経って、実は自分は操られていたと主張なさったのです。最初は誰も相手にしませんでしたが、何度も仰るので、一度ぐらいは話を伺おうということになりました。イザーク様のお話では、パトリツィアとは領内の歓楽街、その賭場(とば)で知り合ったとのこと。何度か会う内に、彼女の言葉に惑わされるような感じになったと。ここへ来て、ようやく正気に戻った、と」 「ふむ……」 「そこで我々は極秘裏に動いて、パトリツィアのことを調べることにし、身元を洗うために調査を行いました。……結果的には断定できるほどの材料は揃いませんでしたが、王都で行われた御前試合で、似た者を見たという、市壁外に住むある騎爵の言葉を信じるなら」 「パトリツィアは、近衛騎士リタ・フォン・プリルヴィッツである、と」 「はい」と頷いてから、少ししてヨハンはかすかに首を傾げる。 「おや? 驚かれないのですね?」 さて、どう答えたものか。そう考えたが、ゴットフリートは素直に答えることにした。 「ああ。パトリツィアは、今、話に出た近衛騎士だ。間違いない」 「なるほど、ご存じでしたか。それは例の」 そう言ってから、ヨハンはかすかに目を細めた。 「アストリット様のお命が狙われていることと、何か関係が?」 一気に心拍が上がった。 まずい、明らかに動揺が出た。抑えたつもりだが、間違いなく顔に出てしまったことだろう。だが、ソファの向かい側で控えている二人の騎士は、ヨハンと顔を合わせていないということからか、驚愕の表情さえ浮かべている。 ややおいて呼吸を整え、ゴットフリートは言った。 「さすがは密偵だな」 「恐れ入ります」 一礼してから、ヨハンは言った。 「なぜ近衛騎士が名と身分を偽り、我が領主のところに現れ、さらには何故(なにゆえ)閣下のところへの紹介状を求めたのか。パトリツィアがリタ・フォン・プリルヴィッツ卿であるという前提で、閣下の領地のことを調べさせていただきました。その結果、一ヶ月半程前から、邸宅敷地内に入る際のチェックが厳しくなったことを知りました。私どものような者としては、これは外部から来た者による何か大それたことが、お屋敷で起きたからであると、考えざるを得ません。パトリツィアは、すんなりとこちらへ入り込むために、ヨナタン様の紹介状が必要だった。そして、それは『大それたこと』と無関係ではないはず。では何が起きたのか。なかなか掴めませんでしたが、七、八日程前、この近くにある町で、一枚の人相書きを拾いました。その人相書きは閣下の名前で公布されたもの。また、閣下の庇護下にあるノルデンで、大(おお)騒動(そうどう)があったということ。そしてバザールで騒ぎがあり、その中心にアストリット様がいらっしゃったという、市井での証言。これらを一本の線で繋ぐと」 そして、ここで一息置き、ヨハンは言った。 「アストリット様を狙う何者かがいて、その事件には人相書きの女と近衛騎士、そしてその部下の一個小隊程度が絡んでいる」 一個小隊というのは的外れだが、仕方がない。ヨハンは、こちらの「敵」について知らないのだ。だが確かにそれと同等、もしかしたらそれを凌駕する戦力が相手であるのは間違いない。また、ノルデンでのウンディーネ討伐の際、こちらが一個小隊……四十人以上の人数を組織したのは事実だ。 「見事だ、ヨハン。君たち、いや、君の頭脳に感服したよ」 嫌味ではなく、素直に賛辞を送る。ヨハンもどこか嬉しそうに笑みを浮かべて一礼する。 顔を上げ、ヨハンは真剣な表情で言った。 「閣下。これは私の独断で報告申し上げるのですが」 そう言って、ヨハンはウンディーネの人相書きをポケットから出して言った。 「この者、キースリング領におります」 「なに!?」 思わず大きな声を上げ、ゴットフリートは身を乗り出した。
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