親書を読み終えると、ゴットフリートは深く息を吐いた。 「ヨハン、とかいったな、この内容は本当か? ……いや、本当なのだろうな」 「はい」 ヨナタンの密偵というヨハン・ブレッカーは頷く。 ゴットフリートはもう一度、親書に目を落とす。 その時、紅茶を持ってヘルミーナともう一人のメイドがやって来た。 「うむ、紅茶が来たか。まあ、座りたまえ、ヨハン」 ゴットフリートはヨハンに応接セットに座ることを勧める。自身も親書を手に、向き合う形でソファに座る。 親書に書いてあったのは、大雑把にいうと、こういうことだった。
およそ一ヶ月前、ヨナタンとその妻ダニエラは、ともに病(やまい)の床に伏した。二人揃って病床につくというのは尋常ではない。そこで何者かが毒を盛ったのではないかと、屋敷内のチェックが行われた。まず疑われたのは、料理の毒味役だ。次に料理人。だが、どちらも無実とわかった。 ヨナタンが病にある間は、長子(ちょうし)であるイザークが領内の政治を取り仕切ることになった。 だが、ここで妙なことになった。何かと理由をつけ、イザークは領主夫婦との面会を禁じたのだ。来客はもちろんのこと、次子であるイザークの弟・ヤーコブも例外ではなかった。面会できたのは、イザークだけ。そして身の回りの世話は、ヨナタンたちが倒れるしばらく前にイザークが雇うようにと進言してきた、パトリツィアというメイドだけ。 以前からイザークが「早くヨナタンを隠居させて領地の実権を握る」という野望を抱いていることを知っていたヨハンたち密偵は、さすがにおかしいと思い、まずは屋根からロープを垂らし、屋敷三階にあるヨナタンの部屋の様子を、外から覗(うかが)おうとした。だが、窓掛(カーテン)が締められており、覗うことは出来ない。かといって窓を割って中に侵入するなど、密偵に許されたことではない。そこで秘密の通路を使ってヨナタンの部屋へと向かったが、その出入り口は何かによって塞がれていた。 ヨハンたちは協議の上で、まずパトリツィアに話を聞いた。彼女によると、ヨナタンもダニエラも、意識はあるようだが、どこか混濁気味に思えたという。密偵の中に毒物に詳しい者がおり、その者によるとヨナタンが嗜(たしな)む水タバコを悪用したのではないか、という。
「水タバコを悪用、とあるが、キースリング侯は水タバコを愛用していたのかね?」 「はい。中東方面を巡っていた商人から勧められ、お気に召したようです」 「その水タバコを悪用した、と?」 「タバコの生産者の間では、収穫時、濡れたその葉に触れることで病に罹ることがあるのは、周知の事実だそうです。おそらくは、ヨナタン様が愛用なさっているおタバコを悪用したのだろうと」 「そこで君たちは、ヤーコブ卿はじめ、異変を察知した心ある者たちと協力し、イザーク卿とその一派を拘束、キースリング侯の軟禁を解いた。そして、侯があとで聞いたことを、この親書にしたためた、と」 「はい」 と、ヨハンは頷く。 そしてまた、親書に目を落としてからヨハンを見てゴットフリートは言った。 「イザーク卿は邸宅敷地内の、ある屋敷に軟禁、事件については、外部には知られぬように細心の注意を払った。ことに王家に知られると、イザーク卿は国法に則って処罰される怖れもある。だから、箝口令(かんこうれい)が敷かれた。パトリツィアについては、まったくの無関係。屋敷内のメイドだと不都合なので、外から連れてきただけだった。パトリツィアは、暇(いとま)を願い出てきた。機密保持のためには屋敷に留め置くのが最良だが、最終的にはそれを受け入れた。新しい勤め先として、シーレンベック邸、つまり我が邸宅を希望したので、紹介状を書いた。だが、その後の調査で、パトリツィアは近衛騎士リタ・フォン・プリルヴィッツ卿の可能性が高くなったので、ここに注意を促すものである。……これがキースリング侯の親書の中身だな」 「はい。そして私から補足を」 「補足?」 「はい」 と、ヨハンは頷いた。
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