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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第67回   思わぬ来客
 あれから七日。
 ハインリヒが「スルトの剣」の呪術の謎を解いた以外は、何にも事態は動かない。

「わかってみれば、なんということのない暗号だった。韻を踏んだ単語の前に置かれた言葉が一つの場合は一回、二つの場合は二回、三つの場合は三回、その韻を踏んだ単語を繰り返せば良かったんだ」

 ということで、アストリットじゃなく、あたし、つまり小松崎(こまつざき)未佳(みか)の生まれた月日を鍵にして、右腕に「スルトの剣」が“装備”された。前も話題になったけど、異世界人である「小松崎未佳」に「スルトの剣」を装備させたのなら、異世界に帰っちゃえば、もはや誰にもどうにも出来ない。
 なので、気持ち的にも、ひと段落したその日の朝。
「ねえ、シェラ。あたし、街を散歩してみたいのね? だから、ハンナと……」
「かしこまりました。では、ご主人様のお伺いを立てて参ります。護衛のこともございますので」
「うん、そうねそうねそうだわね、あたし、狙われてるのよね」
 いけない、平和な日が続いてたから、あたしの立場を忘れそうになってたわ。……でも、おかしいな、なんで自分の身の安全を無視した言葉、言ったのかしら?

 これまでの周回じゃあ、こんなに緩んだ考え方しなかったよねえ、なんて思ってると、シェラとハンナ、それからガブリエラがやって来た。
「ご主人様の許可をいただきましたので、ハンナとガブリエラ様に同行していただくことにいたします。お嬢さまも、その方がよろしいですよね?」
 と、シェラが笑顔で言った。
 ハンナが大げさな仕草とともに、笑顔で言った。
「お嬢さま。お嬢さまの街歩きにお供できまして、わたくし、光栄でございます! 地獄まででもついて行く所存でございますわ!」
「……んで、本音は?」
「いやあ、お屋敷のお仕事は、単調で面白くなくて」
 と、苦笑いで頭を掻く。
「やっぱり、本音が別にあったか。……それはおいといて、ガブリエラ、よろしくね」
 笑顔であたしが言うと、ガブリエラが敬礼した。
 そしてシェラが続ける。
「それから、アメリア様にも陰ながら同道させるように、と、ご主人様が……」
「あー、あー、いいっていいって、あいつに『様』とか、つけなくて」
 あたしは手をヒラヒラさせて言う。
「そ、そうですか?」
 と、シェラは困ったような表情になったけど、構わないって。
 なので、もろもろ準備とかして、十分後に出発することになった。

 ゴットフリートが執務室で書類整理をしていると、ドアがノックされた。
『ご主人様、お客様でございます』
 ヘルミーナの声だ。
「うむ。誰かね?」
『キースリング侯爵の、お使者の方でございます。侯の紹介状を持参なさっておいでです』
「キースリング侯の? さて、何用だろう?」
 キースリング侯ヨナタンとは、それほど深い付き合いではない。もっとも先日、キースリング侯の紹介状を持ってきた「パトリツィア」と名乗るメイドは、「王家(ラグナロク)」の回し者だったが。
 さては、なんらかの直接的手段に出るつもりか? となると、白を切るのが良いのか、あるいは「パトリツィア」の件で責を問うべきか。
 紹介状の件については、「偽造だ」と主張されるかも知れないし、本当に偽造かも知れない。そう、今回も。
 ならばここは、何も知らぬ振りをして白を切るのが良いだろう。
 そう考え、ゴットフリートは入室の許可を出した。
 ドアが開き、ヘルミーナと、二人の騎士に連れられて入ってきたのは、若い男。着ている服は、見るからに旅の行商人。
「紹介状につきましては、私が確認致しましたが……」
 そういうヘルミーナも、やはり疑っているのだろう、若い男をあまりよい目で見ていないのがわかる。何せ、自分の部下の中に、仕える主人の娘の命を、危険にさらした者がいたのだから。
 訝しげな顔になっていると、行商人が言った。
「このような出で立ちで失礼致します。私はヨハン・ブレッカーと申す者、キースリング侯のお屋敷でお世話になっている、小間使いでございます」
「ほう? ただの小間使いを寄越すほど、キースリング侯は、うつけではあるまい? 君の本当の身分は何だね?」
 指摘すると、一礼してヨハンは言った。
「ご慧眼(けいがん)、恐れ入ります。閣下の仰せの通り、私は小間使いではございません。それは表向きの役目。私は侯に仕える密偵の一人でございます」
 いきなり身分を明かしてきた。ゴットフリートも密偵を雇っているが、「すすんで身分を明かせ」という指示をしたことはない。特に親しい間柄ではない者に対しては、なおのこと。
 果たして信じてよいものか?
 こういう時、イルザがいるなら適切な助言がもらえるものを。
 だが、今から呼びにやるという時間もない。ならば、ここは信じることにしよう。
 ゴットフリートは、咳払いを一回した後、ヘルミーナに言った。
「ヘルミーナ、紅茶を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
 一礼して、ヘルミーナは退室する。

 咳払い一回の後、紅茶をオーダーする。

 これは「トラウトマン他、数名の騎士を呼び、待機させよ」との符牒(ふちょう)だ。
 ヘルミーナが出て行った後、ヨハンが懐から油紙(あぶらがみ)に包んだ長方形の薄いものを出した。
「キースリング侯からの親書でございます。お目(め)通(どお)しを」
 そう言って、ヨハンはそれを騎士の一人に手渡す。
 騎士がゴットフリートのところまで“それ”を持ってくる。
 油紙を開くと、封筒があり、封蝋(ふうろう)の指輪印章(シグネットリング)は確かにキースリング侯のものだった。


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