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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第66回   替え玉……?
 あ、そうだ、「ユミルの右腕」っていえば。
「ねえ、ハインリヒ。『スルトの剣』の解読は、どうなったの?」
「スルトの剣」を発動させるためには、いくつかの魔術的手順が必要ってことだったんだ。でも、テキスト通りの呪文を唱えて、儀式を行っても何も起きなかった。あたしの右腕とか目の奥が、軽いとはいえ痛みや痺れを覚えるぐらいだから、偽物とかってことはない。
 だから。
 ちょっと困ったような表情でハインリヒは答える。
「最初見た時は、ごく簡単な呪文と儀式だと思ったのだが。どうやら、魔法円はそのまま使っても問題ないが、呪文の方に暗号が混ざっているらしい。昨夜、何気なく呪文を口にしていたら、妙な間隔で韻を踏んでいることに気がついた」
 イルザが聞いた。
「妙な間隔? なんですか、それは?」
「一語おき、二語おき、三語おき。こういった感じのサイクルで、韻を踏んだ単語を含んだセンテンスが、一部分で続いている。多分、この部分に何らかの暗号が含まれてる。その暗号を解読して、正しいテキストに戻さないと、意味はないんだろうな。だから、その暗号の解読に取り組むことにした。解読ができ次第、『スルトの剣』を、ミカに装備してもらう」
 あたしは、右腕を見てから頷いた。
 それを確認して、ゴットフリートさんが言った。
「さて、当面の対策だが。正直なところ、打てる手がなきに等しい。ウンディーネどもがどこに潜伏したか、不明だし、あのクーフリンという男の所在も分からない。唯一、殺し屋どもに助力したリタ・フォン・プリルヴィッツだけはその所在は調べられるが、なんといっても奴は近衛騎士だ。我々は手が出せない。誰か、妙案はあるか?」
 一応、考えてみたけど、まったく見当がつかない。あたしがいた世界だったら、防犯カメラのチェックとかでなんとかなりそうだけど。
 みんなも、何も思いつかないみたい。
 ふと、あたしは聞いてみた。
「シェラの魔術とかで、なんとか調べられないかな、ウンディーネの居場所とか?」
 ハインリヒが首を横に振りながら、答えた。
「生年月日が分かれば、あるいは……」
 ああ、無理だな、それは。

 結局、また連中の襲撃待ち、てことになった。それにともなって、トラウトマンさん指揮の下(もと)、これまでとはちょっと違ったシフトやフォーメーションを組むこと、アメリアには引き続き、あたしの護衛をやらせること(ちょっと不安だけどね)、そして、ヴィンフリート(真)は、“これまで通り”、あたしのことを「姉」として敬うこと、なんてことが決められた。
「努力はしますよ、努力は。なので、あなたも努力して下さい、僕に尊敬されないまでも軽蔑されない程度には!」
 と、ヴィンフリート(真)があたしを冷たい目で見て言う。
 うがっ!! やっぱ、コイツ殴るわ、「ユミルの右腕」で! みんなに羽交い締めにされて止められたけれども!!

 キースリング領にある、貧民街の通りを、紙に包んだパンや同じく紙に包んだ干し肉などを抱え、サラマンダーは一軒のあばら屋に入る。
「晩飯、買ってきた。どうだ、脚の調子は?」
 中にいるのは、ウンディーネ独りだけだ。壁に背を預けて座っているウンディーネは、首を横に振る。
「まだ、無理ね。この家の中なら伝え歩きでどうにかなるけど、外を歩くのはちょっと……」
 ため息とともに言った言葉に、サラマンダーは言った。
「まあ、無理ないさ。俺を抱えて、あのスピードでここまで来たんだからな」
 あの距離を、まるで馬のように走ったのは、改めてすごいと思う。
「ねえ、サラマンダー。思うんだけど、あのアストリット、替え玉じゃないかしら?」
「替え玉?」
「ええ。あの身体能力と腕前、貴族の令嬢がたしなむ武術程度のものじゃないわ」
 壊れかけのテーブルの上に、買ってきたものを置き、サラマンダーも考える。
「確かにな。令嬢というよりは、戦士って感じだ。……じゃあ何か、全くのムダ働きだったのか?」
 もしそうなら、バカバカしくなる。
「だとしても、あの替え玉は邪魔だわ」
「おいおい、お前さんの気持ちも分かるが、ここは冷静になって、本物の居所を探った方が、いいんじゃないのか?」
「そうね……」
 と、ウンディーネは右手親指の爪先を、カツカツと音をさせて歯に当てる。
 代わりにサラマンダーが言った。
「順当に考えたら、シーレンベック領、その市壁内にあるゴットフリートの両親、通称・大シーレンベックが住んでる邸宅だろうが」
「そうね……」
「あるいは、市壁外にある邸宅、例えばバルヒェット騎爵の邸宅か」
「そうね……」
 まったく気のない返事だ。どうやらウンディーネの頭の中にあるのは、あの「アストリット」への報復だけらしい。
 気持ちは分からないでもない。おそらく“仕事”に失敗したことなど、この数年、ないのだろう。それが、あの水路通りではいいようにあしらわれ、ノルデンでは最大の武器である脚を封じられ、殺られる寸前まで行った。もし自分が同じ立場なら、やはりまずは、あの「アストリット」の抹殺を考えるに違いない。
 少し置いて、サラマンダーは言った。
「わかったよ。まずは、あの替え玉の抹殺だ。だが、向こうには頭のいい奴がついてるんだろう? じゃあ、こっちも何か、うまい手を考えないとな。その前に、晩飯にしようぜ」
 そして、紙包みをウンディーネに挿しだし、自分は棚に置いてある安ワインとグラスを取りに行った。


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