トラウトマンさんの調査報告を受けて、ゴットフリートさんがハインリヒへの手紙を早馬で届け、お昼前に会議室に一同が揃った。 いるのは、あたし、ゴットフリートさん、ヴィンフリート(真)、イルザ、ハインリヒ、そしてトラウトマンさん。 ゴットフリートさんが深刻な表情で言った。 「どうやら、あの男が本当のスパイだったようだな。しかも王都から送られてきた」 ハインリヒが頷く。 「そうですね。トラウトマン卿の話では、サラマンダーを匿(かくま)っていたとのこと。となると、サラマンダーを抱えるか背負うかして、塀を跳び越えたことになる。ひょっとすると、その男も『ユミルの脚』を持っているのかも知れない」 「え? ちょっと待って? 『ユミルの脚』はウンディーネが持ってるよね?」 ハインリヒが腕を組み、唸る。 「もしかすると、『力を分ける』といった秘術があるのかも知れない。少なくとも、こちらにある魔術書にはそのような記述はないから、断言は出来ないが」 ちょっと考えてみる。で。 「もし『力を分ける』ことが出来るんだったら、向こうが持ってるパーツの力が、ウンディーネとかサラマンダー、それから、あの男も丸々、手に出来るってこと? それってヤバくない?」 「そうだな。確かに、ミカの危惧も考慮すべきだと思う。だが、その可能性は低いと、私は思う」 そう、ハインリヒは答えた。 「なんで?」 「完全に推測でしかないが、信頼関係を築いた訳ではない金で雇っただけの殺し屋に、そこまでの力は与えないんじゃないか?」 トラウトマンさんが頷く。 「サー・ハインリヒの仰る通りです。ウンディーネどもが異能を手にしているのは、おそらくミカ殿が侮らざるべき相手と分かったからに過ぎず、必要最低限の力に留めているものと考えた方がよろしいですな」 ゴットフリートさんも頷いて言った。 「うむ。では、その前提で話を進めよう。ミカやイザベラの話では、例の男はイザベラに剣で攻撃しなかったということだが?」 イザベラがいないんで、あたしが答える。 「体勢が崩れたイザベラの頸(くび)、目がけて剣を振り下ろしたんだけど、直前で止めてました。なんか、無理矢理止めたって感じでした」 トラウトマンさんが言った。 「ということは、騎士階級の者かも知れんな」 「え? どういうことですか?」 あたしが聞くと、トラウトマンさんが答えた。 「我々騎士は、主(あるじ)に対して忠誠を誓っている。だが、それとは別に護るべきことがいくつかある。その中に『婦女子を護ること』というものがあります。それは例え敵であろうと、婦女子と分かった時点で剣を引かねばならぬという、それほど強く気高いものなのですよ」 「へえ、そうなんだ……。なんか戦闘の場面だと、足枷(あしかせ)になりそうですよね」 あたしがそう言うと、トラウトマンさんはキリッとした表情で言った。 「いえ! 例えどのような状況であろうとも、男は婦女子を護るべきものなのです!」 うわあ……。前時代的だなあ……。あ、中世時代か。 咳払いをして、ゴットフリートさんが言った。 「すまない、私から聞いておいて申し訳ないが、相手の素性の詮索はひとまず、置いておこう。そもそもあの男は、王都の政治犯収容所が満杯だから、と代理で収監していた男だ。名は、クーフリン。出身地など、すべてについて黙秘しているとのことだった」 謎の男。素で気持ち悪いわ。でも。 「それだったら、ゴットフリートさん、あの男をダシにして王都に乗り込むっていうのは、どうですか? うまくしたら、あたしを殺そうとしてるっていうのを他の貴族に訴えたりとか、出来るかも?」 うん、我ながら、名案! イルザが困ったような笑みであたしに言った。 「そんなことをすれば、向こうは、こちらの管理不行き届きで政治犯に逃亡された、ということだけを前面に出してきます。よした方がいいですね」 「ああ、そうか」 いい考えだと思ったのに、と思って適当に視線を泳がすと、ドライアイス並みに冷たい目をしたヴィンフリート(真)と目が合った。 フンッ、と軽く鼻から息を漏らして、ヴィンフリート(真)が言う。 「姉上はこの上なく聡明なお方です。そのような愚かなことを考えるはずがない。というか、これ以上、姉上の顔と声で、バカな発言を繰り返すのは止(や)めていただきたい!」 うがっ!! 「ユミルの右腕」でブン殴ってやろうかしら、コイツ!?
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