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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第65回   さて、どうしたものか
 トラウトマンさんの調査報告を受けて、ゴットフリートさんがハインリヒへの手紙を早馬で届け、お昼前に会議室に一同が揃った。
 いるのは、あたし、ゴットフリートさん、ヴィンフリート(真)、イルザ、ハインリヒ、そしてトラウトマンさん。
 ゴットフリートさんが深刻な表情で言った。
「どうやら、あの男が本当のスパイだったようだな。しかも王都から送られてきた」
 ハインリヒが頷く。
「そうですね。トラウトマン卿の話では、サラマンダーを匿(かくま)っていたとのこと。となると、サラマンダーを抱えるか背負うかして、塀を跳び越えたことになる。ひょっとすると、その男も『ユミルの脚』を持っているのかも知れない」
「え? ちょっと待って? 『ユミルの脚』はウンディーネが持ってるよね?」
 ハインリヒが腕を組み、唸る。
「もしかすると、『力を分ける』といった秘術があるのかも知れない。少なくとも、こちらにある魔術書にはそのような記述はないから、断言は出来ないが」
 ちょっと考えてみる。で。
「もし『力を分ける』ことが出来るんだったら、向こうが持ってるパーツの力が、ウンディーネとかサラマンダー、それから、あの男も丸々、手に出来るってこと? それってヤバくない?」
「そうだな。確かに、ミカの危惧も考慮すべきだと思う。だが、その可能性は低いと、私は思う」
 そう、ハインリヒは答えた。
「なんで?」
「完全に推測でしかないが、信頼関係を築いた訳ではない金で雇っただけの殺し屋に、そこまでの力は与えないんじゃないか?」
 トラウトマンさんが頷く。
「サー・ハインリヒの仰る通りです。ウンディーネどもが異能を手にしているのは、おそらくミカ殿が侮らざるべき相手と分かったからに過ぎず、必要最低限の力に留めているものと考えた方がよろしいですな」
 ゴットフリートさんも頷いて言った。
「うむ。では、その前提で話を進めよう。ミカやイザベラの話では、例の男はイザベラに剣で攻撃しなかったということだが?」
 イザベラがいないんで、あたしが答える。
「体勢が崩れたイザベラの頸(くび)、目がけて剣を振り下ろしたんだけど、直前で止めてました。なんか、無理矢理止めたって感じでした」
 トラウトマンさんが言った。
「ということは、騎士階級の者かも知れんな」
「え? どういうことですか?」
 あたしが聞くと、トラウトマンさんが答えた。
「我々騎士は、主(あるじ)に対して忠誠を誓っている。だが、それとは別に護るべきことがいくつかある。その中に『婦女子を護ること』というものがあります。それは例え敵であろうと、婦女子と分かった時点で剣を引かねばならぬという、それほど強く気高いものなのですよ」
「へえ、そうなんだ……。なんか戦闘の場面だと、足枷(あしかせ)になりそうですよね」
 あたしがそう言うと、トラウトマンさんはキリッとした表情で言った。
「いえ! 例えどのような状況であろうとも、男は婦女子を護るべきものなのです!」
 うわあ……。前時代的だなあ……。あ、中世時代か。
 咳払いをして、ゴットフリートさんが言った。
「すまない、私から聞いておいて申し訳ないが、相手の素性の詮索はひとまず、置いておこう。そもそもあの男は、王都の政治犯収容所が満杯だから、と代理で収監していた男だ。名は、クーフリン。出身地など、すべてについて黙秘しているとのことだった」
 謎の男。素で気持ち悪いわ。でも。
「それだったら、ゴットフリートさん、あの男をダシにして王都に乗り込むっていうのは、どうですか? うまくしたら、あたしを殺そうとしてるっていうのを他の貴族に訴えたりとか、出来るかも?」
 うん、我ながら、名案!
 イルザが困ったような笑みであたしに言った。
「そんなことをすれば、向こうは、こちらの管理不行き届きで政治犯に逃亡された、ということだけを前面に出してきます。よした方がいいですね」
「ああ、そうか」
 いい考えだと思ったのに、と思って適当に視線を泳がすと、ドライアイス並みに冷たい目をしたヴィンフリート(真)と目が合った。
 フンッ、と軽く鼻から息を漏らして、ヴィンフリート(真)が言う。
「姉上はこの上なく聡明なお方です。そのような愚かなことを考えるはずがない。というか、これ以上、姉上の顔と声で、バカな発言を繰り返すのは止(や)めていただきたい!」
 うがっ!! 「ユミルの右腕」でブン殴ってやろうかしら、コイツ!?


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