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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第61回   謎の騎士、それは……
 謎の騎士に蹴り飛ばされ、石畳に転がったヴィンフリートは、痛む腹と腰をさすりながら立ち上がった。文句を言おうと思ったが、その後の展開を見て、騎士が自分を護ろうとしてくれたことに気づいた。
「若、ご無事でしたか!」
 仲間の騎士たちが駆けつけ、声をかけてきた。
「ああ、無事だ」
「この辺りは迷路のようになっているから、我々から離れぬようにと、あれほど申しましたのに」
 中年の鼻ヒゲを生やした騎士が言う。
「すまない」
 なんとしてもこの手で姉に対する脅威を排除したくて、単独行動をとったとは、さすがに言えない。
 その時、父・ゴットフリートがやって来た。
「無事だったか、ヴィンフリート」
「はい。ご心配をおかけしました、父上」
 一礼してから問う。
「時に、あの者……私を救ってくれたあの者は?」
「ん? ああ、あの者は……」
 父が答えるより早く、駆けつけてきた騎士の何人かが、女騎士を見て、声を上げた。
「アアアーッ!? お、お前はァァァッ!?」
 声を上げた騎士たちを見る。その中の一人、屋敷勤めをしている騎士・ミレッカー騎爵と目が合った。
 ミレッカーが驚きを隠せぬ表情で言った。
「若、こやつです、メイドとして潜り込み、アストリット様の暗殺を目論んでいた不届き者は!!」
「なんだとォ!?」
 先刻までの感謝の思いはどこへやら、ヴィンフリートの頭に、一気に血が上った。そして剣の柄を握る手に力がこもる。
 別の騎士が言った。
「アメリア、貴様、処刑されたはずでは!?」
 アメリア、と、その騎士は言った。確か、今、愛しい姉の体を乗っ取っている意識の持ち主が、その名前を出していた。
「処刑? 父上、どういうことですか、これは?」
 まったく話が見えない。ここは、父・ゴットフリートに聞いた方が話が早そうだ。
「うむ」と頷いてから、父は言った。
「確かに、非公開の縛り首にする、という話になっていた。だが、イルザがこう申し出てきたのだ。『金で雇われているなら、それ以上の報酬を提示すればこちら側になびくのではないか? 自分が自白作用のある香で聞き出した限り、この女は雇い主にも依頼主にも、まったく忠誠心は持っていない。だったら、前金及び成功報酬以上の額を提示してやればよい。そして、秘密裏にアストリットを護らせよう。謎の守り手ということにすれば、敵も警戒し、動きが鈍るはず。その間に、暗殺の依頼主の正体を掴もう』と」
「なるほど、そうでしたか」
 と答え、ヴィンフリートは言った。
「アメリアとやら、姉上の守護者になってくれたことには感謝する。だが今は、この僕、ヴィンフリート・フォン・シーレンベックがいる。僕一人いれば十分だ! つまり、お前はもう用済み! ここからは姉上のお命を狙った暗殺者として、僕がこの手で処刑する!」
 父が額に手をやってため息をつくのが見えたが、気にせず、ヴィンフリートは言った。
「せめて神に祈る時間ぐらいは、くれてやる」
 それを聞き、アメリアは肩をすくめ、おおげさに首を横に振りながら嘲笑を浮かべて言った。
「いいのかしら? 私、あなたたちを三回も救っている大恩人なんだけど?」
「三回?」
 ヴィンフリートが問うと、アメリアはわざとらしく思い出す素振りを見せながら言った。
「一回目はバザールの時。私がいなかったら、あなたのお姉様は、天に召されていたわ。二回目は……。先回りをするつもりだったけど、道を間違えちゃってね。でも、そのおかげでサラマンダーの正体が分かったの。それをヴィンフ……じゃない、イルザって娘にチクったわ」
「影武者」といわなかったのは、配慮のつもりだろうか? ヴィンフリートの影武者のことを知っている者は、屋敷の中でも多くはない。
「そして、三回目、たった今よ。私がいなかったら、あなた、死んでたわ。私を生かすように言ったイルザと、今日、密かにあなたのあとをつけて護衛するように言いつけた、あなたのお父様と、この私に感謝するのね」
 と、ニヤリとし、わざわざ「この私」のところで声を大きくしたアメリアに、父が言った。
「今日、お前に役目を任せるように言ったのも、イルザだ」
 なるほど、イルザはかなり頭の回転は速いようだ。軍略家に向いているかも知れない。
「そうか、僕のあとを尾(つ)いてきていたのか。そんな甲冑に身を包んでいながら、全然気がつかなかった」
 アメリアは大げさにため息をつき、困ったような表情になって言った。
「私の生業(なりわい)は、暗殺者よ? 標的(ターゲット)に気づかれるようなヘマなんて、やらかすわけないでしょ? バカじゃないの?」
「父上」
「なんだ、ヴィンフリート」
「確かに、このアメリアという女は、優れた守護者のようです。恩義もあります。ですが! 僕に『バカ』などという暴言を吐くとは、シーレンベック家を愚弄したも同然です! どうか、この女と決闘することを、ご許可願いたい!」
 今度は、ゴットフリートがため息をついて、困ったような表情になった。だが。
「一同、撤収の用意を! 残った油は、シュターデ商会で精算の上、当屋敷の買い取りとする! よって、担当の者はシュターデ商会に寄ることを忘れるな!」
「父上!」
 ヴィンフリートのことは無視することにしたようだ。


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