謎の騎士に蹴り飛ばされ、石畳に転がったヴィンフリートは、痛む腹と腰をさすりながら立ち上がった。文句を言おうと思ったが、その後の展開を見て、騎士が自分を護ろうとしてくれたことに気づいた。 「若、ご無事でしたか!」 仲間の騎士たちが駆けつけ、声をかけてきた。 「ああ、無事だ」 「この辺りは迷路のようになっているから、我々から離れぬようにと、あれほど申しましたのに」 中年の鼻ヒゲを生やした騎士が言う。 「すまない」 なんとしてもこの手で姉に対する脅威を排除したくて、単独行動をとったとは、さすがに言えない。 その時、父・ゴットフリートがやって来た。 「無事だったか、ヴィンフリート」 「はい。ご心配をおかけしました、父上」 一礼してから問う。 「時に、あの者……私を救ってくれたあの者は?」 「ん? ああ、あの者は……」 父が答えるより早く、駆けつけてきた騎士の何人かが、女騎士を見て、声を上げた。 「アアアーッ!? お、お前はァァァッ!?」 声を上げた騎士たちを見る。その中の一人、屋敷勤めをしている騎士・ミレッカー騎爵と目が合った。 ミレッカーが驚きを隠せぬ表情で言った。 「若、こやつです、メイドとして潜り込み、アストリット様の暗殺を目論んでいた不届き者は!!」 「なんだとォ!?」 先刻までの感謝の思いはどこへやら、ヴィンフリートの頭に、一気に血が上った。そして剣の柄を握る手に力がこもる。 別の騎士が言った。 「アメリア、貴様、処刑されたはずでは!?」 アメリア、と、その騎士は言った。確か、今、愛しい姉の体を乗っ取っている意識の持ち主が、その名前を出していた。 「処刑? 父上、どういうことですか、これは?」 まったく話が見えない。ここは、父・ゴットフリートに聞いた方が話が早そうだ。 「うむ」と頷いてから、父は言った。 「確かに、非公開の縛り首にする、という話になっていた。だが、イルザがこう申し出てきたのだ。『金で雇われているなら、それ以上の報酬を提示すればこちら側になびくのではないか? 自分が自白作用のある香で聞き出した限り、この女は雇い主にも依頼主にも、まったく忠誠心は持っていない。だったら、前金及び成功報酬以上の額を提示してやればよい。そして、秘密裏にアストリットを護らせよう。謎の守り手ということにすれば、敵も警戒し、動きが鈍るはず。その間に、暗殺の依頼主の正体を掴もう』と」 「なるほど、そうでしたか」 と答え、ヴィンフリートは言った。 「アメリアとやら、姉上の守護者になってくれたことには感謝する。だが今は、この僕、ヴィンフリート・フォン・シーレンベックがいる。僕一人いれば十分だ! つまり、お前はもう用済み! ここからは姉上のお命を狙った暗殺者として、僕がこの手で処刑する!」 父が額に手をやってため息をつくのが見えたが、気にせず、ヴィンフリートは言った。 「せめて神に祈る時間ぐらいは、くれてやる」 それを聞き、アメリアは肩をすくめ、おおげさに首を横に振りながら嘲笑を浮かべて言った。 「いいのかしら? 私、あなたたちを三回も救っている大恩人なんだけど?」 「三回?」 ヴィンフリートが問うと、アメリアはわざとらしく思い出す素振りを見せながら言った。 「一回目はバザールの時。私がいなかったら、あなたのお姉様は、天に召されていたわ。二回目は……。先回りをするつもりだったけど、道を間違えちゃってね。でも、そのおかげでサラマンダーの正体が分かったの。それをヴィンフ……じゃない、イルザって娘にチクったわ」 「影武者」といわなかったのは、配慮のつもりだろうか? ヴィンフリートの影武者のことを知っている者は、屋敷の中でも多くはない。 「そして、三回目、たった今よ。私がいなかったら、あなた、死んでたわ。私を生かすように言ったイルザと、今日、密かにあなたのあとをつけて護衛するように言いつけた、あなたのお父様と、この私に感謝するのね」 と、ニヤリとし、わざわざ「この私」のところで声を大きくしたアメリアに、父が言った。 「今日、お前に役目を任せるように言ったのも、イルザだ」 なるほど、イルザはかなり頭の回転は速いようだ。軍略家に向いているかも知れない。 「そうか、僕のあとを尾(つ)いてきていたのか。そんな甲冑に身を包んでいながら、全然気がつかなかった」 アメリアは大げさにため息をつき、困ったような表情になって言った。 「私の生業(なりわい)は、暗殺者よ? 標的(ターゲット)に気づかれるようなヘマなんて、やらかすわけないでしょ? バカじゃないの?」 「父上」 「なんだ、ヴィンフリート」 「確かに、このアメリアという女は、優れた守護者のようです。恩義もあります。ですが! 僕に『バカ』などという暴言を吐くとは、シーレンベック家を愚弄したも同然です! どうか、この女と決闘することを、ご許可願いたい!」 今度は、ゴットフリートがため息をついて、困ったような表情になった。だが。 「一同、撤収の用意を! 残った油は、シュターデ商会で精算の上、当屋敷の買い取りとする! よって、担当の者はシュターデ商会に寄ることを忘れるな!」 「父上!」 ヴィンフリートのことは無視することにしたようだ。
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