「カハッ!?」 何かがヴィンフリートの背後から飛んできて、左のこめかみをかすめた。制動をかけつつ、身をひねってヴィンフリートから離れる。石畳に落ちている、飛んできたものを確認すると、それはダガーだった。 こめかみに手をやると、ぬらりと生暖かい液体の感触がある。いつもならこんなヘマはしない。ヴィンフリートにばかり意識が集中していた。とんだ失態だ。 憎悪を込めてダガーが飛んできた方を見る。一人の騎士が剣を抜きつつ、こちらに歩み寄ってきていた。あの時の甲冑の騎士だ。 「貴様ァ……一度ならず、二度までも!」 騎士は、ヴィンフリートをかばうような位置に立つ。 ウンディーネの背後にも、あの少年がやって来た。 「火の手が上がらなかったことで、何かあったと知れたはず。騎士たちがこっちに集まると面倒だ」 「わかってるわ。でも、せめてヴィンフリートだけは……!」 「わかった。だが、駆け足の音が近づいている。時間はない」 位置的に考えれば、ヴィンフリートを倒したくば、あの騎士を倒すのが先になる。悩んでいる暇(いとま)はない。頭上を越え、ヴィンフリートを蹴り殺す! 一瞬で判断し、ジャンプする。そして宙で身をひねってヴィンフリートの背後に立った……はずだった! 「!? ヌウッ!?」 振り返った騎士がヴィンフリートを蹴り飛ばし、剣を構えたのだ! この動き、こちらの動きを読んでいたとしか思えない。 「ならばッ!」 予定変更、この場で邪魔者を一人、殺(け)す! ウンディーネは相手が突き出してきた剣の切っ先を、左足の親指と人差し指で挟むと、左ひざを折って上半身を大きく左に振り、右足で騎士の兜(かぶと)を蹴る! 出来るなら今の挙動に驚いている、その面(つら)を拝みたいが、この蹴りを受けてはそれは叶わない。なぜなら一撃で兜は変形し、砕け、その下の顔も骨が粉々になって原形をとどめないからだ。 勝利を確信した時。 蹴りが兜に届く瞬間、騎士が剣を手放し、身を屈めたのだ。そのせいでクリーンヒットとはならなかったが、かろうじて兜の頭頂部を蹴ることは出来た。 弾みで、兜が跳ね飛ぶ。 その下にあったのは、セミロングの金髪、そして若い女の顔。体型から女だと推測できていたが、やはり女だったか。 左足の指で挟んだ剣を宙に放り、背で受け身を取って、両脚を大きく振って体に回転をつけ、両腕で地面を叩いて起き上がる。 改めてその顔を見た。精悍ながらも整った面貌。ひょっとすると、アストリットやヴィンフリートなど、フォン・シーレンベックの家族を護る直属の騎士かも知れない。 その時、前方からも背後からも、駆け足の音と鎧のこすれる音が迫ってきた。それだけではない、荷車の車輪の音もする。 「ここは引くぞ!」 少年が叫ぶ。 悔しいが、そうするしかない。荷車の音がするということは、まだ油を用意しているのかも知れない。もしまた流されたら、今度こそ終わりかも知れない。 ウンディーネは少年と合流し、逃走した。
ノルデンを出て、街道を外れ、草深いところへ身を潜める。落ち着いた頃、少年が笑顔を浮かべて言った。 「初めまして、だね、ウンディーネ」 ウンディーネは思わず身構える。 少年は肩をすくめる。 「騎士たちが言ってたんだ、ウンディーネがどうの、って」 「なんだ、そう……」 そして少年が、木で出来た右足の甲を開き、油紙の覆いを取ってみせる。そこにあるのは魔法円。そして「サラマンダー」のところに赤黒い拇印があった。 「…………。そうだったの」 「まあね。ところで、聞いていいかい? 君、俺たち四人が顔を合わせない理由、知ってる? どうにも解(げ)せないんだよね、このあたり」 「私も知らない。でも、今は見当ならつくわ」 「へえ? 見当って?」 「先代のウンディーネ、騎士階級の人間だったの。だとすると、どんな階級の人間がいるか分からない。よからぬことを考える奴も出てくるかも知れないでしょ、例えば、殺し屋を引退した後で、それをネタに脅してくる奴とか?」 「なるほど。よくある話だ」 とにかく、今後の対策を練らないとならない。 ウンディーネはサラマンダーと共闘することにし、とりあえず適当なところに腰を落ち着けるべく、歩き出した。
もっとも、お尋ね者に、腰を落ち着ける場所など、ないのだが。
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