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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第60回   〔長尺版〕ノルデンでの襲撃・W
「カハッ!?」
 何かがヴィンフリートの背後から飛んできて、左のこめかみをかすめた。制動をかけつつ、身をひねってヴィンフリートから離れる。石畳に落ちている、飛んできたものを確認すると、それはダガーだった。
 こめかみに手をやると、ぬらりと生暖かい液体の感触がある。いつもならこんなヘマはしない。ヴィンフリートにばかり意識が集中していた。とんだ失態だ。
 憎悪を込めてダガーが飛んできた方を見る。一人の騎士が剣を抜きつつ、こちらに歩み寄ってきていた。あの時の甲冑の騎士だ。
「貴様ァ……一度ならず、二度までも!」
 騎士は、ヴィンフリートをかばうような位置に立つ。
 ウンディーネの背後にも、あの少年がやって来た。
「火の手が上がらなかったことで、何かあったと知れたはず。騎士たちがこっちに集まると面倒だ」
「わかってるわ。でも、せめてヴィンフリートだけは……!」
「わかった。だが、駆け足の音が近づいている。時間はない」
 位置的に考えれば、ヴィンフリートを倒したくば、あの騎士を倒すのが先になる。悩んでいる暇(いとま)はない。頭上を越え、ヴィンフリートを蹴り殺す!
 一瞬で判断し、ジャンプする。そして宙で身をひねってヴィンフリートの背後に立った……はずだった!
「!? ヌウッ!?」
 振り返った騎士がヴィンフリートを蹴り飛ばし、剣を構えたのだ! この動き、こちらの動きを読んでいたとしか思えない。
「ならばッ!」
 予定変更、この場で邪魔者を一人、殺(け)す!
 ウンディーネは相手が突き出してきた剣の切っ先を、左足の親指と人差し指で挟むと、左ひざを折って上半身を大きく左に振り、右足で騎士の兜(かぶと)を蹴る! 出来るなら今の挙動に驚いている、その面(つら)を拝みたいが、この蹴りを受けてはそれは叶わない。なぜなら一撃で兜は変形し、砕け、その下の顔も骨が粉々になって原形をとどめないからだ。
 勝利を確信した時。
 蹴りが兜に届く瞬間、騎士が剣を手放し、身を屈めたのだ。そのせいでクリーンヒットとはならなかったが、かろうじて兜の頭頂部を蹴ることは出来た。
 弾みで、兜が跳ね飛ぶ。
 その下にあったのは、セミロングの金髪、そして若い女の顔。体型から女だと推測できていたが、やはり女だったか。
 左足の指で挟んだ剣を宙に放り、背で受け身を取って、両脚を大きく振って体に回転をつけ、両腕で地面を叩いて起き上がる。
 改めてその顔を見た。精悍ながらも整った面貌。ひょっとすると、アストリットやヴィンフリートなど、フォン・シーレンベックの家族を護る直属の騎士かも知れない。
 その時、前方からも背後からも、駆け足の音と鎧のこすれる音が迫ってきた。それだけではない、荷車の車輪の音もする。
「ここは引くぞ!」
 少年が叫ぶ。
 悔しいが、そうするしかない。荷車の音がするということは、まだ油を用意しているのかも知れない。もしまた流されたら、今度こそ終わりかも知れない。
 ウンディーネは少年と合流し、逃走した。

 ノルデンを出て、街道を外れ、草深いところへ身を潜める。落ち着いた頃、少年が笑顔を浮かべて言った。
「初めまして、だね、ウンディーネ」
 ウンディーネは思わず身構える。
 少年は肩をすくめる。
「騎士たちが言ってたんだ、ウンディーネがどうの、って」
「なんだ、そう……」
 そして少年が、木で出来た右足の甲を開き、油紙の覆いを取ってみせる。そこにあるのは魔法円。そして「サラマンダー」のところに赤黒い拇印があった。
「…………。そうだったの」
「まあね。ところで、聞いていいかい? 君、俺たち四人が顔を合わせない理由、知ってる? どうにも解(げ)せないんだよね、このあたり」
「私も知らない。でも、今は見当ならつくわ」
「へえ? 見当って?」
「先代のウンディーネ、騎士階級の人間だったの。だとすると、どんな階級の人間がいるか分からない。よからぬことを考える奴も出てくるかも知れないでしょ、例えば、殺し屋を引退した後で、それをネタに脅してくる奴とか?」
「なるほど。よくある話だ」
 とにかく、今後の対策を練らないとならない。
 ウンディーネはサラマンダーと共闘することにし、とりあえず適当なところに腰を落ち着けるべく、歩き出した。

 もっとも、お尋ね者に、腰を落ち着ける場所など、ないのだが。


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