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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第53回   イルザの作戦、大当たりだわ!
 ハインリヒが時計の使い方について説明を始めた。
「今、この時計は魔術的に『クリア』な状態にしてある。ここから君専用に調律する」
 そう言って、ハインリヒは風防に指を当て、左側を支点にして時計の上方向に九十度以上、回転させた。そして銀色の長針を、ルビー色の文字盤に対して九十度、起こす。
「この長針に君の指を指して、血をつけて欲しい」
「え? あたし、糖尿病じゃないから血糖値を計る必要ないわよ?」
「え? 血をつけることと、糖尿病と、何か関係があるのか?」
「……あたしの世界じゃ、血糖値っていって、なんだったかな、伯父さんが検査キット使って指先に針を刺して……。ゴメン、よく覚えてないわ」
 ハインリヒが少し残念そうな表情をしたけど、気を取り直したようにあたしに長針の先で指を刺すように促す。
 あたしはあたしで、ボケたつもりの話がなんかマジな話になりそうだったんで、ちょっと気まずい思いをしながら、長針で左手の人差し指の先端を刺した。
 ちょっとチクッとしたけど、そんなに痛いってほどじゃなかった。なのに、思った以上に血が垂れてて、ビビってると、ハインリヒが小さく呪文の様なものを唱えた。
 よく聞き取れなかったけど、最後に「エイメン」って言ったのはわかった。すると、銀色の長針を伝って文字盤に流れたあたしの血は、まるでスポンジに染みこんでいくかのように、文字盤に吸い込まれた!
 これまでいろいろと体験して、いい加減、こういうことに慣れててもいいのに、あたし、ギョッとなって裏返ったような声が喉から出ちゃった。
 ハインリヒがちょっとだけ笑って、針を戻すと、風防も戻して言った。
「これで、この時計は君専用になった。あとは竜頭を動かして、君自身の手で時間を合わせて欲しい。そうすれば、この時計の術が発動する」
「うん、わかった」
 あたしは会議室にある柱時計を見て、竜頭を回した。
 回しながら、ふと思い出したことがあったので、あたしは言った。
「そういえばさ、一緒に旅に出た人がいた、ってイルザから聞いたんだけど、このアイテムが一つっきりだったら、その人たちには効力ないよね?」
「ああ、それなら」と、ハインリヒは言った。
「君が言う『周回』を重ねる中で、何周目の時だったかな……?、こちらの邸宅にはスパイがいるらしいということになったので、民間から募った、外国への使節団を装ったんだ、私とシーレンベック卿との二人だけの合意でね。もちろん、今回も。だから、シーレンベック領を出た直後、同行した者たちは変装を解き、戻ってきた」
「スパイ、か……」
 アメリアとか、サラマンダーとか、リタとか、いろいろ居たもんなあ……。
 そう思っていた時。
 会議室のドアがノックされた。ゴットフリートさんが入室の許可を出すと、入ってきたのは、お屋敷の警護長、トラウトマンさん。
「失礼します。ノルデンの行政代行官から、早馬で連絡が参りました。……ウンディーネが現れたとのことです」
「そうか」
 と、ゴットフリートさんが厳しい顔をする。あたしは驚いてた。
「……すごい、また、イルザの作戦、大当たりだわ……」
 以前、ウンディーネがノルデンに潜んでるっていうんで、その付近で動き回って、あと少しっていうところまでヤツを追い詰めたけど、逃げられたっていうことがあった(……んだって。あたしはその場にいなかったから、話、聞いただけなんだけど)。その時、ウンディーネはもうノルデンには戻らないだろうから、また「襲撃待ち」に入らないとならないのかなって思ってたら、イルザがこんな作戦を立てたんだ。

「ノルデンを包囲するように、周辺の町や村に一斉に捜索をかけましょう。それを一定期間、続ければ、奴は我々が『もうノルデンにウンディーネが戻ることはないと判断した』と考えるはず。また、そうすることで同時に奴を遠く離れた場所へ移動できないように、そして周辺の町に潜伏できないようにします。そうすれば、程(ほど)なくして奴はノルデンに戻り、潜伏するはずです。なので、平行してノルデンにも、秘密裏に似顔絵を回し、ウンディーネの顔を知っている者で網を張ります。必ず、奴は、かかります。そこを押さえれば」

 その時は「そんなにうまくいくかなあ?」って思ってたけど!
 ほんとに、すごいわ、イルザって!
 ゴットフリートさんが立ち上がる。
「よし、急いでノルデンに向かおう」
 ヴィンフリート(真)も立ち上がる。
「僕も行きます! 姉上の命を狙う不埒(ふらち)者は、僕がこの手で成敗してやります!」
「じゃあ、あたしも……」と言いかけたら、ヴィンフリート(真)がこっちを睨んで大きな声で、一語一語、ハッキリと言った。
「あなたはここに残って下さい!」
「……いや、でも、ヤツの脚に対抗するには……」
「聞こえませんでしたか? あなたはここに残って下さい!」
「………………」
「あなたの体は姉上の体、毫末(ごうまつ)ほどの傷も姉上のお肌につけるわけには、いかないのです!」
「…………………………」
「わ・か・り・ま・し・た・ね!?」
「あ、ああ、え、えと、う、うん。了解、だわ……」
 ゴットフリートさんが咳払いをして、言った。
「と、とにかく。支度をするぞ、ヴィンフリート」
「かしこまりました」
 一礼し、会議室を出ようとして、もう一度あたしを見て、何故か「チッ」と舌打ちをしてヴィンフリート(真)は会議室を出た。
 ちょっとおいて。
 ゴットフリートさんが言った。
「すまない、ミカ。幼い頃からヴィンフリートは、アストリットと一緒に過ごすことが多かった上に、私もことあるごとに『アストリットを護ってやってくれ』と言い聞かせていたからな、どうにも、姉を慕う、という以上の感情をヴィンフリートは抱いてしまっているようだ」
「ああ、それはなんとなく感じました」
 苦笑いで答えると、あたしは聞いた。
「そうだ、イルザはここの敷地の北東の林にいるんですよね?」
「ああ。イルザの所に行くのか?」
「はい、何か、目印とかありますか?」
「そういったものはないな。だが、行けばわかる」と、ゴットフリートさんは笑顔になった。
「彼女も、ミカが行けば喜ぶだろう」
 あたしも笑顔を浮かべて頷いた。彼女とは、アストリットと弟のヴィンフリート、っていう表向きの関係とは違う、不思議な友情の様なものを感じているんだ。


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