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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第52回   あたしが見てるのは、もしかして記録映像……?
「では、サー・ハインリヒ、『イグドラシルの秘法』が発動していると?」
 シーレンベック邸の会議室に、ゴットフリートさん、ハインリヒ、ヴィンフリート、そして、あたしがいる。あたしは、会議室の天井近くにいて、みんなを見下ろしている感じだ。今の言葉は、ゴットフリートさんのものだ。
「ええ」
 ハインリヒが頷く。
「うーん」と唸って腕を組み、ゴットフリートさんが言った。
「だが、私にはその記憶はない。確かにアストリットには『イグドラシルの秘法』を施した。だから、その記憶を引き継げるはずなのだが?」
「ですが、私は前の記憶を引き継いでいます。念のため、この先に起きることを、メモしておきました。あとでご確認下さい。一致しているはずです」
 と、ハインリヒは封筒をゴットフリートさんに手渡す。
「ああ、わかった。しかし、卿の高祖母が残した秘術の中に、『イグドラシルの秘法』の影響を受けないものがあったとはな」
 頷いて、ハインリヒは言った。
「もしかすると、『ラグナロク』が動いているのかも知れません」
 と、ハインリヒは「ラグナロク」について説明する。
「本当に『ラグナロク』が動いているのか、だとしたら、その正体が何者なのか、それはわかりません。ですが、表向き、特に殺される理由のないアストリットが、何度も暗殺者に殺害されたことから見て、まず、間違いないでしょう」
 あたしが口を両手で覆い、小刻みに震える。
「そ、そんな、わ、私、暗殺者に殺されたのですか……?」
「ああ。その理由は、おそらく君が持っている創世の巨人『ユミル』のパーツにある。初めて君を見た時に、感じたんだ。君の中に『ユミル』の何かがある、と」
 あたしが、手を下ろし、沈んだ表情で言った。
「では、ハインリヒ様が私を選んで下さったのは、『それ』が目的だったのですね……」
 そうか、ハインリヒがアストリットを婚約者に選んだのは、ユミル絡みだったからか……。
「それは違う!!」
 ハインリヒが強い意志の籠もった声で言った。肩をちょっとだけビクッとさせてあたしがハインリヒを見る。
「アストリット、そんなものに関係なく、私は君を愛している! この気持ちは本物だ!」
 うわあ、よくやるわ、ゴットフリートさんとか、ヴィンフリートがいるのに。もしかして、当たり前なのかしら、この世界では?
 あたしが目を潤ませる。
「ハインリヒ様……」
 うん! あれ、あたしじゃないわ。あたしの意識が宿る前の、オリジナルのアストリットだわね。
 ……そうか、確か、ゴットフリートさん、言ってたっけ? 初めて「イグドラシルの秘法」が発動したのは、シルフことアメリアに殺された時だったって。ということは、今の話に出てきた「暗殺者」ってアメリアのことか。
 ゴットフリートさんが咳払いして、言った。
「あー。話を戻してもらって、よろしいかな、サー・ハインリヒ?」
 バツが悪そうに、ちょっとだけハインリヒは、あたふたしたような素振りをして……ああ、やっぱりこの世界でも普通じゃないんだわ、あの対応は……、咳払いをして話を再開する。
「『ラグナロク』の野望をくじくには、その正体を暴いて倒すのが一番ですが、その正体がつかめない現状では、『ユミル』、その最重要パーツである『脳髄』と『心臓』を封じるのが、最良の方法です。そのための『武器』を手に入れる必要があります」
 ゴットフリートさんが聞く。
「その『武器』とは?」
「『スルトの剣』と呼ばれるものです。ですが、大まかな地域が分かるだけで、どこにあるのか、詳しくは分からないのです。我が家門から信頼の置ける騎士を派遣し……」
「僕も行きましょう!」
 ハインリヒの言葉を遮り、ヴィンフリートが言った。
「ヴィンフリート? しかし、君はシーレンベック家の嫡男だ、もし旅の途上で何かあっては……」
「姉上の命を狙う不届き者は、我が家門としても許せませんし、何より僕も怒りを禁じ得ません!」
「いや、だから君は……」
「長旅かも知れませんが、そのような苦労、命を狙われる姉上のご心痛に比べれば、なんということも!」
「だから、君は……」
 おーい、ヴィンフリート、ちょっとハインリヒの話も聞こうか?
「父上、僕が留守の間、イルザに僕の代わりを任せましょう!」
「いや、だから、君は……。え? 代わり?」
 頷いて答えたのは、ゴットフリートさんだ。
「うむ。ヴィンフリートには、万が一の時のために影武者が用意してある。それは、卿も同様だろう?」
「ええ、確かに。ですが、そもそも影武者とは命に関わる事態に対して、身代わりに立てるもの。危険な旅に本人が出立(しゅったつ)して、影武者をここに残すのは、本末転倒では……?」
「サー・ハインリヒ、今も言いましたよ? 姉上は命を狙われ、苦痛を味わうのです、それも何度も! そのことを思うなら、僕がここで安穏としている訳には!」
「……それだったら、ここに残ってアストリットを護った方がいいのでは……?」
 立ち上がり、ヴィンフリートは首を横に振る。
「いいえ! 何度でも言います! 姉上一人に苦しみを味わわせ、僕はここで惰眠と怠惰の日々を過ごす、そんなことなど、出来るはずがないでしょう!? それに姉上を殺そうとする者を封じる『何か』は、必ず僕が見つけます! いえ、この僕が見つけねばならないのです!!」
 ハインリヒとゴットフリートさんが、困惑した表情になってため息をつく。ていうか、ゴットフリートさん、頭、抱えてるわ。

 ……あ〜、間違いないわ。こいつ、シスコンだ、それも矯正不可能なレベルの。
 しばしおいて。

「ならば、ヴィンフリート、君に渡しておくものがある」
 今の軽いショックから立ち直ったらしいハインリヒが言った。
「渡しておくもの?」
「ああ。だが、その『物』の性質上、一人で旅をすることになる。それから、細かなことも打ち合わせておきたい。また、後日、来る」
 ヴィンフリートが頷く。
「それから、シーレンベック卿、何度か時を巻き戻って、アストリットが暗殺される日について、およその見当がつきました。我がフォルバッハ家で催される舞踏会の、およそ一、二日ほどあとになります。ですが、ある程度の『揺らぎ』というか、不確定要素の影響もあるので、確実ではありません。私がつかんだ日時の数日前からは、特別に注意しておいてもらえますか?」
 舞踏会のあとっていうことは、このループは、やっぱりノームっていうヤツが見つかってからあとのことね。
「わかった。今、カレンダーを持ってこさせよう。もし、万が一、失敗しても、その日の前後に注意するよう、何らかの形で注意するようにしておく」
 そして立ち上がり、壁の方へ行って、例の、メイドさんが控えている隣室のベルを鳴らす紐を引っ張った。


「……カ、ミカ、ミカ!」
「……え? ハインリヒ?」
「大丈夫か、ボウッとして?」
 ハインリヒが心配そうに、あたしを見てる。
 え? なに、今の?
 ……もしかして。
 あたしは懐中時計を見る。
 このアイテムに記録されたことが流れてきた、とか?
 いや、でも、このアイテムをヴィンフリート(真)に渡す前のことだよね、今の光景は?
 じゃあ、なんだったの、今の光景って?

「あ、ああ、うん、大丈夫大丈夫。ごめんね、心配かけちゃって」
 ハインリヒを見てそう言うと、あたしはもう一度、懐中時計らしい物を見る。

 なんか、いろいろ秘密がありそう、このアイテムには。


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