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作品名:婚約破棄された令嬢は婚約者を奪った相手に復讐するのが習わしのようです 第二部〔再掲〕 作者:ジン 竜珠

第51回   たった一つのアイテム
「これは?」
 顔を上げ、あたしはハインリヒに聞く。
「これに、特に名前はない。強いて名付けるなら、時戻しの時計、といったところかな?」
「わけわかんない」
 あたしの率直な言葉に、苦笑いを浮かべ、ハインリヒは言った。
「これは『イグドラシルの秘法』の効力を、受けない、あるいはキャンセルすることが出来るアイテムだ」
「……ますます、わかんないけど?」
「例えばA(アー)地点からC(ツェー)地点へ向かっていたとしよう。そしてB(べー)地点に来たところで『イグドラシルの秘法』が発動した時、場合によってはA地点まで戻されてしまう。それでは、いつまで経ってもC地点へは行けないかも知れない。だが、このアイテムはその効力を打ち消すことが出来る。つまりB地点で『イグドラシルの秘法』が発動して、A地点へ戻されたとしても、空間を超越して、B地点へ戻ることが出来るんだ、記憶とともにね」
「え!? そんなことができるの!?」
 驚きだ! 『イグドラシルの秘法』が発動すると、あたしは記憶を留めることが出来るけど、場所のコントロールまでは出来ない。だから、何度も婚約破棄の宣告を受けたり、なんてことがあったわけだけど!
「ああ。もっとも、時が戻るような感覚があって、体がどこかに引っ張られるような感覚もあるが、気がつくと場所は動いていないんだけどな」
「すごい……。これ、ハインリヒが作ったの?」
 あたしは、もう一度、箱の中の懐中時計らしい物を見た。
「いや」と、ハインリヒは否定する。
「これは高祖母ヒルデガルトが作ったものだ。もっとも、高祖母は元々、違う『もの』を作ろうとしたらしい。しかし、結果として出来上がった物がこれだった。いわゆる失敗作だ。だから、高祖母はこのアイテムについては、その効力や簡単なメモぐらいしか残していない。製法も残されていないから、どうやって作ったのかもわからない。故に、この一つしか存在しない」
「そうなんだ……」
「このアイテムについては私自身も、その効果を実証し、その上でヴィンフリートに装備してもらって、『スルトの剣』の捜索に向かってもらったのだ。だから、ヴィンフリートは旅の途上で『イグドラシルの秘法』が発動しても、場所と記憶を戻されることなく、旅を続けることが出来た」
 なるほど。……まあ、考えたら、そうよね。いちいち引き戻されてたら、旅が続けられないもんね。
「さあ、これを。もしかすると、異世界人である君には適用されないかも知れないが、念のためだ。これが必要になる時が来るかも知れない」
 と、ハインリヒがあたしに箱を差し出す。
「うん。……手に取っていい?」
 ハインリヒが頷いたんで、あたしはその懐中時計を手に取ろうと、左手の指で触れた。その瞬間!
「……んうッ!?」
 頭の芯が痺れるような感覚があって、あたしの頭の中に、ある場面(シーン)が展開され始めた……。


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