「これは?」 顔を上げ、あたしはハインリヒに聞く。 「これに、特に名前はない。強いて名付けるなら、時戻しの時計、といったところかな?」 「わけわかんない」 あたしの率直な言葉に、苦笑いを浮かべ、ハインリヒは言った。 「これは『イグドラシルの秘法』の効力を、受けない、あるいはキャンセルすることが出来るアイテムだ」 「……ますます、わかんないけど?」 「例えばA(アー)地点からC(ツェー)地点へ向かっていたとしよう。そしてB(べー)地点に来たところで『イグドラシルの秘法』が発動した時、場合によってはA地点まで戻されてしまう。それでは、いつまで経ってもC地点へは行けないかも知れない。だが、このアイテムはその効力を打ち消すことが出来る。つまりB地点で『イグドラシルの秘法』が発動して、A地点へ戻されたとしても、空間を超越して、B地点へ戻ることが出来るんだ、記憶とともにね」 「え!? そんなことができるの!?」 驚きだ! 『イグドラシルの秘法』が発動すると、あたしは記憶を留めることが出来るけど、場所のコントロールまでは出来ない。だから、何度も婚約破棄の宣告を受けたり、なんてことがあったわけだけど! 「ああ。もっとも、時が戻るような感覚があって、体がどこかに引っ張られるような感覚もあるが、気がつくと場所は動いていないんだけどな」 「すごい……。これ、ハインリヒが作ったの?」 あたしは、もう一度、箱の中の懐中時計らしい物を見た。 「いや」と、ハインリヒは否定する。 「これは高祖母ヒルデガルトが作ったものだ。もっとも、高祖母は元々、違う『もの』を作ろうとしたらしい。しかし、結果として出来上がった物がこれだった。いわゆる失敗作だ。だから、高祖母はこのアイテムについては、その効力や簡単なメモぐらいしか残していない。製法も残されていないから、どうやって作ったのかもわからない。故に、この一つしか存在しない」 「そうなんだ……」 「このアイテムについては私自身も、その効果を実証し、その上でヴィンフリートに装備してもらって、『スルトの剣』の捜索に向かってもらったのだ。だから、ヴィンフリートは旅の途上で『イグドラシルの秘法』が発動しても、場所と記憶を戻されることなく、旅を続けることが出来た」 なるほど。……まあ、考えたら、そうよね。いちいち引き戻されてたら、旅が続けられないもんね。 「さあ、これを。もしかすると、異世界人である君には適用されないかも知れないが、念のためだ。これが必要になる時が来るかも知れない」 と、ハインリヒがあたしに箱を差し出す。 「うん。……手に取っていい?」 ハインリヒが頷いたんで、あたしはその懐中時計を手に取ろうと、左手の指で触れた。その瞬間! 「……んうッ!?」 頭の芯が痺れるような感覚があって、あたしの頭の中に、ある場面(シーン)が展開され始めた……。
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