「私は魔術書を点検し直し、どうやら『イグドラシルの秘法』が行われたのではないか、と考えた。我がフォルバッハで実践した者がいないのがわかった時、まず考えたのは、私の高祖母ヒルデガルトから繋がっている王妃グレートヒェンだ。王家ならばその術を使うのは無理からぬ話、そう思っていたのだが。そのうち妙なことに気がついた。アストリットの中に、もう一つの魂が呼び入れられているのがわかったんだ」 「それって、さっき出てた『たま……』なんとかっていうやつね?」 あたしが聞くと、ゴットフリートさんが「そうだ」と答えた。 「そのことがわかった時、正直、訳がわからなかったよ。どうしてフォルバッハの家と関係のないシーレンベックの家が『魂寄せの秘法』を知っているのか、と。そして、何度かループした後、いきなりそれまでとは違う展開が訪れた。グートルーン・フォン・リヒテンベルクを名乗る女が現れて、私や家族に催眠術をかけ、新たな婚約者として割り込んできたのだ。もっとも、私も父上も、魔術書にあった精神力強化の法を施していたから、催眠術は効かなかったが、女の目的を知るために、かかった振りをした。おそらく詐欺だろうと思っていたが、女は、我がフォルバッハ領で催した舞踏会でお披露目をされた後、姿を消したから、その目的は不明のままだ」 「ああ、それなら」と、あたしは言った。 「そいつがウンディーネ、殺し屋だから」 ハインリヒが仰天の表情を浮かべた。ゴットフリートさんも、苦々しい表情になる。 「卿(けい)から、時が巻き戻っているという手紙をもらい、アストリットの意識が眠りについたことを知ったあと、シルフのあとに殺し屋が現れたと、ミカに聞いた。グートルーンがウンディーネだったのだ」 ハインリヒも、こいつはこいつでまた、苦々しげな表情になる。 「なんということだ! それが先にわかっていれば、こちらで身柄を抑え、アストリットの命を削る事もなかったのに……!」 なんか、いろいろとややこしそうだけど、疑問がいろいろ。 あたしが難しい表情をしてたんで、ハインリヒが聞いてきた。 「ああ、すまない。こちらで進めやすい順番で話をしているんだが、何か、疑問が生まれたかな?」 「えっとね? アストリットの意識が眠りについた、ってことだったけど、あたしの意識がハッキリとしたのって、例の舞踏会だったの。それじゃあ、それまでは、どうだったのかな、って。あたしでもない、アストリットでもない、ってことでいいのかな?」 あたしの言葉に、ゴットフリートさんが難しい顔を、マクダレーナさんが哀しそうな顔を、イルザが沈痛な顔になる。 答えたのは、ゴットフリートさんだ。 「受け答えは、アストリットだ。だが、それは機械的なものだったに、すぎない」 「え? それって、どういうこと?」 イルザがあとを続ける。 「私には原理的なものは一切、わかりません。だから、見たまま聞いたままを。声に抑揚がなく、こちらの言葉に反応しているだけに思えました。まるで、アストリット様だったら、こう答える、このように行動する。それをなぞっているように思えました」 「つまり、ロボットみたいだった、ってこと?」 イルザが首を傾げる。 「『ロボット』? なんですか、それは?」 「え? ロボットを知らない? えーっと、人が操るんだったり、自分から動くんだったり、いろいろだけど、要するに機械仕掛けの人形ってこと」 マクダレーナさんが顔を上げてこちらを見る。 「そうね。確かにそうだったわ。だから、たとえアストリットではなかったとしても、ちゃんと感情を持った……心を持った人間がそこにいて、ほっとしたし、うれしかったの。だから、私たちは」 柔らかい笑みでマクダレーナさんが言った。 「あなたには何も言わず、ここにいてもらったのよ」 ……。 そうか、そうだったんだ。アストリットじゃない別人だとわかった時に、あたしを取り調べたり、なんてことをしなかったのは、少なくとも「人間」がここにいたのがわかったからだったんだ。
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