朝になった。 「……ああ、いつの間にか、寝てたんだ」 あたしはベッドから上半身を起こした。掛け布団もかぶらなかったのか。寒くなくて幸いだったわ。 とりあえず、ベッドから立ち上がった時、ドアがノックされた。あたしを起こしに来たんだ、シェラ。 あたしが「いいわよ、シェラ」と返事をすると、『失礼いたします』と声がして、ドアが開いた。 あれ? シェラじゃないわ? あたしの素性が分かって以降は、あたしを起こしに来るのはシェラに固定されてるんだけどな。なんか、用事が出来たのかな? メイドさんが一礼して、言った。 「お嬢さま、事情はヴィンフリート様から伺っております。朝食の前に、軽く鍛錬をしようと、アメリアが申しておりますが。いかがなさいますか?」 「…………………………………………はいぃ?」 いや、ちょっと待って待って待って待って? 何言ってんの、この人? アメリアは処刑されちゃったじゃん。 「ねえ、アメリア、死んじゃったよね? あなた、何、言ってるの?」 メイドさんが不思議そうに首を傾げたあと、答える。 「お嬢さまこそ、何を仰っているのですか? アメリアは昨日(さくじつ)は領主様のご下命でヒューゲル伯爵の御領(ごりょう)へ伺っておりました。昨夜遅くに戻って参りましたよ? それより、アメリアも心配しております。ご存じのように、アメリアはお嬢さまの護衛を務めることもある、武術者です」 「うん、それは知ってる。だから、アメリアはもう……。ていうか、アメリアの正体は……」 「お嬢さま、お早くなさいませ。それでは」 そう言って、メイドさんは一礼し、部屋を出た。
これは、まさか……。
「……あたし、ゆうべ死んじゃって、この時点まで時間が、巻き戻った……の?」
…………………………。
うわわわわわわわわ!! だとしたら、ヤバいヤバいヤバいヤバい!! どうやって死んだか、まったく覚えてない!! 「ええっと、ちょっと待って……!? 昨夜(ゆうべ)は、裏庭の様子をガブリエラと確認して、彼女に部屋まで連れてきてもらって、で、とりあえずベッドに寝転んで……!」 あたしは必死に脳細胞を回転させる。 「……ダメだ、全然思い出せないわ……」 あれから何があったんだろう……!? 「……いや、それより!」 あたしはベッドと壁の隙間に手を差し込む。やっぱり、銃はなかった。ガブリエラの話だと、確か裏庭の倉庫に隠してあるって事だったわね。 「よし! じゃあ、今から取りに!」と思ってたら、ドアがノックされた。 『お嬢さま、アメリアでございます。お迎えに上がりました』
……………………。
作戦変更。 アメリアがあたしを殺しにかかってくるのも、裏庭。だったら、なんとか、隙を見て例の倉庫まで行き、銃を拾うしかないか……!
そして、鍛錬が始まった。アメリアの動きも、剣筋も前の記憶と一致しているように思う。だとしたら、アメリアは、あたしの左肩を狙うと見せかけて、右の太腿を狙ってくるはず。 案の定、アメリアの動きは記憶通りだった。それに、前の周回のようにアメリアの動きがスローモーションで見える。そのおかげでことごとく剣を弾くことが出来た。 この分なら、銃を取りに行く必要はないかも知れない。あたしは、アメリアの剣を折ってやってそのまま剣で殴り倒してやろうとした。その時! アメリアがあたしの剣の刃を、左手の素手で受け止め、グッと握った! 刃が落としてあるって事だったけど、アメリアの指の隙間とか、小指側から紅い血があふれて流れ出した。そしてうつむき、「ふうぅーッ!」と口から息を吹き出す。 ちょっと怖い。 「ア、アメリア……?」 震える声であたしが名前を呼ぶと、うつむいたまま、妙に低い声でアメリアが言った。 「お嬢さま、わかっていらっしゃいますよね……?」 「わ、わかってる、って、な、なにを……?」 「おとぼけになるおつもりですか……?」 「だ、だから、なにを…………?」 アメリアが顔を上げる。 上目遣いでアメリアは言った。……怨嗟を込めて…… 『よくモ、わたしヲこロしたなああアああああぁぁぁァぁぁぁぁ!!!!』 うつむき加減から起こしたその顔は醜く歪み、両目は眼球が飛び出そうなほど見開かれ、顎が外れたかのように大きく開かれた口からは舌を突き出して、口の端からはヨダレがだらしなく垂れていた……。
「ひぃいやああああああああああ!」 「うわ! どうかなさいましたか、ミカさん!?」 気がつくと、目の前にビックリした表情のシェラがいた。 しばらくして、現実の感覚を取り戻したあたしは。 「うわあああん、怖かったよううぅぅぅ!」 あたしを起こしに来たシェラに抱きついて、ビービー泣き出しちゃった。
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